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夢Ⅰ(28)

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☆主な登場人物☆

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ヌエの当主達が、5人。雪の上に綺麗なサークルを描いて並んでいる。

ヌエ達は、まるで自然に溶け込もうとするように。ゆったりとした動きで、息を吸い。そして、ゆっくりと送り出し。また吸い込んだ。

 

光を浴びた、ヌエ達の豊かな毛並みが、サラサラと風に靡き。
青く澄んだ空には、鋭く光る太陽が、ぽかりと浮かぶ。

 

ソリの隣を流れていた大河は、姿を消していた。いったい、どこへ行ってしまったのだろう。《青色》に促される形で、リックも、そのサークルに小さく加わっていた。果てしなく続く雪原の、白すぎる白に。落ち着きなく浮き上がり、ふわふわとした心が、体の内の音を必要以上に感じとっている。血液が体を駆けまわっている感覚を、聴覚で感じた。

 

白銀の雪の中に浮き上がった、ヌエ達の羽織りが。いつも以上に、その存在を主張する。

赤。原初の光、不屈の熱を放つ。情熱。
青。深く、優しく、悉くを受け入れる。享受。
水色。流れ着いた光に、潤いを与える。英知。
黄色。温かさを纏う、発展の光。生命。
そして、赤、青、水色、黄が混ざり合い、時折々に様々な姿を現す。変遷の茶色。

赤-青-水色-黄色-茶色のサークルは、それぞれの強烈な個性で織り成され。意志の力によって、一つの輪として調和していた。

 

ソリの中、聞いた《赤色》の言葉が蘇る。「俺らは選ばれた。」のだと。

「草原の世界」で生活しているヌエの当主達は、それぞれが一つの世界の「主」となる力を持っている者達で。彼らは、ヌエの代表として、「王」からこの地を託されていた。「草原の世界」は、十数万年前「力の民」との抗争の際、前哨地となった世界であり。この地の主権を握り続けることが、ヌエ達にとって、最も重要となる。

 

 

照り返す太陽の光に体が慣れてくると、高揚していた心が落ち着きを取り戻してきた。相変わらずの、鋭い明るさに目を庇いながら。リックは、ヌエ達のサークルの右手。ソリを挟んだ先の雪原を、淡い灰色が一直線に地形を横切っていることに気付いた。

聴覚が体の外からの音を識別し始めると。ドゥドゥという音に刺激された視覚が。雪原を横切るその淡い灰色のしっかりとした輪郭を、徐々に捉えだした。一本の線に見えていた雪原を横切る淡い灰色は、此岸と彼岸に地形を両断している。

大河は、断崖の遥か下方、リック達の右手を今も変わらず流れていた。ヌエ達に引かれたソリは。知らぬ間に、かなりの高度まで雪原を登っていたのだ。ソリの前方に意識して視線を送ると、僅かに靄がかって見える方角もある。ここよりも、さらに高度の高い地形があるのかもしれない。急な寒気を感じ、リックは、ヌエ達からもらったマントに深く腕を押し込んだ。マントは、太陽の熱を受け止めて。リックの体を優しく、暖かく包んでくれる。

 

 

別の空間に、意識を集中しているのであろうヌエ達の大きな体は、魂が抜けたように。ただただ、呼吸をするためだけに、配置されているようだった。時間が、大きな変化も見せずに、緩やかに過ぎていき。

 

時折、流れてくる風を含み。羽織りがハタハタと踊っている。

 

それは、「そういえば。」という程度の、本当に小さな思い付きだった。

「ソリの生活で、足腰が弱ってきているな。」と。

リックはヌエ達のサークルから、少し離れることにし。心の向くままに、一歩、二歩と足を踏み出した。さらに、もう一歩踏み出そうとしたとき。突然、とてつもない恐怖に襲われた。心の底が抜けるような感覚。一体何に対して、恐怖を感じているのか分からなかったが、漠然としたその恐怖に。踏み出した足は、元の軌跡をたどりサークルに引き戻された。元の位置に、ピタリと戻ったリックの体から、冷や汗が噴出す。「何が起こった。」精神の乱れが、無意識下に安定を保っていた肉体に細かな負荷を、次々と刺し込む。自覚は無かったが、長時間、強烈な太陽の光に触れたことで、ソリでの生活に慣れたリックの体力は、大きく奪われていた。畳みかけるような、血の気の引く感覚が込み上げてくる。平衡を保とうとしたが、上下左右があいまいになり。視界がするりと暗転した。

 

 

リックは、森の中を歩いている。

斜め前には、ハイビーの姿が見える。

それは、ヌエ達に会う前。「草原の世界」へ入るため、ハイビーに着いて、森を進んでいた時の記憶だった。

 

ハイビーは、森の中、様々な詩を口ずさんだ。詩には、決まった音調はなく。同じ詩でも、二度目では、音調の違いから全く別のものと錯覚してしまうこともあった。リックの斜め前、ハイビーは本当に楽しそうに、踊りながら詩を口ずさんでいる。

穏やかな風を纏いながら、木々の合間を、滑らかに進むハイビーが心強かった。その姿を見ていると。リックも、自信をもって前を向くことが出来き。今向いている方向こそが善方で、間違いはないと思うことが出来た。

空を染める光は、温かさに満ち。時間の流れを感じさせることはなかった。

森の外れに差し掛かった時、ハイビーが言った。
「私は彼らを。ヌエと呼ぶの。」

そして、振り返り。

「ヌエ達とともにいなさい。そうすれば。」
「彼らに会えるわ。」

振り返ったハイビーには、リックの知る顔は無かった。白い空白が。ぽっかりとリックを覗き込んでいる。

 

 

リックは、恐怖に叫びながら目を覚ました。自身の絶叫を耳にすることは無かったが、かなり大きな声を上げたのだろう、胸から喉にかけて違和感が残っている。

ソリの中には、リック以外の姿は無かった。夢の余韻から、汗が噴き出してくる。ソリの外は、すっかり暗くなっているようで。マントの裾を強く閉じると、それら全てから、意識を逸らすためリックは強く目をつむった。

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