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カンヌライオンズ2024視察レポート「POST IN TRANSLATION」後編。今年のキーワード「HUMOUR」「LUXURY」「AI」に関連する作品

ピラミッドフィルム クアドラ(以下:クアドラ)は今年もカンヌライオンズの視察に行き、帰国後にはクリエイティブディレクター 阿部達也と、プロデューサー 師富玲子による振り返りレポートを実施。阿部が現地でのインプットをリアルタイムにXへポストした内容をもとに、速報的に今年の受賞作品を紹介するレポートムービーを公開しました。

noteではレポートムービーの内容を前後編の2回に分けてまとめていきます。まず、前編では「今年のカンヌライオンズの特徴」「目立ったグランプリ作品」「日本の主な受賞作」を紹介。

後編となる公開の記事では、カンヌライオンズ2024のキーワードである「HUMOUR」「LUXURY」「AI」にまつわる作品を紹介していきます。


今年のキーワード

前編でも少し触れたように、今年のカンヌライオンズのキーワードは、「HUMOUR」「LUXURY」「AI」の3つでした。ここからは3つのキーワードに関連する作品をご紹介していきます。

HUMOUR

まず、1つ目のキーワード「HUMOUR」について。

経済が不調になるとユーモアを使った広告は減少する傾向があるそうです。ここ数年はそこからの揺り戻しがあり、ユーモアを使った広告が増えてきていると言われています。

また、ブランドがユーモアを使うと顧客の80%がリピート購入し、72%が競合よりもそのブランドを選ぶ。そして、63%がそのブランドにより多くの支出をするというデータが出ています。
しかし、成果につながるデータが出ているにも関わらず、ユーモアはロジカルなビジネスリーダーには価値が理解されづらく、95%のビジネスリーダーは、ユーモアの使用を恐れているという実情があります。

そんな“使うことが恐い”ユーモアを、勇敢にも取り入れ、成果を上げた作品を3つご紹介します。

「THE MISHEARD VERSION」

「THE MISHEARD VERSION」はイギリスのメガネ小売りチェーンであり、視覚や聴覚の検査も実施しているSpecsaversによる、聴覚検査の受診を促進する施策です。

イギリスでは難聴などの症状は老化と結びつけて会話されることが多く、文化的に聴覚検査を避ける傾向がありました。そのため、過去にも聴覚検査を促す様々なキャンペーンを実施しましたが、主に恐怖訴求を行っていたため、人々は難聴と向き合うことに恐怖を感じ、逆効果となっていました。

そこで、よく聞き間違えられることで有名な、イギリスのレジェンド歌手 リック・アストリーの大ヒット曲「Never Gonna Give You Up」を、あえて人々が長年聞き間違えてきた歌詞で再レコーディング。説明なしにリリースしたことで、聞いた人々が自身の聴力を疑うきっかけを作りました。

Specsaversは「“難聴”は孤立を意味するが、“聞き間違い”はつながりを意味する」と表現して、難聴というネガティブなイメージを、誰しもが経験する聞き間違いというユーモアを交えることでポジティブに変換をしました。

この施策はイギリス中で話題となり、8時間で2,000万回以上再生、メディアもこぞって報道しました。
聴覚検査に対するネガティブなイメージを払拭したことで、Specsaversの聴覚検査の予約数は目標を1,220%上回ったという結果も出ています。

「DOORDASH-ALL-THE-ADS」

「DOORDASH-ALL-THE-ADS」は、アメリカ企業のDoorDashがスーパーボウルの広告枠で行った施策です。

フードデリバリーで有名なDoorDashは、食品以外にも様々なものを配達できますが、その事実をあまり知られていないことが課題となっていました。
そこで、アメリカで一番注目の集まるスーパーボウルのTVCMで宣伝されたものを全て配達するという大型プレゼントキャンペーンを実施。キャンペーンの参加方法はCMで流れてくる長すぎるプロモコードを記載し、応募することでした。
各ブランドのCMが流れ、賞品が増えるにつれて注目は高まり、多く人がCMを止めながら、プロモコードを書き起こしてチャレンジ。応募数は800万件にものぼり、抽選で選ばれた1名にCMに流れた全ての商品が配送されました。中には車など、本来は配送できないものもあったそうです。
様々なブランドにかけあう、裏の交渉力も評価された作品です。

DoorDashはマーケティング戦略は「ユーティリティ」「集団主義」「短期主義」の3つの原則に基づいています。
昨今パーパスを掲げ、ブランドを長期的に醸成していくことがムーブメントとして強いですが、短期で爆発力を出すということを実現し、同時に他ブランドと一緒にユニークなことを行う=集団主義も体現している作品となっています。

「SHT」

「SHT」はカナダのIKEAが行った、中古品購入における二重課税を廃止する施策です。

カナダでは、中古品の購入割合が月に31%と高い数字ではありますが、購入時にHST(Harmonized Sales Tax)と呼ばれる13%の連邦税が適用されています。二重課税になっており、本来であればカナダ国民に入るべきお金が連邦政府に入っていましたが、約27年前からあるこの制度が疑問視されることはありませんでした。
そこでIKEAは、この二重課税を事実上撤廃する取り組み=SHT(Second-Hand Tax)を行い、IKEAで購入した中古品は0%の税金で購入できるようにしました。

この施策をきっかけに他ブランドでも同じ動きが見られ、SHTはやがて世界的なムーブメントとなりました。IKEA本国であるスウェーデンでも賛同を得て、スウェーデン市場の変化にも拍車がかかり、税制を調査するまでに至っています。

社会課題を解決する際、真面目な話はなかなか受け入れられにくいですが、ユーモアの領域に持ち込むことで多くの人をうまく巻き込むことができ、法改正を目的とした多くの作品の良いお手本だと、審査員から高く評価されました。

LUXURY

次は、2つ目のキーワード「LUXURY」について。新設されたLUXURY & LIFESTYLE部門で受賞した作品を3つご紹介します。

「LOEWE X SUNA FUJITA」

「LOEWE X SUNA FUJITA」は、スペインのラグジュアリーブランド LOEWEが日本やアジア圏のファンを増やすために行った、京都に拠点を置く夫婦の工芸家ユニット スナ・フジタのコラボ施策です。

彼らの伝統的な職人技と現代的なデザインを兼ね備えた独自の世界観を、LOEWEの世界観と融合したコラボアイテムを発売。さらに、ストップモーションムービーを制作したほか、パッケージやポップアップストア、OOHなどにも展開しました。

この施策は、LUXURY & LIFESTYLE部門でグランプリを獲得しました。LUXURY & LIFESTYLE部門は「ローカルカルチャーを守っていく責任」が大きく課された部門のように感じられます。
LOEWEのクリエイティブディレクター ジョナサン・アンダーソンは、ローカルの職人技を愛し、文化にとても熱心で、全てが文化を中心とした彼の信念に基づいています。

LVMH(LOUIS VUITTON、Christian Dior、Tiffany & Co.といった誰もがその名を知るブランドを傘下に持つ複合企業)系のブランドは通常、村上隆や草間彌生など、世界的有名アーティストとコラボします。
一方、LOEWEは比較的無名なアーティストとコラボ。ブランドパワーを使って、ローカルカルチャーを守る意義を示した点が、グランプリ獲得の大きなの理由でした。

「AYA NAKAMURA : HAUT NIVEAU, BY LANCÔME」

「AYA NAKAMURA : HAUT NIVEAU, BY LANCÔME」は、フランスのコスメブランド LANCÔMEが行った施策です。

フランス国内で著名なアーティストでもあるアヤ・ナカムラ。黒人、アジア系の血統がある彼女がパリ五輪で歌うと噂されたとき、彼女は世間から厳しい批判と侮辱を受けました。
そこでLANCÔMEは、グローバル・ブランド・アンバサダーを務めている彼女の人生、価値観、そして旅路に迫った14分間のドキュメンタリームービーを制作。このムービーは彼女のドキュメンタリーであると同時に「常に女性が自分の道を切り開く力を与える」というLANCÔMEのブランドメッセージも反映されています。

Z世代は、よりパーソナルで本物の物語をブランドに求めており、それに応えたいというブランドの願望に沿った内容となっています。
公開当日、動画はYouTubeトレンドのトップ10にランクインし、3週間余りで53万4,000回再生を獲得しました。

大多数のフランス人消費者を失うリスクを恐れず、人種差別を受けた彼女に対し、「LANCÔMEは彼女を支持する」という信念を貫いた姿勢が高く評価されました。

「GOLDEN OPULENCE」

「GOLDEN OPULENCE」は50年以上の歴史を持つ、トルコを代表するラグジュアリーブランド正規販売代理店のBeymenが行った施策です。

様々なラグジュアリースタイルの源流は、実はオスマントルコ文化に深く根付ています。しかしそれがあまり知られていないのが実情です。
そこで、オスマントルコ文化を称えるため、Beymenで取り扱いがある世界中のハイブランド約50社とのコラボを実施。各ブランドにトルコの歴史から得たインスピレーションを象徴する作品を制作してもらい、展示会も行いました。

ラグジュアリーブランドが今のブランド力だけでなく、源流となった文化を大切にしている点が評価されたポイントでした。
LUXURY & LIFESTYLE部門では、そういったラグジュアリーがいかに文化保護、育成の役割を果たしているかに着目する部門なのではないでしょうか。

AI

最後に3つ目のキーワード、昨年から引き続き語られている「AI」について。AIに関連する作品を3つ紹介します。

「ADOPTABLE. BY PEDIGREE」

「ADOPTABLE. BY PEDIGREE」は、ペットフードメーカーのPedigreeが保護犬のために行った施策です。

Pedigreeは「保護犬をなくす」という使命を掲げています。しかしながら、企業活動を行う上で、全ての資金を保護犬をなくすことだけには使えておらず、自社商品の販売や、そのための広告にも費用をかけなければなりません。保護犬のために使っているメディア予算が75%程度であったため、予算の100%を保護犬のために使うことを目標としました。

そこで、1枚の保護犬の写真をベースに3Dモデル化し、まるでスタジオ撮影したかのような高品質画像を様々なアングルで生成できるAIシステム「Adoptable」を開発。画像はそれぞれの犬の毛の色や体の特徴などを忠実に反映するように制作しました。

従来、保護施設で撮影された写真は素人撮影であるため、犬たちの魅力がうまく伝わらず、里親が見つかりづらいという課題がありました。しかしAdoptableを活用することで、保護犬を広告媒体のモデル犬にもでき、Pedigreeが広告を出すことで、保護犬と里親を結び付けやすくなりました。

結果として、保護施設のサイト訪問、紹介された犬のプロフィール閲覧数が6倍に増加、サイト掲載犬のプロフィールの滞在時間は4.5倍長くなり、広告で紹介した犬の50%が最初の2週間で里親に譲渡されました。
さらに、Adoptableを活用することで、メディア予算の100%を保護犬のために使うという目的も達成することができました。

AIシステムを開発したことはもちろんのこと、自社の掲げる使命を成し遂げた素晴らしい施策です。
AIをあくまで一手段として使っており、AIを使った施策のあるべきかたちなのではないでしょうか。AIが無かった時代に同様の施策を行うとすると、かなりのコストがかかるため、今の時代だからこそできた施策です。

「A MESSAGE FROM ELLA」

「A MESSAGE FROM ELLA」はドイツの大手通信会社 ドイツテレコムが行った、子どもを持つ親に向けての施策です。

ドイツの5歳児は平均1,500枚の写真を両親によってSNSにアップされています。本人の許可なしでSNSにアップされた写真。これらはAIやディープフェイク技術の台頭により、個人情報の盗難、顔認識、詐欺、さらには児童ポルノなど二次的に悪用されるリスクをはらんでいます。

そこでドイツテレコムは親たちに、個人データの責任ある取り扱いを啓発するためのムービーを制作しました。
「A MESSAGE FROM ELLA(エラからのメッセージ)」と題されたムービー。AIを使い、1枚の写真から9歳の少女エラが成長した姿を描き、彼女が両親に向けて、子供の写真をSNSにアップすることの結末を突きつけ、警告を送るというものです。また、ムービーと併せて「#ShareWithCare」というハッシュタグも作り、子どものプライバシーを保護をしながらシェアすることを促進しました。

ここまでAIを活用した作品を紹介しましたが、AI技術の民主化は「強化された凡庸性」に繋がると懸念されています。ただAI使うだけでは皆が同じようなものを作り出し、また合理的ではあるが、時に退屈なものになってしまいます。
人間性のあるアイデアにはセンスや創意工夫、ストーリーテリングが必要です。AIにそういったものはありませんが、人間性のあるアイデアを強化するツールとしては非常に便利です。

つまり、イノベーションを生むのは人間性のあるアイデアであり、全てがハイテクに根差しているわけではありません。イノベーションを生む手法の1つとしてAIがあるだけで、アナログで素晴らしい作品もあります。

最後にそのような、AIと対極にあるヒューマニティな作品を1つ紹介します。

「SIGHTWALKS」

「SIGHTWALKS」はペルーのセメント会社 SOL Cementが視覚障がいのある方のために行った施策です。

点字ブロックは視覚障がいのある方が歩道を歩くことをサポートする世界共通のシステムです。しかし「進行」「停止」を意味するものしかなく、目的地に辿り着いたのかを知らせる機能を兼ね備えていません。

そこでSOL Cementは「進行」「停止」以外を意味する点字ブロックを開発。ブロックの上下に横線を入れ、間に入れる縦線の数で、目的地となる施設を伝える仕組みで、1本ならレストラン、2本なら銀行、3本なら食料品店…と生活に不可欠な10種の施設を示しました。
このシステムを導入するにあたり、視覚障がいがある方向けの説明会を開催して普及させたほか、オープンソース化することで他国での導入も促進しました。

このシステムは日本でも導入可能ですし、世界共通システムとして拡大していけば、世界中で視覚障がいを抱える方が外で行動することを促進する素晴らしい作品でした。

「HUMOUR」「LUXURY」「AI」が話題となった理由は?

ここまで「HUMOUR」「LUXURY」「AI」に関連する作品を紹介していきました。しかし、なぜこれら3つのキーワードが今年のカンヌライオンズで話題に上がっていたのでしょうか。それは、それぞれに対極の存在があるからだと考えられます。

「HUMOUR」の対極には「SOCIAL ISSUE」があります。これまでのカンヌライオンズでは社会課題をシリアスに描いていました。恐怖訴求は課題を知るきっかけになりますが、行動を変容するには少し説教くささがあります。シリアスすぎる社会課題と解決法として、ユーモアを交えた作品が増えてきているのではないでしょうか。

また、「LUXURY」が文化保護、育成の役割を果たしていると考えたとき、対極には「GLOBALISM」があります。インターネットで世界中が繋がりすぎて均一化してしまっている昨今。ラグジュアリーなアイテムがどこでも買えてしまう今だからそこ、各地の文化を守っていく責任がラグジュアリーにはあります。

そして、最後に紹介した作品「SIGHTWALKS」が象徴しているように、「AI」の対極には「HUMANITY」があります。AIによる正解のコモディティ化、技術の民主化によって、クリエイティブにおける人間性の存在意義をよりあぶり出しているように感じます。

こういった具合に、ネガティブな事象に対するカウンターとして、これら3つのキーワードが盛り上がりを見せているのではないでしょうか。

カンヌライオンズの感想

阿部は今回カンヌライオンズで次のような感想を持ちました。

今年のカンヌライオンズの全セミナーや作品をまだ見れているわけではありませんが、今年は「マーケット」「マーケター」といった単語をよく耳にしたと感じました。
欧州を初めとして、個人情報の取得を規制する流れがある中で、広告を使って狙ったターゲットにコンタクトすることはますます難しくなっていくと予測されます。そのような状況下で、どのように顧客と関係を築いていくのかということに関心が高まっているのかもしれません。

システマチックにアプローチするのではなく、Booking.comやAmazonのように共感とファン化があった上でのコミュニケーションといった、ブランドと顧客の健全な関係性のかたちを探っているのではないでしょうか。

そして同時に、去年のカンヌライオンズレポートでお話しした「ブランドには真善美が必要である」という内容との接点も感じました。
AIをはじめとした技術が民主化したことで、プロアマ関係なく、ブランドと才能ある個人が同じようにクリエイティブを生み出すことができてしまいます。ブランドは個人と同じ土俵で競っていかなければなりませんが、個人と比べ、人格が見えず、またスピーディーに動くこともできないため、顧客からの信頼を得ることが難しくなってきます。そんな中でブランドはより人間性に向き合っていき、“個人のように話し、組織的に広く行動する”ことが求められるのではないでしょうか。

後編のまとめ

前編・後編を通して様々な作品を紹介していきました。各作品、簡潔な紹介ではありましたが、どのような作品が高く評価されたのかご理解いただけたでしょうか?

今回は作品中心の紹介でしたが、7月24日(水)配信のカンヌライオンズレポート第二弾では、受賞作品やセミナーから見えてきた、今世界が評価するクリエイティブや価値観の深掘りもお届けしました。そちらの内容も後日noteで記事化しますので、ぜひご覧ください!

また、本レポートの録画データは以下からご視聴いただけます。こちらもご覧いただけますと幸いです!

(この記事の内容は2024年8月5日時点での情報です)

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