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【ぺぺいけ備忘録】青春編 憧れの人

怪談ばかりでなく、気晴らしに自分の思い出を思い返しながらnoteに書きつづるのも良いものだなと思う今日この頃だ。2月も既に半ば、学生達は卒業のシーズンを控える。コロナ禍の影響で一般的な卒業式を行えない現役学生達の事を考えると自分達は如何に恵まれた環境であったのかを思い知り、当時をありがたくも感じる。

高校2年のころ。私はまだ擦れておらずエヴァンゲリオンにどハマりしていた純情キラリな少年であった。当時私には片想いをしている他校の女子がいたが、これまた別腹と2年ほど憧れていた一つ上の先輩がいた。名前は樹雪ちゃんと言った。私は高校入学してすぐに部活の先輩の紹介で樹雪ちゃんを知る事になる。樹雪ちゃんは身長が高く、端正な顔立ちの才色兼備な女の子であった。校内ではピカイチ目立った存在で私と同じく想いを馳せていた男子は多かったに違いない。

そんな樹雪ちゃんと思春期真っ只中、邪気眼持ちの私が半径2メートル以内で濃厚接触する事など夢のまた夢で、登下校に偶然遭遇したら遠くから後ろ姿を愛でる事ぐらいが精一杯であった。唯一の嬉しみとしては先輩が樹雪ちゃんと仲が良く、頻繁に私が樹雪ちゃんのファンであることを喧伝してくれた事だ。そのおかげかたまに樹雪ちゃんから挨拶などをしてくれたのは良いが「お..は..ようございます..でひゅふふふww」と私は声を絞り出し、ただただニヤける事しか出来なかったのであった。とにかく私にとって彼女は憧れを超え最早、神聖化していた。

そんな私に悲劇が起こる。時は私が2年生の3月の事だ。一つ上の先輩達は三月で卒業する。当然樹雪ちゃんも卒業なのである。留年すれば一緒にもう一度三年生を...などと空想にふけるも才色兼備の彼女が留年する事など有り得るはずもないのである。川が上流から下流に流れる様に至極当然の事だ。あと少しで彼女と会えなくなる。そんな寂しさが私の心に纏わりついた。

卒業式の日に告白..そんな事も頭に過ったがどだい無理な話である。そもそも私にとって彼女は憧れであり、私の様な下賤な人間が気持ちを伝えるなどおこがましく恥ずかしい限りだ。
そして考えた答えが彼女の去り際に花を渡すと言う事だった。これならあくまで先輩の花道を祝福する後輩として演じる事が出来る。

彼女が校門を出る瞬間に呼び止め、花束を渡す。計画は完璧だ。そして卒業式当日、先輩に連絡を取り樹雪ちゃんが帰るタイミングを伺った。花束を用意する私。どうやら樹雪ちゃんに花束を渡す身の程知らずが2年に現れたと何処からか噂を聞き、私の周りに野次馬達が集まり始めた。周囲は私を戦場に行く狂戦士の様な眼差しで見ている。一世一代の勝負である。ただ一言言うならば告白ではないのである。花束を渡すだけだ。そんな行為も私にとって足が震えるほどだった。

先輩から樹雪ちゃんが校庭に出てくると携帯から連絡が来た。すぐさま私は花束を持ち校門のアーチの前で彼女とエンカウントするため待ち構えた。
遠目から彼女が取り巻き達と歩いてくるのが分かる。私は戦闘態勢に入り何度も樹雪ちゃんに伝える言葉を復唱する。すると樹雪ちゃん達と歩いている先輩が私の方へ指を刺した。ナイスアシストである。周囲も響めき始める。そんな響めきも私の心臓の鼓動で掻き消されそうだ。すると樹雪ちゃんが私の方へ駆け寄ってきてくれた。私の口内は緊張のためもはや枯れきって唾液が一滴もない事が分かる。

樹雪ちゃんと目が合った。もしかしたら目を合わせた事なんて初めてかもしれない。いつも恥ずかしげに下を向く自分をこの瞬間でも思い出す。私は震える足と唇を抑え込み樹雪ちゃんに花束を向けた。そして何度も何度も復唱したであろうたった一言だけの言葉を彼女へ紡いだ。「卒業おめでとうございます...」すると樹雪ちゃんはにこりと微笑み、震える私の腕から花束を受け取った。

そして最後に「大澤くんありがとう」
と私に優しく微笑みながら返事を返しアーチを潜り立ち去った。私は樹雪ちゃんの方を見る事なく天を仰いだ。目の前が真っ白だ。周囲は歓声でなく爆笑の渦である。読んでいる方々には皆目見当もつかないだろう。それは上の文に一つ間違いがあるのである。今更だが私の名前は「大原」なのである。樹雪ちゃんは私のことを大澤だと2年間思い続けたのだ。そこからあまり記憶にない。

口からエクトプラズムが抜け出してる私は友人達とアーチを潜り駅に向かおうとした。するとクラスの女子達がくすくす笑いながら「大澤また明日ね(プークスクス)」と非情な言葉を投げかけてきた。そして新学期新三年生になった私の呼び名は大原から大澤になったのである。あれから20年以上が経った。樹雪ちゃんとはあの日以来会うことはなかった。今でも先輩とは年に数回連絡を取る。先輩によると樹雪ちゃんは結婚をして一児の母として幸せに暮らしているそうだ。最近同窓会で先輩が私の話を樹雪ちゃんにしてくれたそうだ。樹雪ちゃんは私の名前を覚えていた。そう大澤である。私は先輩にお願いした「大澤が宜しくお伝え下さいと話していたよ」と。

私は樹雪ちゃんの中で大澤として生きて行こうと決めたのだ。


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