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撃沈と、無知を知ること。

 403回目です。φです。

 やっと!やぁっと図書館に行ってきましたー!嬉しすぎて20冊くらい借りそうでした本(笑)

 入場の際は名前等を記入して、それからアルコール消毒して…と物々しい雰囲気だったけれども。これが日常になってくるのかなぁ。

 私の読みたい本って基本的には閉架図書なので、書いたメモを渡して、受け取って、退場。

 ずっと蒸れている入口に立っているスタッフの方がいたので、私からお礼とちょっとした励ましをさせてもらって。言葉ってただの音かもしれないけれど、その音で心が通じればいいよね、って私は思っています。

 まぁ私がスタッフだったらマスク越しで言われても聞こえないけどね!切ない!

 明瞭に発言したから、ちゃんと聞こえていることを願おう。うん。通じてて!

 さてさて、今日は私が挑戦したこと、そして撃沈したことについて書こう。撃沈でした。あらら。


 私はNHKのラジオで英語勉強をしています。無料だし。ずっと番組続いてるなら効果ありそうだし(笑)

 実際に、瞬発力トレーニング的なものは効果があると私は思っています。語学チャンネルのひとつ、タイムトライアルは鍛えられている感じがします。「これ日本語でも難しいよぉぉ」と弱音を吐きかけますが、何度も繰り返して挑戦しています。

 私、聴覚情報処理障害のために「一言聞いた→すぐに内容理解して発言」の流れが苦手なんですよね。とっても遅い。

 一言聞いた→…→…→…→「分かった!」→「発言」みたいな。解読に時間がかかります。言語問わず。

 話す速度そのものがスローな会話や、私が知っている人との会話十分に話して流れが分かっている中での会話、それらの要素が入ってくるとちょっとばかり私の理解・解読スピードは上がるのですが。

 逆に、それらが皆無の場合、自分でもびっくりするくらい遅い(笑)

 私の友人はそんなにスピーディな話し方をする人がいないので助かっています。間延びした会話をしているように聞こえるかも。私の大学時代からの大切な友人との会話、めちゃくちゃスローです。

 会話文に「ね~」とか「うん、…それで…」とか。十分に考える時間と解読する時間があるんですよね。お互いに会話が速いのが苦手なのも理由のひとつですが。

 私の親族家族は基本的に速くて、方言もあって、ついていけないことが多々あります。流れるように会話が通り過ぎていきます新幹線風に!びゅーん!って!!

 まぁそんな私です。本日撃沈したのは、まさかのNHKのラジオです(笑)

 何で撃沈かというと、日本語のチャンネルという…英語より難しいと思いました。本気で。

 3つチャンネルを聴いて、ひとつ目で「あれ、聞き取れないな…分からない単語が多かったのかな?」と思って、ふたつ目。

 「何の話しているかも分からないような…?」と思って、3つ目。

 「…あれこれ日本語だよね?頭入らないし分からないよ?!」となって、私めげた(笑)

 手を止めて、耳だけに集中してみました。多分。多分集中してました他の事してないし!

 何度開始~1分を繰り返し聞いても、全く分からない。「私は、」とか「です」とか、日本語勉強してちょっとの人くらいの聞き取りしかできませんでした。びっくり。

 いくつかの専門用語が出ていた可能性があるとは思うけれど、ここまで分からないもの?!と思いました。私は英語以外のラジオを聴いたのはこれが初めてだったので、愕然としました。

 YouTubeでラジオを流すことはありますが、字幕は完全につけます。分からなかったら止めて目で確認する。自然にやっていたんだろうなぁ。

 だから、今回初めて「耳だけでラジオを聴く」で自分の聴覚情報処理能力を理解したのだと思う。完全に耳しか情報がない、聞き返すこともできない状況だとこうなるんだ。って。

 知っているけれど、なんというか…「あー、訓練でどうこうならないね。」と思いました。これぞ乾いた笑い(笑)

 「分かる」って、少し残酷だと思う。分かったことを削除することはできない。分かったことで変わることができないことに気づくことは、特に残酷だと感じる。

 「み、見なかったことに…」ってしたくなるけどさ!見ないようにすることはできる、でもそれは心に蓋をするようなもので、本当に見なかったことにするのは不可能なのだと私は思う。

 忘れることができる人もいるとは思います。しかしながら、私にはできないみたい。直視したのなら、分かってしまったのなら、受け入れるしかないよね、認めよう。そう思う。

 知ることで無知ということに気づく。誰の言葉だったかなぁ。アインシュタインだったっけ。

 無知でい続けるよりは、少しでも知った方がいいのだろうけれども。人によるかな、これをどう感じるかどうかは。

 さてさて、話を戻そう。

 撃沈した。何度やっても分からなかった。意識が向いていなかったわけじゃない、全力で音を拾おうとした。音を大きくしても変わらない。自分の能力に驚いた。どうして?と何度も問いかけた。それでも変わらなかった。私は撃沈したのです。

 他の音をキャンセルするヘッドフォンでも効果なし。ひとつの音、言葉を拾おうとしても何一つ分からない。音で、言葉になっている、それ以外は本当に分からない。

 これは本当に仕事ではマイナスになるなぁ、と思いました。聴覚を使う仕事は難しい。改めて理解。

 今回の撃沈、結構に私の心に傷を残しましたが、それでも分かって良かったと思う。仕事から離れて、「簡単な電話ならできる!」という自信がついていた私です。まぁ、その電話も注文するというものすごーく一方的な会話なんですけどね!定型文と定型文のやりとりですから。

 撃沈したけど、撃沈して奥底で得るものがありました。聴覚使う仕事無理。よーく分かった。自信を持つことは大切だけど、根拠なしの自信は危険ですね(笑)

 また仕事探しの指標ができました。深海魚になるくらい奥底に撃沈したけど、また浮上して頑張ろう。自爆で分かって良かったことにしよう。うん。

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