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日本の美しい島へ

「当機は着陸態勢に入ったのでシートベルトをお締めください」
機内にアナウンスが流れ、シートベルト着用ボタンが点灯した。

着陸まであと10分。
隣に座っているフランス人青年とのお喋りをやめて、私は背筋をぴんと伸ばして座り直した。

窓から外をのぞくと、目に入るのは一面に広がる青い海。目が覚めるほどに蒼いブルーは透明感のあるグラデーションが美しく思わず見入ってしまう。時々白く見えるさざ波が風に揺られてリズミカルに動いている。その中にぽつりぽつりと見えるのは珊瑚礁だろうか。

飛行機が降下し始めると海に飛び込んでいくかのような錯覚を覚え、本当に滑走路に向かっているのだろうかと思ってしまう。8年前に初めて訪れたときと同じ感覚だ。

飛行機から眺める景色は何も変わっていない。
私の頭の中ではいろんな想いが駆け巡っていた。

8年前に母に連れて来られた場所。私はそこで1年を過ごした。母の故郷でもある、日本に多く点在する島の一つ。

日本には合計416の島がある。私が今向かっているのは日本の南にある鹿児島と沖縄の中間地点にある奄美大島という島だ。2021年には世界自然遺産に登録された。東京からは直行便で約2時間ほどで行ける。

この島の魅力は豊かな自然の中にある素朴さだ。観光化されてないからこその良さがある。それは島に住む人たちも同じだ。

道を歩いていると、顔見知りでもそうでなくても元気よく「こんにちは」と挨拶をしてくる人懐こい子供たち。ホテルでは家族のように気にかけてくれるスタッフの人の良さは不思議と心の鍵を外してくれる。

私は到着したら真っ先に行きたい場所がある。

それは空港から車で約15分の小さな集落の端にある”かくれ浜”と呼ばれている海岸。年に数回、3つの条件が揃ったときにだけ砂州が地表に現れるという幻の浜。海の中に浮いたように現れるその浜から見た深いエメラルドグリーンの幻想的な色が忘れられない。

自然がそのまま残っているからこその美しさがいたるところにある奄美大島。

ジャングルのような原生林の中を進んで行った先には沢に流れる小さな滝があった。それはまるで秘密基地のようで、滝に射し込む光が神聖そのものだった。こんな沢が奄美のいたるところにあるらしい。今では地元のガイドさんが沢登りハイキングと名付けて観光名所の一つになっているとかいないとか。

私が夢中になった地元の郷土料理は地鶏から出汁をとったこの土地ならではのもの。「鶏飯(けいはん)」と呼ばれていて、奄美の地鶏じゃないとこの深い味を出せないのだと母が言っていた。

マングローブの森をカヌーで探検したり、マングースとハブの迫力ある闘いを目の前で見たり、スキューバダイビングやサーフィンなどのマリンスポーツは定番中の定番である。

でも私にとって特別なのは、手付かずの自然が多く残るこの島で、観光名所でもないただただ静かな砂浜を歩くこと。引いては寄せる波の音がまるで音を奏でているようだった。

時間と共に変わるものと変わらないもの。
あのときの自分の中にあるものを探したくて、私は再びここに来た。

隣の青年は数年前にたまたま奄美を訪れ気に入って、滞在ビザが切れるギリギリまで過ごしたという。

彼は目をキラキラさせて「僕は海の見えるサンマロという街に住んでいるのだけど、奄美の海はパラソルや人が海岸を埋め尽くすほどに並んでないところがいい。自然のままの海があるこの島に僕は移住したいんだ。」と言う。奄美には都会からの移住者も年々増えていると聞いた。

飛行機は着陸態勢に入った。
遠くにさとうきび畑が見えてきた。左手に奄美の守り神でもあるパワースポット、セッタタチガミが見守る中、まるで海の中へ飛び込むかのように飛行機は小さな滑走路に着陸した。サンサンと注ぐ太陽の下で、私はタラップを静かに降りた。そこには前と変わらない風景と匂いがあった。「おかえり」と温かく迎えてくれているようだった。

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