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<第2回>「京都本大賞」の下読みの日々、戸惑いながらも気になって読んだ本

じつを言うと、私は「京都本大賞」の実行委員会に参加しており、ここ数日、ノミネート作品選出のため、京都関連の小説を読み続けているのですが、これがなかなか興味深い作品ばかり……。差し障りのない時期が来ましたら、改めて紹介させていただきますね。
さて、今回も個人的な備忘録「考えるヒント」(©小林秀雄)の続きを書かせていただきますが、最初に、この1カ月で新たに購入した本を紹介させていただきます。

≪今月の購入リスト @ふたば書房京都駅八条口店にて≫
①『「利他」とは何か』伊藤亜紗/中島岳志/若松英輔/國分功一郎/磯崎憲一郎 集英社新書 2021/03/22

■2021年5月15日
『「利他」とは何か』⇒利他主義って、思っていたよりも難しいぞ

昨年、「NHK特集」のインタビューに登場した、フランスの思想家ジャック・アタリがパンデミックを乗り超えるためのキーワードとして「利他主義」を提唱したことが話題を呼びました。そのころから気になっていたため、タイムリーだなあと感心して手に取りました。
最近、緊急発刊として複数の著者による新刊が目立ちますが、それだけ社会的にも難しいテーマが増えてきたからだと思われます。複数著者本は時事問題をおさらいするには要チェックです。

伊藤亜紗さんの第1章は、新しい利己主義の紹介と限界から始まります。
「利己主義Altruism」はオーギュスト・コントによる19世紀半ばの造語。そもそもは「他者のために生きる」、自己犠牲を指しています。それをアタリは「合理的利他主義」として、「自分にとっての利益」を行為の動機とします。自らがコロナ感染の脅威にさらされないためには、他人の感染を確実に防ぐ必要があり、利他的であることは、ひいては自分の利益になる、「情けは人のためならず」論です。もっともですが、ちょっと味気ない話です。
さらに、近年の英語圏・若年エリート層に拡がる「効果的利他主義」論。これは効率よく最大多数の最大幸福を求める、功利主義です。いわば幸福を数値化し、どの団体に、どの名目で寄付すべきか、徹底的な評価と比較で決定します。ともに、身近な人への共感だけでは救えないほどの地球規模の危機を見据えた行動。ということです。やはり、数値化というのはなんだかなあ……という感想です。
そこから数値化の弊害論が続き、数値化する欲望の背後にある管理、他者をコントロールしたいという問題を明らかにし、不確実な現実に耐えられる「信頼」を説きます。
最後に、押しつけでない利他のイメージとして「うつわ」を挙げ、ただ条件なしで相手を享け入れ、同時に自分が変わる可能性ある余白として提案するのですが、ここは論旨が飛躍しているように感じました。もう少し自分でも考えてみたい問題です。

どうやら本書は、東工大による共同研究の成果のようです。個人的には、石牟礼道子や神谷美恵子を採り上げてきた若松英輔さんが何を説くか、が気になったのですが、主に柳宗悦の民藝論でした。これは、ちょっと意外でしたね。どんどん扱う範囲が広がる著者です。
チェックしたのは、「利他とは何かを考えるとき、少なくとも論理、倫理、哲理、摂理という四つの理(ことわり)を多層的に見極めていく必要がありそう」という点で、超越的なものへの志向が明らかでした。このあたりの微妙な綾は、本文から読み取っていただきたいと思います。

ほかにも、政治学者の中島岳志さんは、志賀直哉の名作『小僧の神様』を例に、裕福な小説の主人公がよかれと思って、恵まれない商家の小僧さんにお寿司をご馳走してあげたにもかかわらず、事後、「変に淋しい、いやな気持」になったという、利他にまつわる困難を説いています。難しい問題です。続けて、モースの『贈与論』、ポトラッチの贈与と負債、サーリンズの報酬が権力を生む、といった文化人類学的な話から、親鸞の慈悲、他力へと話はつながります。

哲学者の國分功一郎さんは、「中動態」という能動でも受動でもない概念で、意志の押し付けではない責任のあり方、「よきサマリア人の譬え話」から、義の心が利他のモデルとなると言います。いきなり聖書と「義」が登場したところは、私には理解しづらかったですね。

最後に作家の磯崎憲一郎さんが、北杜夫『楡家の人々』(名作です)と小島信夫『馬』などを採り上げます。実作家ならではの、いよいよ人知を超えた世界に飛翔しますが、利他のテーマとはあまり関係ないと思われます。それにしても、小島信夫は曲者です。個人的には全集の『夏目漱石を読む』と『別れぬ理由』で、文章の飛躍や小説に実在人物(江藤淳など)が登場したりする"メタ小説"ぶりに懲りましたので、よほど時間と心に余裕がないとお勧めできません。いまのところ、敬して遠ざけています。

とにかく、利他主義を現代に問うのは難しいとよくわかりました。かなりモヤモヤが溜まる読書だったと、正直に告白せざるを得ません。テーマ的にはドンピシャだと思うのですが、今後の同テーマの発刊物に期待したいと思います。


■2021年5月21日『職場の「感情」論』⇒人間の「感情」は大事、尊重しなくっちゃ

続いて、前回リストアップ済みの相原孝夫著『職場の「感情」論』(日本経済新聞出版)です。
コロナが引き起こしたリモートワークやダイバーシティの問題から、改めて職場の感情論を説いた、こちらも時宜を得た企画だと思いました。「心理的安全性」「心理的安定性」というキーワードをよく耳にしますが、つまるところ、人間関係に伴う感情の問題だと思います。
本書は企業の管理職が読むべき本で、著者の主張も明確でブレがありません。安定の日本経済新聞社刊です。以下、チェックした箇所を簡単に抜粋します。

▶リモートワーク中心となると、対面を前提としてコミュケーションがとれないため、適切な「言語化能力」が求められる
▶パワハラ、モラハラを防ぐために、上司はメンバー個々人の価値観や性質をより正確に把握する必要がある
▶リンダ・グラットン著『未来企業』によると、「リーダーの条件として、不確実性の増す世界においてもっと重要な能力はレジリエンス(Resilience)。ストレスからの回復力、困難な状況への適応力、災害時の復元力といった意味合いで使われるようになったもの」
▶エンゲージメント(Engagement=組織への一体感、仕事への意欲・やる気)はリモートワークで高まることはない。IBMや米ヤフーなどの企業はオフィス勤務を義務づけている(異論があるところですね)。今回の事態は、リーダーのマネジメント能力やメンバーの自立性を問う試金石であり、レベルアップのための鍛錬の機会

いずれももっともな論旨で、感情の問題を再認識できました。気をつけるべきは、職場でのネガティブな感情の蔓延や孤立化、燃え尽き症候群、それによる離職率アップであり、それを防ぐには、つながりをサポートする文化、風土が欠かせないと説きます。また、組織全体が集まる大きなイベント施策ではなく、些細なこと(マイクロムーブMicro move)ほど、職場の感情を左右することを念頭に置かなければならないと断言します。仕事であれ、プライベートであれ、人が集まる組織においては、そのとおりだと思います。ちょっとしたこと、声掛け、笑い、信頼感、そういった些細なことを心して、日々を過ごさないといけませんね。

また、「ワーク・ライフ・バランス」についての著者の違和感も肯(うべな)えるものでした。手段が目的化しがちな弊害として、仕事と私生活を厳密に切り離そうとするのは無理があり、かえってどちらの「豊かさ」も損なう、というのは納得がいきました。ともに二項合一(共生)の実現をめざしましょう。


■2021年5月29日
『パーパス経営』⇒使命感と理念、志を忘れずに

名和高司著『パーパス経営』(東洋経済新報社)も前回リストアップ済みですが、学ぶ意欲があれば、ほんとうに得るところの多い一冊です。正直言って、後半は難物です。
博識な著者が、過去から現在に至るさまざまな分野の識者、著作を手際よく整理し、筋を通した論旨で日本流の「志(Perpoce)」復権を、説得力ある筆致で説きます。

第1章では、資本主義の破綻を、無形資産を数値化して計上できない会計学の限界と、問われる企業の存在意義から語りはじめ、第2章では次に来る、人本主義、欲本主義、知本主義、共感主義、幸福主義、主観主義、脱成長主義、生命主義と、めまいがするほどの概念を提示します。しかしながら、著者は人間として「生きる意味」を問う、きわめて倫理的な「志本主義」の立場を表明します。
 第3章からは、資本主義の源流のアダム・スミス『国富論』に始まり、近代経済学に忘れられた倫理性を持ち込んだアマルティア・セン(ノーベル賞経済学者)から、マハトマ・ガンディー、アルベール・カミュ(著者のもっとも好きな作家だそう)と言及し、ピーター・センゲやブライアン・アーサーのアメリカの新時代成長理論へと続き、ピーター・ドラッカー、渋沢栄一の思想へと繋げていきます。力技は、まだまだ続きます。

 第4章では、「日本流」の復権が説かれます。新渡戸稲造『武士道』を出発点として、鈴木大拙、西田幾多郎(「絶対矛盾的自己同一」は、著者のこの後の重要なキーワード)、福岡伸一(「動的平衡」)、松岡正剛(「編集力」)。最後の三者が本書のポイントであり、全体の論旨の裏づけとなります。すごい組み合わせです。それぞれの著者の再読に誘惑されます。
第5章以後、世界に広がるESG経営(環境Enviroment・社会Social・統治Gavernanse)とSDGsの捉え方に疑義を唱え、その限界を乗り越えるものとして、マイケル・ポーターのCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)戦略を説きます。勉強になります。
第6章以降、具体的な事例として、ネスレやユニリーバ、ノボ・ノルディクス、セールスフォース・ドットコム、アリババグループ、タタグループ、続く章では、日本のファーストリテイリング、オイシックス・ラ・大地、竹中工務店、花王、カインズ、YKK、堀場製作所と紹介し、海外企業と日本企業との共通点、相違点からハイブリット型を提案します。ここで結論は出ています。

 以降、怒涛の展開で、デジタル、グローバル、無形資産と経営のイノベーションについて、これでもかといった知見が開陳され、最後に「志」に基づく、デジタルパワーを駆使した日本流の「たくみ」を西欧流の「しくみ」に組み込む新日本流の提言に至ります。説得力があります。後半は、もう一度読み返さないと……。

 あえて言えば、本書は経営トップ向けですが、これからの日本を担う若い人が読むべき、広く売れてほしい一冊です。
 最後に、今回も読みながらふと想起した松下幸之助(PHP研究所創設者)の代表的な考えは、「共存共栄」「社会は公器」というものでした。松下の著作で、企業経営に関してのお勧めは『実践経営哲学』です。『パーパス経営』を読まれる際は、ぜひ手に取っていただけると幸いです。