異国での食卓の物語「クスクス」
最初の招待
フランス語教室での出会いは、思いがけない食との出会いにもなった。
アラビア語なまりのフランス語で、いつも優しく話しかけてくれていたアイシャが、ある日私を家に招いてくれた。
「クスクス作るからうちに来ない?」
そう言われた時、正直なところ、クスクスが何なのかさえ知らなかった。
引っ越してきたばかりの私は、まだフランスの食文化さえ理解していない頃だった。
フランスの街角で見かけるクスクス専門店の看板の意味も、スーパーマーケットの棚に並ぶ小麦の粒々の正体も、知る由もなかった。
アイシャの台所で
チュニジア出身のアイシャの家の台所には、見慣れない二段重ねの鍋があった。
「これがクスクス鍋よ」
そう言って彼女は、下段に色とりどりの野菜を放り込んでいく。
人参、カブ、ズッキーニ、玉ねぎ、そしてひよこ豆。
上段には、小さな粒々が。
「これは世界で一番小さなパスタなのよ」と、笑顔で説明してくれた。
立ち上る香りが、異国の記憶を運んでくる。
クミンとシナモン、そしてサフランの香りが、台所いっぱいに広がっていった。
フランスの食卓で
後になって知った。
クスクスは、実はフランス人が最も愛する料理の一つだということを。
移民たちが持ち込んだ食文化は、いつしかフランスの日常に溶け込んでいた。
フランスの大都市ではもちろん、ノルマンディーの田舎にも、必ずと言っていいほどクスクス専門店がある。
スーパーマーケットの棚には、様々なブランドのクスクスが並ぶ。
そして夏になると、クスクスを使った「タブレ」というサラダが、どの家庭の食卓にも登場する。
まるでフランスの伝統料理であるかのように。
私たちの食卓へ
「今夜はクスクス」
休日の朝、私がそうつぶやく時、夫はうれしそう。
実は彼のお気に入りの子供の頃からの思い出の味だそう。
アイシャに教わった通りに、
野菜を大きめに切って、
スパイスを加えて、
じっくりと煮込む。
そして最後に、クスクスには欠かせないというハリサという唐辛子のペーストを添える。
記憶を継ぐ
だいぶ前の出来事だけど今でも時々考える。
アイシャの台所で感じた、あの異国の香りのことを。
初めてクスクスを口にした時の、驚きと喜びを。
そして、この料理が教えてくれたことを。
食べ物には国境がないということ。
でも、それぞれの土地の記憶は、確かに存在するということ。
今では私も、数ヶ月に一度はクスクスを作る。
フランス語教室での出会いが、こんな風に私の食卓を豊かにするとは。
そんな風にして、食の記憶は受け継がれていく。
小さな粒々に託されて、国境を越えて、時を越えて。
最後に
今日も、クスクスの粒を蒸している。
(といっても私は簡単に電子レンジを使ってね)
フランスでの暮らしも、もう何年になるだろう。
慣れない言葉に戸惑い、見知らぬ文化に驚いた日々が、今では懐かしい。
そして気がつけば、
異国の味が、確かに私の中に根付いていた。
クスクスが教えてくれた。
本当の豊かさは、
境界を超えて出会う時に生まれるということを。