見出し画像

揺れる人影

Yは貧乏学生だ。上京して両親からの仕送りと新聞配達のバイトで何とか生活している。住まいも、よくある木造ボロアパートで、風呂無し共同トイレ。屋根裏や窓をネズミがつたって部屋に入る。衛生的とは言えない場所だ。初めての一人暮らし、多少の不便を我慢すれば天国だ。ただ隣の部屋に新しい住居者が入ってから、生活環境は一変した。早朝の新聞配達のために早寝をしようとすると、隣の部屋からキシキシと音がする。そしてYの部屋も細かく揺れる。近くに電車や大型トラックなどは通らない。原因はどう考えても隣の部屋からだ。そして衛生的でないのか、壁の隙間から嫌な臭いも漂う。

最初は我慢していたが、連日の揺れと臭いにイライラは募るばかりだ。ある日、布団に入ろうとすると、また部屋がキシキシと揺れ始めた。文句を言いに隣人の所へ向かった。ドアを叩くとドア越しから声が聞こえる。ドアの小窓から黒い人影がみえる。人影が小刻みに揺れている。まるで貧乏ゆすりの様だとYは感じた。Yは迷惑していることを伝えるが、隣人は何も答えなかった。しかし、これだけ文句も言えば多少は控えるだろう。そう思い、部屋に戻った。しかし揺れは変わらず続いていた。

それからすぐ夏休みに入り、実家へ戻った。あの貧乏ゆすりの悩みから解き放たれ、ストレスない生活を過ごしていた。またあの部屋に戻れば貧乏ゆすりに悩まされる。考えただけでも憂鬱だったそうだ。短い夏休みが終わり、Yはボロアパートへ戻った。翌日は早朝バイトがあり、すぐに布団に入ろうとすると、部屋がまた揺れ始めた。「またか」と思ったそうだ。貧乏ゆすりだ。「もう我慢ならん」。臭いも以前より酷い。何処からかハエも入ってきている。怒りで顔を引き攣らせ、廊下を出た。そして隣の部屋のドアを強く叩いた。しかし隣人は出てこない。変わらずキシキシと揺れる音が聞こえる。しばらく名前を呼んだが、梨の礫だ。

反応がないことに、余計に腹が立った。するとドアの小窓に隣人らしき頭の影が映った。「面と向かって文句を言ってやる!」Yは部屋のドアノブを回し、引き剥がす様に引っ張った。すると簡単にドアは開いた。部屋の奥は真っ暗だ。たった今、小窓から見えた頭の持ち主は何処へ行ったのだ。そう思っているうちに、部屋に立ち込める凄まじい異臭にえずいた。そして大量の蝿がYの身体に纏わき、絶叫をあげ、外へ飛び出した。これは尋常ではない。すぐに管理人に連絡した。
慌ててきた管理人が部屋に入ると、Yと同じように絶叫して飛び出してきた。そしてすぐ救急車と警察が現れた。どうやら隣人は亡くなっていた。しかも遺体の状態から、引っ越して来て、直ぐに亡くなった事が分かった。

Yは住民が亡くなっていたのなら、随分前から聞いていた、貧乏ゆすりの音はなんだったのだ。そしてドアのガラス越しに映った人影は何者だったのだ。とそれを考えると困惑するばかりだった。
ただ管理人は「Yさんに見つけて欲しかったのではないですか?」と話した。「会ったこともないのに迷惑な話だ..」Yはそうボヤいたそうだ。その後、隣人の部屋は綺麗に改修された。
貧乏揺すりのような音もおさまっていた。だが新しい入居者が入り、しばらくするとまた、揺れが始まった。最近は異臭もする気がする。「隣の部屋には住民以外の何かがいる」。Yはそう感じている。隣人に声をかけても返事はない。ガラス越しに人影が揺れているだけだ。だが、この人影はこちらを向いているのではない。隣人の方に向かい、引き笑いをして揺れているのだ。そんな気がするとYは話した。

サポートして頂けたら、今後の創作活動の励みになります!