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映画『丹下左膳餘話 百萬両の壺』 (ネタバレ感想文 )戦前制作の最高峰コメディ

日本最高峰のコメディ。喜劇ではなくて「コメディ」。すごくユルい映画。
何度も観ている大好きな奇跡の一作。今回は「4Kデジタル復元・最長版(2Kダウンコンバート版)」をCSで鑑賞。
(以下、以前の感想をベースにnote用にリライトしました)

まず、noteじゃなきゃ書かないような基礎情報を書きます。

この映画の制作は1935年(昭和10年)。戦前の映画です。
監督の山中貞雄は、監督作『人情紙風船』(37年)の封切日に召集令状が届き、出征先の中国で病死します。享年28歳。
現存するフィルムは『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』『人情紙風船』の3本のみ。
「現存するフィルム」と書いたものの、本作は、戦後GHQの検閲でチャンバラシーンがカットされました。21世紀に入り(2004年だったらしい)カットされたフィルムの一部が発掘され(音声トラックはないまま)復元されています。それが今回の「最長版」。
基礎情報以上。

今日に至ってもなお、ありとあらゆる人が「山中貞雄は天才!」と言うわけです。
実際、当時の第三者による証言(記録)でも「助監督としては使い物にならなかったが、脚本を書かせたら天才」と記されているそうです。

なので、なんとなく「大監督」というイメージを持っていました。
しかし前述したように、夭折してるんです。享年28歳。映画監督になったのが22歳。この映画を撮ったのだって25,6歳の時。

(試写を見た原作者が「俺の書いた丹下左膳じゃない!」と激怒してクレジットから原作者名を削除し、タイトルも「餘話(パロディー)」と改題せざるを得なかったのも、山中貞雄が若造扱いされたせいかもしれません)

加えて戦病死したことを知っているものだから、(現存作品から判断するに)本作以降『河内山宗俊』『人情紙風船』とどんどん暗い話に傾倒していくことに、日中戦争が泥沼化していく世相のようなものを勝手に感じてしまっていたのです。

改めて考えれば、山中貞雄は才気溢れる感性豊かな20代若者だったのです。
今で言うなら「Z世代」(笑)
当時としては斬新な話運びや軽快なテンポ、大胆な省略法を用いた演出、これら全て(アメリカ映画の吸収の早さも含め)若さ故なせる技だったのでしょう。「Z世代」はあながち冗談でなく、当時マジで新しい才能だったのだと思われます。

眼を見張るのが、その導入部のスピード。
通常、ストーリーを進めるためにいろんな設定をあれやこれや説明していくものですが、この映画、まー早い早い。
「なんと!あの壺にすごい秘密が!」
「あちゃー、弟にやっちゃったんだよね、あの壺。」
たったこれだけ。
冒頭数分で設定の核心を説明し切ってしまう。

しかし、こうしたシンプルな基本設定にも関わらず、展開は紆余曲折するする。登場人物も意外に多いしね。
しかししかし、めちゃくちゃ紆余曲折するくせにストーリー展開は一直線なんですよ。「そういやあの時」みたいな回想もなければ、「一方その頃」的な場面転換もほとんどない。
まるでリレーのバトンを渡すように、壺か人の行方をカメラが追っていくうちに、ほぼ全ての登場人物と周辺状況を紹介し、それらが寄せ玉のように一つに集まっていく。

娯楽映画として、観客へのサービスもぬかりありません。
道場での剣術はワンカット長回しで、大河内伝次郎の立ち回りを期待した観客も裏切らない。
女将役の人はレコードなんかも出していた人気芸者だそうで、その歌声を披露する様はちょっとしたアイドル映画。
GHQにカットされたチャンバラシーンは、それ自体が見せ場であると同時に、「早く行かないと壺が!」というタイムサスペンスの要素も含んでいたに違いありません(たぶん)。

「変なオジサンと子供の物語」の先達はチャップリンの『キッド』(21年)であり、後の北野武『菊次郎の夏』(99年)なのです。
「本当は家族じゃないのに家族みたい」という「疑似家族の物語」は、『万引き家族』(2018年)など後に様々な映画で用いられるモチーフですし、これをまるっきり裏返して「本当は家族なのに家族じゃないみたい」ということにすると森田芳光『家族ゲーム』(81年)になります。
ある人は、子供が抱える壺を「(スヌーピーの)ライナスの毛布」に例えて「それを手放そうとすることで子供が大人への階段を登る物語」と解釈し、「親を失い丹下左膳という怪物の下で成長する子供の物語」=『千と千尋の神隠し』(2001年)と評する人もいます。
さらに、この映画のユルさは、山下敦弘や沖田修一を想起させます。

今となっては、早熟の天才だったのか、生涯通して類稀なる才人だったのか、知るすべはありません。「もしこの才人が長生きしていたら」と夢想してみても仕方のないことです。

いずれにせよ、今にして思えば、当時は原作者の怒りを買ったものの、それは「新しい才能」だったのです。
「若い新しい才能を認める」
これは今の自分も肝に銘じなければ。
新たな才能を頭ごなしに拒否せずに、正当に評価したいと思います。

あー、でもね、トヨエツ丹下左膳でリメイクされた『丹下左膳 百万両の壷』(2004年)は超絶ダメだった(<言ってるそばから否定する奴)

余話
「10年かかるか20年かかるか、まるで敵討ちだ」いつか使いたい名言(<どこで使うんだよ)

(2021.09.18 CSにて再鑑賞 ★★★★★)

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監督:山中貞雄/1935年 日

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