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夢Ⅰ(30)

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☆主な登場人物☆

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「地図」に貼り付けられたヌエの羽織りの一部達は、青白く光る筋を宿していて、それぞれが独立した記号のように見えた。

《茶色》の、僅かに開かれた目は、目の前の「地図」を眺めているのか。焦点は、どこか別の空間を見つめているように、リックには感じていた。「雪が。」「こんなに。白く。」「冷たいと。知らなかった。」《茶色》は、リック側の手で、足元の雪を大きく優しく握りしめ、独り言のようにそう言った。「聴くこと。」「触れること。全く違う。」雪に触れていた彼の手が、リックの肩に置かれた。《茶色》の熱を帯びた掌の温もりが、《灰色》を案じて、彼の見ているかもしれない草原の風景を追いかけたリックの心へと、じわりと届く。「俺たちは。様々な声を。聴く。」「でも。先がわかる。わけじゃない。」やはり、《茶色》の視線はこことは別の場所に注がれているのか、焦点を追うことは出来ない。「この地図は。草原に生きた者たちの。道すじ。」「彼らは。今も。この地図に。生きる。」
《茶色》は、リックの肩に置かれていた腕を持ち上げて、ひときわ強く輝く星を指差した。前方の大河を挟んださらに先の空に浮かぶ、「あの。赤い星。」「彼は今。あの星の。麓にいる。」彼方の宇宙で、無数の星の中、輝く赤い星。漆黒を背景にして、輝く名も知らないその星に、まるで合わせ鏡のように、今度はリックは目を通し、さっきよりも冷静に《灰色》を見ることが出来た。
《茶色》は膝の上に、しっくりと腕を戻すと、「本当に。」「感じること。出来るのは。」「心でなく。体を通した。瞬間だけ。」と彼は続けた。無数の星に照らし出される、雪原で、「この地図は。」「先を示す。ものではない。」「過去を。縛り付ける。ものでもない。」頭を天に向けて、しっかりとした座位を崩さず言葉を繋ぐ、「ただ。純粋に。そこにそっと。ある足跡。」

「彼が見るもの。俺が見るもの。」「違うように。」
「触れ。感じ。行き着く先も。一つでない。」

風が、リックと《茶色》を避けるように、細く駆け抜けていった。

「知って。い。い。い。ぃるよ。」《茶色》が言葉に詰まった。そこに、その波音がなければいけないというように、初めてのことだった。知っているよ。彼はそう言った。《茶色》は落ち着いていて、「君が。花の人に。連れられて。」「来た理由は。」「それが何を。意味して。い。い。ぃるか。」「俺は。それでいいと。思っている。」《茶色》は、目を閉じた。彼の表情は穏やかで、リックは、彼が目を見つめて来ていれば、きっと逸らしてしまっただろうと、少しほっとしていた。思っている。彼は詰まることなく、その言葉を発声していた。
《茶色》は耳を澄ませるように顎を引き、「すぐ隣を。流れる河を泳ぐ。魚の声が聞こえる。」「必要があれば。俺たちは。声を頼りに。その魚を採るだろう。」「体の声に従って。」言葉を繋ぐ《茶色》に《灰色》の姿を見た。あの流暢な言葉使い「彼らは。同じ手で。他の種族を傷つける。」「心の声に従って。」まるで《茶色》の声に聞き入るように、風たちは姿を隠している、「心と体は。全く別々の生き物。」「心は体に住まなければ。外界と関わることが出来ない。」「体で暮らしている間に歩んだ全ての道すじは。」流れるように言葉が繋がれる。「他者とは決して同じ軌跡を描かず。次の軌跡へと恐ろしいほど。鮮やかな曲線を描いて流れ込んでいく。」「それは。空を流れる力を持つ星々が。同じ宙にとどまっていないのと同様に、この大地も、漆黒の奔流を力強く移ろっているのだから。」

「先を見ることを恐れてはいけない。」
「どんなに暗い足先でも。それはただの色味の違い。」
「その先に繋がりをまっている。道すじが必ずあるのだから。」

《茶色》の羽織りが赤く光を発しているように感じ、もう一度、しっかりと目を凝らすとそれは、いつもと同じ茶色の羽織に戻っていた。
彼は優しく微笑んでいるのだろうか。
リックの立ち姿に視線を送っているだろうか。

 

星々は様々な輝きで存在を強調していた。
自ら輝く者。輝きに表情を載せる者。
原初から決められた航路を、自身の持つ唯一の指針を一切狂わすことなく、無心に進み続ける。同一の座標をとおる、他者が現れることなど到底考えられないほど、広大な航路で。
星々は知っていた。
漆黒の航路のなかを、未開の座標を進み続けていることを。

 

リックは、チラチラと明滅している赤く輝く星が描く軌跡を、時間をかけて丁寧に追った。《灰色》を、眼に焼き付けるように。
雪原では、姿を隠していた風たちが躍り出てきて、赤い星を追う、リックの視界を塞ぐように執拗に、四方から吹き付けた。繰り返し吹き付け、吹き付けるたびに強さを増していった。

《茶色》は、のそりと立ち上がると、地図を丁寧に筒状に巻き込み、左脇に抱えた。そして、空いている右手で、強さを増す風からリックの体を守るように、ソリへの進路へ促した。

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