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妊娠した大学院生の記録【母の日の暴露2023】

大学院の学生の今、妊娠が判明。産んだら自分の人生は終わると思ってた。紆余曲折ありつつも人生順調だと思ってたのに

『つまづいて落ち込んだときはその物事以上のお釣りが来るくらいの学びがないと損』
どこかで読んで以来私の座右の銘です。
妊娠したことを<つまづき>扱いしてる訳ではないのですが。。

博士後期課程、妊娠がわかりました。


記録がてら学生という身分で妊娠するということについて
感じたこと、悩んだこと、考えたことをまとめていきます。

もし同じく学生で妊娠した方がいたら、何か参考になればという想いで書いてます。あるいは今、学生で「将来結婚したいな…」「子どもほしいかも…」と思ってる方たちに、こんな感じだという実録を残せたら良いかもと思ってます。
ただしアドバイスとかはできないので、こんな人がいるんだ、くらいの気持ちで流し見してもらえたら嬉しいです。

私自身、学業・今後のキャリアと来たる子育てとの両立のうまくいく方法を模索しながらの毎日、さらに言うならば、現時点で子どもが無事生まれてきてくれるかも分からないので、逆にアドバイスあれば是非お願いします!

シミュラクラ現象みがある…お顔見ますか~?と先生に撮ってもらったエコー写真

産んだら【自分の人生】は終わり、
【子どもに捧げる人生】と思ってしまっていた。


正直、私は子どもが欲しい気持ちは非常にふんわりしていました。
(ぼんやりと遠い未来のことだな…としか考えてこず、「子どもか~。もしいたら幼稚園で『おジャ魔女どれみ』見せて変身のワクワクと可愛さを、小学校で『カードキャプターさくら』見せて小狼くんのかっこよさを、中学では『寄生獣』で生命の奇特さと『HUNTER×HUNTER』で壮大な伏線回収と心理戦の面白さを、高校で『BLACK LAGOON』見せてロックの身の振り方の是非と女たちのタフネスについて語りたい!え、待って大学生になったr…」という“第N回!我が子と語りたい漫画ドラフト会議”だけよく練ってました。)
これまでの人生において、子どもについて思うことはただ「可愛い~」ということだけでした。電車で見る赤ちゃんを「お~可愛い…ちっさ~」としっかりチラ見し、年1で会う従兄弟甥・姪と会うのを楽しみに、旅行にいったらお土産を必ず買う(会う口実づくり)程度には子ども好きでした。

ただ“自称子ども好き”でも人の子と自分の子は違うということは理解していました。今まで感じてきた子ども可愛いという気持ちは、所詮年に1回会う程度の非日常だからこそで、自分の子は365日24時間一緒かつ責任と義務もある、その点は冷静だったと思います。

この冷静さがどこから来るかは分かっていました。今の今まで博士まで進学させてもらい、自由に自分の好きなことに熱中してきた分、子どもにその時間・気力・体力・お金を配分することになる未来に対して【良い想像】ができなかったからです。
(研究室は機器を使うのに混むので人の少ない夜~早朝に実験したり(家が大学から徒歩6分だったのもある)、国際学会ついでに旅行気分でうろちょろ観光したり、仏語選択したからという理由で一人でふらっとフランス行ってみたり、徹夜明けの実験から帰宅して朝までイラストを描いて同人活動してみたり、油絵キットをメルカリで買って1人暮らしの部屋を有機溶剤の匂いで充満させてみたり(そして有機溶剤臭をまとってラボに行く。火気には近づけない。)、、、)
だからこそ、子どもを持つかどうか深く考えることを放棄していたのだと今振り返って自己分析しました。

安産がちで目指してる

自分の本音に意外と気付けないからこそ早めに考え始めることが重要


総ては自分の人間としての未熟さ(自分可愛さ、我の強さ、学びたい欲の強さ)があると認識しつつ、うっかり「じゃあ成熟したら子どもを産もう!」などと決めていたら正直いつになったか分からないです。
(人間性の成熟なんて曖昧すぎるゴール設定は定量できない分、判定できずに人生終わりそう。。そうなる前に偽陽性出して産む?)
その点、行き当たりばったり感は否めずとも「妊娠したことは良かった」と思っています。
経済面でも、自分の人生を自分のために生きたいという面でも頭で考え出したらいくらでも不安はあって、子どもを産まない(産みたくない)理由はいくらでも作れました。でも実際に産む(しかない)状況になって少しホッとしていて、子どもが欲しい気持ちを自分が持っていたことに初めて気づきました。
自分で自分の気持ち・希望に気づかないことがあるなんて今思うと我ながら不思議に感じますが、案外そういうことはよくあることなのかもしれません。(これまで理屈や理論で自分を支えて生きてきたせいで、感情に注目することがなかったから?)

自分のライフイベントについてここまで熟考したことは初めてで、そして密接に関連するキャリアプランについても腰を据えて考えるようになりました。

暇すぎてへその緒にぎにぎしてる?

博士卒女性のロールモデル身近にいない問題。
どうなる?キャリアプランとライフプラン


子どもができて嬉しいと同時に、前例がほぼない未開の地に足を踏み入れたような気持ちでした。
『在学中に妊娠した』という点でも前例ごくわずかでしょうが、というよりもこの不安な気持ちは『博士へ進んだ女性のその後の人生についての話をほぼ聞いたことがない』という点から来ていました。
そして自分のキャリア・ライフプランをよくよく練ったことがないことも、この漠然とした不安をもたらしていました。正直、何に不安を感じているのかさえ把握できていない、そして考えることも怖かったのです(「何かが手遅れだったらどうしよう」とか。でもその“何か”も別に明確じゃない)。
最初に自分の考えを整理したのは結婚しようという話が出てからという、後手後手の計画でした。ちなみに私は昨夏に結婚、夫はすでに社会人です。結婚前から子どもについて話合い済みで、その時点でのお互いの考えは「2人の時間を過ごしたのちいつか子どもが欲しい」で一致していました。その後、少しずつ理想の解像度を上げていきました。子どものことについてと同時に仕事についての理想は
「子どもは欲しい。でも私が卒業、就職して2,3年の経験を積んでから様子見で。」
これはなぜかというと、私は就職後はバリバリ働き続けたいので、会社で迷惑に思われて居場所がなくなるのは嫌だなという思いがあったからです。
仕事始めてすぐに妊娠だと周りに申し訳ないので、まずはきっちり仕事を覚えてから、パッと産んで1週間くらいでパッと仕事復帰したい!と考えていました。
仕事を頑張りたい気持ちの一方で頭を悩ませたことは年齢でした。
体力の不安や第2子以降の希望もあるので、高齢出産と聞く35歳より前、
可能なら30歳頃
を目安に産めたらいいなと、あっちもこっちもと理想を欲張ったハードスケジュールを組んでました。
正直このスケジュールを考えながら、博士卒の時点でまぁまぁキツめの時間制限があるなぁと感じていました。生物学的に望ましい出産年齢は確かにあって、しかし社会的に認められてより良い仕事をするには成果が必要で、身体はひとつしかないからどこかでどちらかを切り捨てざるをえないのかも…と、どちらに転んでもただひたすらあまり明るくない未来に思えました

そして妊娠してからようやく初めて【働きながら子育てをする人の経験談】を色々と見まくって情報収集をした結果、、、
この私の理想はたぶん無理ゲーなのでは?と思い始めました。もっと早めに情報収集して、じっくりキャリア・ライフプランを練っておけば何かしらの先手を打てたかもしれません。

自分で選んだ方向だから自分で道を開拓していくのみだと【覚悟だけ】はしているものの、やっぱり“ちょっと先を行く同性の先輩”“ロールモデル”がいてくれると心強いなと感じる毎日になりました。私が選んだ博士進学という道の先を行く女性たちはどんなキャリアとライフプランをどんなふうに/いつ決めて、どう進めていったのか、両立できているのか、今の時点で何をやっておくべきか、色々と聞きたいことばかり浮かんできます。

トツキトオカ(赤ちゃん成長記録アプリ)とエコー写真比較

人間、『知らないこと』はできない。


結婚する、子どもを産む、子育てをする、、というライフイベントに対して現実味を感じていない、自分事として捉えていない。学生という身分として、【まずは卒業と就職】という壁しか見えてなかった。その先のライフイベントとの両立なんて考えも及ばなかった。
これは私の想像力及び計画性のなさが根本的な原因だと理解しつつ、周りに子どもを産んだ子育て中の同世代がいない環境も、この想像力の欠如に拍車をかけていたと思います。博士進学した時点でラボ内に先輩も同期も0人になっていて、他研には少数いるもの全員男性。そんな中で結婚はともかく妊娠出産子育ての話が身近にあるはずもなく!
修士までは女性もちらほらいたけれど、かつての同期の○○さんが結婚したらしい、子どもできたらしいという報告(※風の便り)程度が耳に入る情報の限界でした。しかもそれを聞いたとて、かたや学部・修士卒で社会人生活、こちらはいまだに大学で奨学金もらいながら研究漬けそもそものライフステージというかスタートラインが違います。なので「おー!すごい!おめでとう!なんかすごい大人~」という感想しか持たず、そこで焦りとか自分はどうしたいんだろう?という考えに至ることはありませんでした。

なので“同世代”かつ“博士女性の”ライフパスを知る機会があると、自分も考えようかな、と動き出す良いきっかけとしてかなり役立つのではないかと実感しました。
ちなみに女性の教授や助教の方ともお話する機会は多少あるものの、プライベートな領域にあたるライフパスについてなんてお気軽には聞けません。何かの拍子にお話を聞けたとしても、時代も世相も違うので直接的に参考にできない点があったりもします。じゃあネットだ!と調べていくと再現できないスーパーウーマン偉人伝が多い。超人アドバイスは凡人には参考にできません…だからこそ、“同世代”というキーワードを入れました。

つわり地獄でメンタル落ちてたけどアプリの赤ちゃん楽しそうで生意気可愛かった

誰一人同じではない。人は人、自分は自分。


ロールモデルを欲してはいるものの、私は“正解”を知りたいわけではありません。“正解”があるとも思っていません。
実はすでに、縁あって知り合った博士卒の先生や先輩、他大学の博士学生の方などにお願いしてインタビューを重ねてきました。聞いてきたのは人生のターニングポイント、博士に行くと決めたきっかけ、そしてライフイベントについてです。どの人にも挫折があって、遅かれ早かれどこかで人とは違う経歴を経て、その先で色々な人生の歩みがあると知ることができました。

かつては私は人生には“正解”の選択肢があると考えていました。今思うと、高校まで“正解”のある勉強をしてきて、それがいつの間にか生き方にもうまくいく“正解”があると思わせていたんじゃないか。そんな考えの中で“大成功でなくていい、普通に生きたい”という気持ちに変わっていきました。でも私の囚われてきた“普通”の世界はとても狭く、生きづらくさせていた原因だったと思います。そこに標準を合わせるのはとてもキツイことだと徐々に理解できるようになってきました。
大学でまだ答えのない、教科書に載らないレベルの研究を知り、自分でテーマを持って研究を始めたら、答えどころかこのデータが何を示すのか右も左も分からない、視界が歪むような、地に足付かずぐわんぐわんした、もたれるとこのない心細い経験をして、ようやく自分の頭で自分なりの正解を定義して(仮説)試してみて考察して自分なりの意見を持つことに頭も身体も慣れてきました。

研究生活やインタビューを通して正解がないことを分かった上で知りたいのは、人の多様さです。自分だけでは思いつかなかった道、考え方に触れたいと考えています。そして自分の考えが凝り固まっていないか振り返り、視野を広げて柔軟に考えられるように、インタビューは続けていきたいと思っています。そしてインタビューの内容はすごろくのようにイラストと並べて、後輩たちに紹介する活動をしています。私ほど何も考えてなかった人はきっといないとは思いますが、キャリア・ライフプランについて自分なりの道を見つけるきっかけになれば、過去の自分を救うようで嬉しく思います。
これまであまり聞く機会のなかった博士生活の実態をオープンにすることで、今現役の博士学生の心細さを解消したり、博士に進みたいなと考えている後輩たちへの勇気づけになったりするのではないかと考えています。

産んでから復学・復職が簡単にできてキャリアを積めたら良いな

若いうちに生んだ方が身体・体力的には楽だから、20代のうちに産み終えたい。そして産んだあとでもしっかり自分の人生を開ける、ちゃんと学べる・稼げる安心感が欲しい!
そんな社会システムになったらいいなぁという理想だけ書いて終わりにします。
母の日にちなんで書き始めたのに日付変わってしまっているのでもう寝ます。不規則な生活をする母で腹の子ごめんね!また後日続き書きます。




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