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「西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史」を読んで。

724回目です。φです。

外には出られないし、仕事するにも体調不良、ということで。読書に励んでいます。あと仕事の事業計画書づくりとか。

仕事を考えるって面白い。アウトプットすると色々見えてきて、「これはまずいな」とか分かる。抜けている穴とか、ウィークポイントになりそうなところとか。自分の信念みたいなものもついでに見えてきて、「やっぱりこれがしたいんだよなぁ」って思ったり。

やりたいことと、できることと。そしてそれを自分がマネージできるかどうか、をうまーく考えないといけない。それが難しいんですよね。まぁ楽しみながらやっていこうと思います。楽しみつつ、地団太踏みつつ(笑)

さて、「誰か教えてここ!いや教えないで自分で考えるからヒント!ヒントください!」を繰り返しつつ、ちょっと諦めたので読書しまして。

先日こんな本を読んでみました~「西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史」。

西洋文化では哲学や芸術、宗教、で避けては通れない言葉だと思います。「罪」「罰」。ドストエフスキーのタイトルみたいになってしまいましたね。ちなみに原文通りのロシア語だと「ПРЕСТУПЛЕНИЕ и НАКАЗАНИЕ」。

はい、私がロシア語を少々諦め気味な理由を分かってほしいロシア語です。長い。単語が長すぎる。

ちょっと気になったのでドイツ語で検索をかけると…「Verbrechen und Bestrafung」。長い。

英語だと「Crime and Punishment」くらいかなぁ。うーん、まぁ程々に長いですね(笑)

遊ぶのはここまでにしておいて、罪と罰について。

私はものすごく詳しいわけでもないけれど、一応は聖書が家にあって、学校でも習って、という身です。それなりに西洋文化に根付いた罪の意識などを知る機会は多かったかと思います。

まぁあれですよ、アダムとイヴはエデンのりんごを食べてしまって、それが原罪で…みたいな。ちなみに、エデンのりんごと言われていますが「りんご」と明らかには言及されていない。謎ですね。

そのりんごを食べることを唆した蛇は”地を這う者”として罪深い存在で…とか。兄弟殺しのカインとアベルの罪が…とか。旧約聖書の有名どころはノアの箱舟、でしょうか。これも罪から発生した神のお怒り系ですし。聖書において、罪はとっても登場回数が多い。

したがって、聖書が何かしらの形を持って基盤となっている文化では、罪や罰って身近と言うか、意識せずとも根本に食い込んでくる考えだと私は勝手に思っています。

こちらの本で詳しく書かれているのは、アイルランドの「サガ」という本なので少々西洋文化と言っても独自のものがあるかもしれません。それでも、古い文献に書かれていたことがこの本でかなり長文でそのまま書かれていて。昔から罪の意識ってあったんだなぁ…と興味深いものがあります。

昔は死者の扱いが、今のものとは違っていたり。私が衝撃的だったのは、「友人が死んだので、その墓でしばらく過ごす」という行為。供物と一緒に。何と言いますか、…することなさそうですけどね…。

この本のように、”とある一点にのみ着目した歴史”を知ると、私たちが今歩んでいる歴史はどう残されるのか、と気になるものです。時代によって評価は異なるだろうし、人によっても異なるだろうけれど。それでも、どういったものとして残されるのだろう。と気になる。

時代によって異なるものもあれば、変わらないものもあるのだと思う。人間のすることは結局は同じ終着点だったりもする。それが面白さでもあると思う。良くも悪くも。

さて、この本はかなりマニアックな部類に入りそうですが、奥底の思考を理解するのに役立つ本だと思います。欲を言えばもう少しアイルランドから離れた欧州の言及がほしかったけれど、十分に学べました~。

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