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子どもの発達障害、自身のうつ病と向き合いながら、多様性を実感できる職場で活躍【わたしのキャリアストーリー#17】

パーソルダイバースでは、「障害者雇用を成功させる。そして、その先へ。」をミッションに掲げ、多様な社員がはたらいています。
”わたしのキャリアストーリー”では、多様性を尊重する組織で異なるバックグラウンドや経験を持つ社員が、どのように活躍し自己成長を遂げているのか、インタビューを通して紹介します。

17回目は、パーソルダイバース 受託サービス第2本部 東京・千葉事業部に所属する小島 弘江。

一般企業で5年間勤務後、出産を機に子育てに専念するために退職。その後、子どもが発達障害と診断され、自身もうつ病発症を発症。
約3年間の療養を経て、障害者採用での再就職を決意しパーソルダイバースに入社。現在はサブリーダーとして、常駐先でのサービスデスク業務を支えながら日々活躍する彼女は、こう語ります。

「サービスデスクでは、障害のある社員が即戦力として活躍しており、常駐先の社員とコミュニケーションを取りながら業務を進めています。障害の有無に関係なく共にはたらける環境を身近に感じられるのは、とても嬉しいことです。」

これまでの歩みや仕事への価値観、そして将来の展望について、インタビューしました。

※2024年9月取材当時の内容です。

【プロフィール】 小島 弘江(2012年入社)
一般企業で5年間、レンタカーの受付業務を通じて接客力と業務対応力を培う。出産後は子育てに専念。
子どもが小学校入学を機に、発達障害が判明。療育や学校との連携に尽力しながら、自身も心のケアが必要となり、うつ病を発症。治療を受けながら、2012年には仕事ができるまで回復し、パーソルダイバースに入社。
現在は東京・千葉事業部オフィスサービスグループに所属し、常駐先でのサービスデスク業務を支えるサブリーダーとして、チームに貢献。
プライベートでは、地元の発達障害者支援センターにて、発達障害を持つ親としての経験や、自身のうつ病の体験を語り地域社会における支援活動を広げている。


子育てに専念するために5年間勤めた会社を退職。発達障害の子どもを抱え、うつ病を発症。


ー今までのご経歴について教えてください。

新卒で入社したのはレンタカー会社でした。
私は、お客様から電話を受け、用途に応じた車を提案し、空き状況を確認し予約を取るという業務を担当していました。
当時は、今のようにオンライン予約が普及しておらず、電話でのやり取りが主流でした。短い時間でお客様のニーズを正確に把握し、細かな点まで気を配ることが求められる仕事でした。上司や同僚とも良好な関係を築き、やりがいを感じながら仕事に励んでいました。

在籍中に結婚・出産を経て、職場の忙しさもあり、子育てに専念するために5年間の勤務を経て、退職を決意しました。
それでも、この会社での経験は今でも大切な財産です。ここで学んだことが、その後のキャリアにも大きく影響を与え、私の社会人としての基盤となっています。

ー子育てに専念する中で、お子さんの発達障害はいつ発覚したのですか?


息子が小学校に入学した頃に、発達障害と診断されました。
学習面や会話には問題なく、外見からも発達障害が分かりにくい状況でした。しかし実際は、聴覚過敏に悩み、同じクラスの友達が教室移動する際にも状況にうまく合わせられず、一人で教室に取り残されることがしばしば。

息子の苦しむ姿を見るたび、「なんとかこの状況を変えてあげたい」という思いが強く募りました。
何度も学校の先生に相談しましたが、なかなか理解を得られず、孤独な闘いが続きました。それでも、息子のためにと、諦めず懸命に動き続けていたのです。

そんな中、息子の主治医の先生が私の異変に気づき、「お母さんも少し休みましょう。本当に頑張っていますから」と優しく声をかけてくれたのです。その瞬間、張りつめていた心が少し解けたように感じました。うつ病の疑いがあるかもしれないと言われ、紹介された専門医にて、診断を受けることになったのです。

ーうつ病の診断のこと、子育てしながら療養することをどのように受け入れていったのでしょうか?


ちょうど同じ時期に、息子から「お母さん、頑張りすぎだよ」と言われたとき、ハッとしました。

親として、どんな状況でも元気でいることが、大切だと思っていましたが、気づけば必死になりすぎて、子どもにまで心配をかけていたのです。医師の診断と息子の言葉を受けて、まずは自分の療養に専念しようと決意しました。

それまで、頭も身体も常にフル回転させていた私でしたが、療養中はまるで全身に重い鉛がのしかかったような感覚で、最低限のことしかできない状態まで落ち込んでいました。そのとき初めて、「こんなに自分は疲れていたのか」と痛感しました。

うつ病という目に見えない心の病に直面すると、自分の価値観が失われたような感覚に対する恐怖や、最初の頃は家族や周囲に理解してもらうことが難しい場面もありました。それでも、信頼できる主治医の先生と出会い、家族に繰り返し説明を重ねたことで、理解を得られるようになりました。

さらに、息子の発達障害を通じてつながった親の会の方々や、支援機関の方々が、大きな支えとなりました。
そのおかげで、孤立することなく、少しずつ以前の自分を取り戻すことができたのです。

新たなキャリアをスタート、自分の経験が誰かの救いになったら


ー療養期間を経て、仕事に戻るまでの経緯を教えてください。


うつ病を発症してから約3年が経ち、息子が6年生になった頃、発達障害に対して理解のある先生に出会ったことで、安定して学校に通えるようになっていました。すべての問題が解決したわけではありませんが、息子も私も少しずつよい方向に進んでいると感じていました。

その頃から、自然と「また、はたらきたい」という気持ちが芽生えてきました。主治医の先生からも再就職の許可をもらい、新たに仕事を探すことを考え始めました。

以前の経験から、一般企業での忙しさや厳しさはよく分かっていたため、2度目の就職は、障害者としてはたらくことを選択しました。地元の就労移行支援事業所に就職相談に行き、そこでパーソルダイバースの見学会があることを知りました。
見学会に参加し、「ここでなら、今の私でもはたらける」と感じ、2012年に新たなキャリアをスタートさせることになりました。

―入社から今までどのような業務を経験しましたか?印象に残っているエピソードを教えてください。


私は入社から現在まで、パーソルグループ内の事務作業や地域と連携して障害者雇用に取り組む本部に所属しています。

最初に担当した業務は、人材派遣業を行うグループ企業の依頼で、条件にあった求人情報をクリッピングする簡単な事務作業でした。初めは不安もありましたが、上司や同僚の温かいサポートのおかげで、少しずつ仕事の感覚を取り戻すことができました。また、社内の定着支援担当者や臨床心理士、支援機関の方々など、悩みや不安を共有できる環境があったことで、安心して仕事に取り組むことができました。

その後は、取引先へのお礼状や手紙などを、専門の筆耕士の方に依頼する業務も担当しました。
専門の筆耕士の選定から、進捗管理、チェック、納品まで一貫して手掛け、お客様のニーズに応じて、細かな調整が求められました。お客様から感謝の言葉をいただくことが多く、再びはたらくことの喜びを感じた瞬間は、今でも鮮明に覚えています。

―そして、2017年12月サブリーダーに昇格。キャリアの転機が訪れたのですね。

障害のある社員の指導をするサブリーダーに昇格し、グループ会社であるパーソルテンプスタッフの本社オフィスに常駐し、事務業務をサポートするサービスデスク開設に携わることになりました。

サービスデスク開設当初は、主に総務部門からの業務が中心でしたが、現在では営業部門や人事部門など、多岐にわたる依頼元や業務の種類が増えました。

主な業務として、郵便物や宅急便、社内便の管理、清掃や備品・機器の管理、来客対応、従業員からの依頼に応じた印章押印作業などがあります。
特にサービスデスクの業務の特徴として、常駐先の従業員の方から、直接依頼を受け障害のある社員が必要なサービスを提供する場面が多いことが挙げられます。

開設当初は、4名(指導スタッフ2名、障害のある社員2名)体制でスタートしましたが、現在では、15名(指導スタッフ3名、障害のある社員12名)のチームに成長しました。さらに、近隣のオフィスも含めて、現在では計3か所でサービスデスクを運営するまでに発展しています。この成長はチーム全体の努力とお客様からの信頼の証だと感じています。

―サブリーダーになってからは、どのようなことを意識して業務に取り組んでいますか?


サブリーダーとしての私の役割は、依頼された業務を、障害のある社員が遂行しやすくなるように工夫し、彼らが自発的に考え、行動できるようサポートすることです。
単に指示を出すだけではなく、決められた業務や時間に対して、「どうすれば最も効率的に進められるか」を彼らと一緒に考え、試行錯誤しながら取り組んでいます。この過程で、彼らのスキルが向上し、できる仕事が増えていく様子や成長を感じる瞬間は、私にとって大きなやりがいを感じます。

チーム全体で知恵を出し合いながら、質の高いサービスを提供し続けることで、さらに多くの業務を依頼されるよう、日々努力を重ねています。

―入社から12年目を迎えましたね。
長期的に就業するために実践していることを教えてください。


長くはたらくために実践していることは2つあります。

まず1つ目は、完璧を求めず、無理のないはたらき方を心がけることです。
自分の状態を理解しながら、無理せずにはたらくことが結果、長期就業につながると思います。
現在も2週間に1回通院し、主治医との会話の中で頭の中を整理し、アドバイスをもらっています。支援機関や家族のサポートを受けながら、一人で抱え込まないようにすることも意識しています。

2つ目は、どんな些細な仕事でも、やりがいを見つけることです。
うつ病の経験し、何もできない辛い時期を乗り越えた今、仕事ができること自体が喜びに感じるようになりました。どんな仕事でも前向きな姿勢で仕事に取り組むことも、長くはたらき続けるための秘訣だと感じています。

―最後に、今後の展望や目標について教えてください。

私は今、「はたらいて、笑おう。」を実感しながら、仕事ができていると感じています。

パーソルダイバースで新しいキャリアをスタートしてから、様々な障害のある方々と一緒にはたらく中で、自分の視野が広がりました。辛い経験も今では良い経験として捉えられるようになり、自分自身の成長を実感しています。

「サービスデスクでは、障害のある社員が即戦力として活躍しており、常駐先の社員とコミュニケーションを取りながら業務を進めています。障害の有無に関係なく共にはたらける環境を身近に感じられるのは、とても嬉しいことです。」
障害があるからできないのではなく、できることを増やして彼らの活躍をサポートしていきたいと考えています。

また、自分の活動としては、発達障害の子どもを持つ母親としての経験や、自身のうつ病の体験を通じて、同じ悩みを抱える方々に少しでも役立つ情報を提供したいと考えています。
現在は、地元の発達障害支援センターで、自分の経験をお話しする機会をいただいています。

障害を抱えたことで、多くの人々の痛みに共感でき、その過程で素晴らしい人たちと出会うことができました。今後も、これらの経験を活かして、支えを必要としている方々に寄り添い、力になれるよう努めていきたいと思います。


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パーソルダイバースは「グループ障害者雇用事業」と「対外支援事業」の2つの領域で事業を展開しています。障害者雇用に関する豊富な知見とノウハウを保有し、個人・法人・支援機関・自治体など多様なステークホルダーの皆さまとともに障害者雇用の可能性拡大に努めています。