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カンヌライオンズ2024視察レポート「N=1 GRAND PRIX」。これからのビジネスとクリエイティブは「個人」の追求がカギを握る!?

ピラミッドフィルム クアドラ(以下:クアドラ)は今年もカンヌライオンズの視察に行き、帰国後にはクリエイティブディレクター 阿部達也と、プロデューサー 師富玲子による振り返りレポートを2回に分けて実施。

第一弾として、7月10日(水)に作品を中心に紹介した速報レポートムービー「POST IN TRANSLATION」を公開しました。そちらの内容は以下の記事からご覧いただけます。

そして、第二弾として7月24日(水)にレポートイベント「N=1 GRAND PRIX」をオンライン / オフライン同時開催。
マーケティングで「N=1」は「1人の意見」を意味します。今年のカンヌライオンズは「個人」が重要なキーワードだと感じた年でした。この「N=1(個人)」を切り口に、受賞作品やセミナーから見えてきた、今世界が評価するクリエイティブや価値観を深掘りしました。

今回の記事ではそのレポートイベントの内容をまとめていきます。


テクノロジーと個人のパワー

早速本題に入りましょう。まずは「テクノロジーと個人のパワー」について。

カンヌライオンズには毎回シークレットゲストが招かれ、セミナーを開きます。今年のシークレットゲストはカンヌライオンズ史上、最もセミナーの入場待ちに長蛇の列ができたと言われています。
そのシークレットゲストがイーロン・マスク氏です。

彼は「個人の自由」を重んじる思想を持っています。セミナー内でもXに広告を出稿した広告主が、自分が出す広告の隣に表示されるコンテンツを取捨選択したいと主張するのに対し、「プラットフォームに存在するコンテンツにOK / NGをつけることはクールではなく、投稿におけるユーザー個人の自由を尊厳する」といった話をしていました。

彼は幅広いジャンルのサービスを手掛けており、一見すると共通点が無いように思えますが、全て「個人に力を与えて自由に解き放つ」という点で共通しています。

PayPal(旧X.com)は金融業界の慣習から自由に
TESLAは化石燃料から自由に
SpaceXは惑星に縛られる住環境から自由に
Xはプラットフォームが規制する言論から自由に
NEURALINKは脳の限界から自由に
といったように、あらゆる領域で「個人を自由にする」事業をしています。

彼は、共同体より個人を尊重し、国家の個人への介入度を極力下げる、いわゆる「小さな政府」を支持する「リバタリアン」の中でも、特に高い論理・数学的能力を持つ「テクノ・リバタリアン」という政治思想を持っています。

彼らテクノ・リバタリアンのバイブルである『The Sovereign Individual(ソブリン・インディビジュアル)』は、タイトルの意味である「主権的個人」が表す通り、「テクノロジーの発展により、個人が国家から独立してより力をもつようになる未来」を1997年時点で予測していた本です。

これはかつて中央集権的で人類の敵だった「コンピューター」を、人民の味方にするためにヒッピーが生み出した文字通り「パーソナルコンピューター」の「Power to the People」的価値観の延長線上にあるように思えます。
つまり、テクノロジーの活用により個人の力は増幅するのです。

それを象徴するものが告知業界にもありました。それはAppleがMacintosh発売に伴って公開した伝説的なCM「1984」です。同名のSF小説を題材に、集権的独裁者に見立てた当時のIBMに一人の女性が立ち向かう姿を描いています。
それまでコンピューター業界でトップシェアを誇っていたIBMが手掛けていたのは、企業向けの大型コンピューターでした。大きな組織のための「コンピューター」を、個人のための「パーソナルコンピューター」にしたAppleをメタファーしたCMです。

ちなみにこのCMは、2020年8月13日にポリシー違反により、App StoreからFortniteが削除されたことを受けて、今度はAppleを体制側に見立てたパロディーを作り、カンヌライオンズに出品した過去もあります。

Apple繋がりで話を戻すと、今年のカンヌライオンズのDigital Craft部門でシルバーを獲得したApple Vision Proも、空間コンピューティングにより空間の個人化を促す技術です。

個人に力を与えるテクノロジーの最たるものとしては「AI」があります。AIの強みは合理化であり、正解に早く辿り着けるという点では素晴らしいテクノロジーです。
一方で、カンヌライオンズ公式のWrap-Up Reportでも「ChatGPTやMidjourneyのようなAIツールの民主化が、『平凡性の強化』につながるのではないかという懸念もある」と記されていました。

これに近い話がTBWAのセミナーで次のように話されていました。

要はインターネットで良いとされ、共有されたものが「皆の正解」になってしまうということです。
クアドラがADFEST視察でタイに行った際も、K-POPアイドルのようなメイクをしている人がここ数年で増えてきている印象でした。これはアジア圏における美しい顔の正解がK-POPアイドルになっており、もともとあったローカル文化が同一化されている現象の一例ではないでしょうか。

また次のようなことも話されていました。

先ほどの話とは反対で、メールマガジンやDiscordチャットのような、大規模なアルゴリズムのフィードに邪魔されずに人間同士が交流できる小規模なデジタルスペースに大きなルネッサンスが起きているのです。

つまり文化的なものを求める個人は、よりアルゴリズムの介入がない場所を求めているということです。これは昨今のCookie規制にも通づるものを感じます。

ブランドが個人情報を取得することは、ますます厳しく取締られていきます。Web広告プラットフォームを使って関係性のないターゲットにアプローチすることが難しくなっていく中、いかにブランドとの関係を深めてもらうかは大きな課題です。
例えば自社内で顧客データを持つことができれば、一人一人に合わせた最適なタイミングと商材におけるコミュニケーションが可能になります。しかしそのためには、ブランドに個人情報をもらうための信頼醸成が必要です。

実際に今年のカンヌライオンズでは、そう言った観点でコマースメディアの重要性が主要なトピックの一つでした。
では一体、ブランドはどのようにファンを作ればいいのでしょうか?

差別化のための非合理

文化・個性・差別化を生むためには、どうやらテクノロジーによる合理的な正解を突き詰める以外の考え方が必要そうです。

日本のビジネスパーソンに向けて20万部売り上げた『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』には次のように記されています。

昔と違って様々なナレッジが一般化し、全員が分析的・論理的な情報処理スキルを身につけたことで正解がコモディティ化したこと。VUCA時代のシステム変化にルール制定が追いつかないこと。オンライン化によって、途上国を含め、皆の見るコンテンツの質が上がったため、世界中の市場が自己実現的消費へ向かいつつあること。
これらを理由に「論理的・理性的な正解」では差別化できず、共感も得られない時代になってきています。

そんな中で「全体を直感的に捉える感性」「『真・善・美』が感じられるアクションを内省的に創出できる構想力や創造力」が必要だと言われています。

この本に書かれているこれらの内容が少し複雑だったため、独自に図解し、かみ砕いて説明していきます。

この本の中では、「ART」「CRAFT」「SCIENCE」という言葉が用いられていました。
「ART=直感・感性」を一番に考え、この世界をどう変えたいかというビジョンをトップが生み出します。それを「CRAFT=経験・知識」で検証し、「SCIENCE=分析・論理」で現実に落とすための裏付けをする、といったフローのイメージです。

ただ、今はCRAFTとSCIENCEが上に立ち、ARTが忘れ去られてしまっているケースが多いと言われています。CRAFTとSCIENCEは言語化・数値化ができるため「なぜこれを行うべきか?」を説明できますが、誰もが同じ理屈で説明できることを行っても、同一化に繋がるだけです。言語化・数値化できない感覚的なARTを上位に置き、そこにロジックを合せることが今の時代では重要になってきます。

組織の役割でいうと次のようなイメージです。

大きなビジョンや夢を描くCEOをトップに据え、その決定を具現化するために、論理的分析で裏付けるCFOと経験や知識でかたちにするCOOがサポートする、という構図が望ましいのです。

時にはCEO本人ではなく、外部クリエイターと共に役割を担うこともあります。UNIQLOであれば佐藤可士和氏、無印良品であれば深澤直人氏が例に挙げられます。また、SoftBankも携帯電話事業への進出を大貫卓也氏に相談したそうです。

カンヌライオンズのセミナーでも「ブランドは意味の器」であると語られていました。

消費者は自分のイデオロギーやアイデンティティを表現する手段としてブランドを利用するため、自社のブランドが象徴する意味や文脈がなんなのかを考えなければいけないということです。

ほかにもターゲットの考え方において、「ターゲットを消費者ではなく人間として捉えるべき」という話や、「個人の日常のモーメントに向き合うことの大切さ」が多くセミナーで見受けられました。

つまり、N数が多いマーケティングの中での動向より、もっとミクロなところに向き合うことが大切だということです。

実際に今年の受賞作品でも、ブランドの美意識を起点にして、個人やその日常のモーメントを起点にしたクリエイティブが目立ちました。

例えば、周囲の目を気にしつつも、溢れたハインツの一滴を舐めたくなる瞬間にフォーカスした「LAST DROP」
氷点下の曇天がほとんどを占める冬のイギリスで、わずかな木漏れ日の価値をアイスクリームを美味しく食べてもらう時間に紐付けた「FIND YOUR SUMMER」
トランスジェンダーの女性がホルモン療法中に経験する特有の肌トラブルに対し、当事者と共にボディクリームを開発した「TRANSITION BODY LOTION」
マイナーな陶芸家デュオであるスナ・フジタをブランドコラボでフックアップした「LOEWE X SUNA FUJITA」などが挙げられます。

「LAST DROP」

「FIND YOUR SUMMER」

「TRANSITION BODY LOTION」

「LOEWE X SUNA FUJITA」

クアドラが今年携わった仕事でも、ADFESTでグランデ、Spikes Asiaでゴールドをいただいた「冷凍餃子フライパンチャレンジ」は「商品の永久改良」という美意識のもと、誰でもプライパンに張り付かずに焼ける冷凍餃子を提供するため、冷凍餃子が張り付いてしまったフライパン3250個を回収。現場の研究スタッフの分析と検証により、たった8ヶ月で26%張り付きを改善した新商品を開発しました。
そしてなにより、このプロジェクト発足のきっかけは1人の消費者によるXへの投稿でした。

他にもクアドラが携わった仕事では、「視覚障がいを可視化する」という美意識のもと、実際に視覚障がいを持つ方や彼らを診断している眼科医と共に開発した、診断書からその人の視覚をWebカメラフィルター化する「VISIONGRAM」
聾学校の音楽の先生と共に開発した、音を視覚と触覚で可視化した学習装置である「Palm Beat」などがあります。
これらもターゲットとなる人数は少ないですが、ターゲットとの深いコミュニケーションを経て制作したコンテンツです。

「VISIONGRAM」

「VISIONGRAM — 視覚障がいを、可視化する。」Webサイト

「Palm Beat」

人間のHUMOR

テクノロジーには再現できない人間ならではの役割として、今年のカンヌライオンズでは「HUMOR」にもフォーカスされていました。

今年は13部門のサブカテゴリーにUse of Humourが追加されたことからも、ユーモアが重要視されてきていることが分かります。
これまでのカンヌライオンズでは、社会課題をシリアスに描き、危機感を煽る作品が多く見られましたが、その課題をアイデアで解決しきれていないことが多かったです。そもそも私たちも当事者である社会課題について、説教的なアプローチは聞き入れてもらいづらく、ユーモアを交えて伝えることは非常に大切です。

また、カンヌライオンズ CEOのサイモン・クック氏は「『真面目で地味な作品』『泣かせようとする作品』が多いが、『笑わせる広告』だって効果的だ」と語っていました。

しかし、95%のビジネスリーダーは、いまだにコミュニケーションにおいてユーモアを使うことを恐れているそうです。
ユーモアを活用すると、80%がリピート購入、72%が競合よりそのブランドを選ぶ、63%がそのブランドにより多くの支出をする、と言ったデータが出ているにも関わらずです。

そしてこのユーモアは、AIにはできない人間ならではの特権です。
少し話は逸れますが「HUMOR」と「HUMAN」は綴りが似ていると思いませんか? 「HUMOR」という単語はもともと「フモール」と読み、人間の体液を表す言葉でした。その後、この体液のバランスを崩すことで体調が崩れるという言葉になり、そこから転じて「様子のおかしい人」、今でいう「おもしろさ」という意味になりました。つまり「様子のおかしい非合理な人間」がその言葉の裏にあるのです。

AIはその真逆で一般的には合理性を突き詰めるためのツールです。センスや創意工夫やストーリーテリングを追加するのは、やはり人間のアイデアなのです。

Use of Humourで受賞した作品を見てみると、酔い止めブランドの効果が高すぎることを伝えるために、薬が駆逐したエチケット袋のニッチなコレクターカルチャーを映画化するというアイデアの「THE LAST BARF BAG」
Pedigree社のドッグフードの美味しさを伝えるために、犬が振った尻尾をオーケストラの指揮棒にして作曲しようというアイデアの「TAIL ORCHESTRA」
難聴検査をポジティブに受けさせるために、よく聞き間違えられることで有名な曲をあえて聞き間違えられてきた歌詞で再レコーディングして、リリースするアイデアの「THE MISHEARD VERSION」
これらは合理的な手法ではありませんし、AIには思いつかないアイデアでしょう。

「THE LAST BARF BAG」

「TAIL ORCHESTRA」

「THE MISHEARD VERSION」

実際にカンヌライオンズの会場では、ここで紹介していない作品も含めて、アワードショーで笑い声が起きる作品が多い印象でした。

一つ注意したいのが、必ずしもAIやテクノロジーを使うことがユーモアを削ぐわけではありません。アイデアとしてユーモアがある中で、そのアイデアを実現するための手段としてAIを使えば良いのです。

最後にもう一つクアドラの作品を紹介させてください。クアドラでは今年、AIを使いつつも非合理的ユーモアを活用した作品「AI転生ビジネスカードバトル!よろしくデスマッチ!」を制作しました。顔写真と名刺をAIで解析し、オリジナルキャラクターに変身させ、トレーディングカードを生成するコンテンツです。

まとめ

ここまでの話をまとめていきます。
テクノロジーは個人をエンパワードします。しかし同時にAIやアルゴリズムを主にし過ぎると、文化的均一化も生み出してしまうこともあります。ビジネスやクリエイティブにおいては、いかに他ブランドとの違いを作り、ファンになってもらうかが重要です。
そのためにブランドは美意識(=ART)を最優先し、それを論理(=SCIENCE)と現場的知見(=CRAFT)で支えていくバランスを大切にしなければなりません。その手法としてユーモアを活用していくべきです。また、ターゲットのことは集団としての「消費者」ではなく、ひとりひとりの「人間」として向かい合うことが必要です。

これが、今年のカンヌライオンズで感じた「N=1」、つまり個人と向き合うクリエイティブやビジネスの考え方でした。

ここまで今年のカンヌライオンズでの学びをお届けしましたが、ご理解いただけたでしょうか?
最後に、本レポートの録画データは以下からご視聴いただけます。ぜひご覧いただけますと幸いです!

(この記事の内容は2024年8月19日時点での情報です)


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