見出し画像

忘れていたクリスマスの出来事

家族から離れるといつもなら考えないようなこと、すっかり忘れてしまっていたようなことを突然思い出したりする。今回の小旅行は考えないようにしたくて行ったのに、余計なことばかり考えてしまって、あまり楽しいとは言えなかった。

私はショッピングがあまり好きではない。かといって、クリスマスや誕生日に渡す物がなかったりすることの方がもっと嫌なので、いつもこの時期になると繁々と贈り物に良さそうなものを探す。夫にはそのことをいつもからかわれる。
嫌ならやめればいいのに、それでも君からのプレゼントがいつも一番多いんだからと。
大きくなっても子どもたちは私から何がもらえるのかいつも期待していることもあって、今年も仕方なくショッピングに出かける。土地勘のない街での買い物は厄介だが、目新しいものが買える利点があっていい。

私は朝があまり強くないので、朝食をほとんど食べないこともあり、ホテルは大抵素泊まりにする。朝食ビュッフェなど付けたところで、パン一切れとコーヒーくらいしか食べられそうにないので、無駄になる。それより早く支度を済ませて、朝の街並みを歩きたいと思う方だ。どこかでコーヒーを買うか、カフェに座って飲んでもいい。

一人でも入りやすそうなカフェを見つけたので、コーヒーをオーダーして席を探したが、相席になった。大きなテーブルに男性が一人PCを開けて仕事をしているその反対側に座ってコーヒーを飲んだ。

日本時間は5時すぎ。彼はもうすぐ退勤時間だからメッセージを入れておこうと思った。未読なのは忙しいのかも知れないと思った矢先、返事が来た。旅行はどうかとか、天気はいいのかとか、当たり障りのない会話だけれど、気遣ってくれていると思えるようなメッセージが最近増えた。睡眠や食事のことなども、さらりと、気をつけるようにと言ってくれるのは優しいと思う。

仕事に向かう途中なのだろう、スーツ姿の女性が私の側に立った。
ここいいですか?
彼女が話しかけて来た。どうぞと短く、けれど丁寧に返事をした。
どちらから?
私の一番苦手な質問だ。
国籍や母国語を聞かれているのか、住んでいるところを聞かれているのか、相手が何を知りたいかによって答えが違うからだ。適当に返事をしておいた。
私がLINEにメッセージを書くのを見て、それは日本語かと聞いて来た。日本にはいつか行きたいのだと、本気で言っているようだった。

夫にもメールを書いておかなくては。
ちょっと風が冷たいけれど、天気はいいし、順調。そっちはどう?
問題なしと、短い返事。
楽しんでおいで。
夫は彼に負けないくらい文章を書くのが好きではない。
そんなことを考えていたら、ふと忘れていた出来事が急に思い出された。


夫と結婚して2回目のクリスマス。夫は親戚のいるアメリカに、私は日本にいた。クリスマスイブだったと思う、夫から珍しく長いメールが届いた。予想だにしていたなかった事、というのは馬鹿げているが、私は予期していなかった。

そろそろ子どもを持ちたいと書いてあった。私の仕事や生活に影響するからもあり、心の準備をしてほしいようだった。現地語を覚え、やっと仕事に就けたばかりだったので、不安はあったが覚悟を決めた。そうさせる説得力が夫の言葉にはあった。私も子どもを一人以上産みたければ、そろそろ適齢期だという歳にはなっていたこともあるし、親に孫の顔を見せられるのもいいことのように思われた。

その一年後、私たちに第一子が誕生した。
夫はとても協力的で面倒見のいい人で、いい父親でもある。申し分のない結婚、そして出産。こちらでは立ち会うのが一般的なので、3人とも夫立ち会いで出産した。

医学的に言うと、6回の妊娠、3回の出産、2回の流産、1回の中絶。
俗に言う3人目不妊だったが、諦めかけていた時に最後の子を授かった。

そして何年か前、体調が悪いので夫に相談したら、君もそろそろ更年期という年頃だからと言われ、そんなものかと思ったが、実は妊娠していた。
この時夫はもちろん産んでほしいとは言わなかったし、暗黙の了解で中絶した。
私にとって大事件であっても、夫にとっては妻の体調不良ぐらいのことに過ぎなかったらしく、最近私が持ち出すまで忘れてしまっていた。

夫と私のレスの原因が何か、分かっていることもある。私自身、性行為自体がもう自然な形で出来ないのかと、そういう年齢になってしまったのかと思っていたが、実は違った。身を持ってそれは証明出来てしまったので、もっと精神的な問題だと結論付けている。

結婚が人生の墓場だとは思わない。でも、恋愛の墓場とは言えなくないだろう。
愛のかたちが変わるのだ。そして親になれば、物事の優先順位も。
犠牲になるもの、失うものはないとは言えない。けれど、子どもの成長を見届けることなど、得るものの大きさを思えば、それを受け止めながら突き進むしかないとも思う。



いいなと思ったら応援しよう!