見出し画像

女性の強さを思う。映画「サンドラの小さな家」

外資系勤務である。ハイテンションのアメリカ西海岸、ノリが近いシンガポール、底抜けにあかるいフィリピン。いろんな国の同僚と働いているけれど、ほかの国と比べて、アイルランドは、ムッツリ。毎日の短いやりとりもすぐに終わってしまう。こちらは早く仕事を終わらせたくて駆け足で、むこうはまだ寝ぼけまなこでエンジンがかかりきっていないせいだろうか。それにしても硬いのだ。

天気が悪くて、同じものばっかり食べていて、冗談がつうじなくて、まじめさが取り柄って、日本海側のわたしの故郷みたいだなあ。うへえ、つまらなそう。アイルランドに対しては、偏見に満ちた、ものすごく失礼なイメージを持っていた。

舞台は、そんなアイルランド・ダブリン。夫からのDVに苦しむサンドラは、ふたりの娘をつれて自宅から逃げ出す。肩身のせまいホテル住まい。食事はいつもファーストフード。清掃やバーのアルバイトをかけもちしても、いっこうにラクにならない暮らし。限られた養育費や住宅補助。そうだ、家を建てよう。ふたりの娘と暮らす家。サンドラの思いつきと行動力は、まわりの人たちを巻き込み、一大プロジェクトが走り始める。

サンドラの娘、エマが語るベッドサイドストーリーが印象的。アイルランドに住む人のほとんどがカトリック系だったことが思い出される。ちいさなウソは誰だってつく。でも敬虔なクリスチャンにとって、それはわたしたちが日常的に吐くよりもずっと重いものだろう。「これは罪のないウソだからね」と、何度もサンドラが娘に念を押すシーンがある。怪我のこと、住宅補助のこと、DVを受けていること。言いたくても言えないこと、隠さなければならないことにもがき苦しみながらも、なんとか落としどころを見つけ、サンドラは前をむいて生きていく。

「この国に見返りを求めない人間なんていない」というセリフが出てくるいっぽう、「メハル」という言葉も登場する。弱いものたちが助け合えば、めぐりめぐってやがて自分たちに還ってくるー「情けは人のためならず」にそっくりだ。このことわざ、世界の共通言語だったのだろうか。アイルランド、どんな国なのだろう。人々はどんなふうなのだろう。今度、同僚に聞いてみるか。陰気なところだと勝手に決めつけていた自分が恥ずかしい。

ハートフルに終わるのかと思いきや、えええ、こうなってしまうのか、という衝撃的なラストシーン。おもわず息をのむ。人間の愛と憎悪は紙一重というけれど、こんなにも振れ幅があるのだろうか。メハルって、本当にあるのだろうか。

それでも。「ママ、見つけたらコレ、取っておいてね」という娘・モリーの最後のセリフ。その理由がわかったら、女の強さを思わずにはいられないだろう。どんなことがあったって立ち上がり、前を向いて生きていく。原題は「HERSELF」らしい。ピッタリだと思う。

脚本家で主演のクレア・ダンは、友人がホームレスになったことをきっかけに、この映画を作ろうと思い立ったのだという。彼女のために。そして、社会を変えるために。いつか娘といっしょに鑑賞し、感想を聞いてみたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?