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百年




百年

退勤したと思ったHOTな腕さんが戻ってきて、突然、ぼくを抱きしめて、言った

「幸せになって」


ガラガラ、ガラリ、ドンガラリ、ガラリ


昔見た、アメリカ映画

名画座の三本立ての一本目、タイトルは忘れた

病床の母親が、人生に疲れた様子の娘に

「幸せになることを怖れないで」と、言った

とてもびっくりした

アメリカのお母さんは、自分の子に、こんなふうに話すのか、と思った

HOTな腕さんも、アメリカ式に違いない……


ぼくの中に、百人のゼツボウちゃん

真っ黒けっけな百本の木偶の坊

毎日毎日、朝も早から、郵便局のポストの前や、坂道の途中、橋の真ん中などなど、町のあっちこっちに散らばって

真っ黒く煤けながら、一日中立ちつくしている

日が落ちて、暗闇にまぎれてしまう前に、一人残らず回収し、家に連れ帰るのが、ぼくの日課

夜は、中々寝つかないゼツボウちゃんたちのため、昔話を読み聞かせ、子守歌を歌い、ゆりかごをゆらしてあげもする

日々、結構な忙しさ


カラカラ、カラリ、トンカラリ、カラリ

ゼツボウちゃんの寝返りを打つ音が、時折、夜の静寂に聞こえてきます


踏み出しては、つまずき

やっと立ち上がったと思ったら、またバタリと行く

懲りずに、何度も、何度も

何度でも!……

ドタ靴履いた、チャーリーみたい!

そんなぼくを見て、ゼツボウちゃんたちが、カラカラカラと、よく笑う


それにしても……

ぼくはなぜ、長い間、まっすぐ前を向いて、立っていられないのだろうねぇ

そりゃ、無理だよ

そう、無理ってもんだよ

なんでさ?

だって、ぼくたち、木偶の坊だもの

そうさ、ただの、棒っ切れだもの

あっ、そうだった!

そうだよ

そりゃ、仕方ないね!

うん、仕方がないよ

そうか、そうか、そうでした……


ポキリと折れて、ポトリと落ちた


昔むかし……

朝も昼も夜も消えた

青く沈んだあの場所で

ぼくの心臓が鼓動を止めた時

ぼくの中から、洪水のように溢れ出た、申し訳なさ

誰でもない

自分に対して

ぼく自身に対して

申し訳なさに、ザブザブと洗い流されたこと

忘れてはいない

忘れてはいないのだけれど……


ガラガラ、ガラリ、ドンガラリ、ガラリ

ゼツボウちゃんたち大パニック!……


HOTな腕さんが戻ってきたと思ったら、真っ黒に煤けているぼくたちを平気で抱きしめて、言った

「幸せになって」


ぼくは、幸せなんですっ

こう見えて!……


わかっている

ぼくは、全部、わかっている


……ああ、百年!


ぼくは、百年もの間、こうしている……




2022/7/19






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