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フードデリバリー

街中を歩いているとフードデリバリーの自転車を見ない日はない。Lが住む街もフードデリバリーは盛況だ。この日もバスに乗るため、Lは駅前のバス停に向かった。その日は週末の夜と言う事もあり、雨も相まってバス停は混み合っていた。乗車待ちの人達の途方ない行列が並んぶ。列は屋根から外れるほど長くなく、Lは傘を差し、バスが来るのを待っていた。するとロータリーの端にフードデリバリーが背負うバッグが地面に置かれていた。

「誰のだろう?忘れ物かな」Lはそう思いながら雨晒しのバッグを眺めた。近くにデリバリースタッフがいるのか。まさか仕事道具を忘れる事などあるまい。そう思い、辺りを見渡すが、持ち主らしき人間は居なかった。今更行列から離れるわけにはいかない。しかしLはその雨ざらしのバッグから目が離せなかった。周囲の人達は気にならないのだろうか?

するとカゴが暗がりの中、ガタガタと動いている様に見えた。「カゴに何か入っている?」そう思いLが注視していると、今度はカゴから何やら声が聞こえて来た。行列の人達は全く見向きもしない。「気のせいか...」そうLが目線を外そうとすると、カゴが大きく震え、そこから凄まじい女性の大きな金切り声が聞こえた。「殺す」「恨む」など穏やかな言葉は一つもない。まさに罵詈雑言だ。周囲は気づかないのだろうか??
Lは付けているイヤホンの音量を最大まで上げた。それでも女の高音が耳に届く。精神的にも限界が来て、行列から外れようとすると、デリバリースタッフらしき男が、ずぶ濡れでLの横を通った。顔を見ると青白い顔でニヤリと笑っていた。黄ばんだ歯の色が目立つ。そしてロータリ側に放置されていたバッグを背負い、その場を去っていった。背負っている間もガタガタとバッグは震え、最後は女の金切り声は悲鳴に変わっていた。

あのフードデリバリーの男は誰に?何を?届けに行こうとしていたのか。ただ最後に聞こえた女の悲痛な「許して」と言う声だけがLの耳にこびりついた。これからもフードデリバリーは使う事はないだろう。Lそう語った。


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