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恩送り

今回は,「恩送り」について書く。

恩送りを説明する前に,「恩返し」を説明する。
恩返しは,何かをしてもらったら,何かのお返しをすることだ。つまり,恩返しは,受けた恩をその人に返すことである。恩返しに関する作品は,例えば,鶴の恩返しや猫の恩返しなど,たくさんある。

では,恩送りとは何か?
恩送りとは,受けた恩を次の人に渡すことである。

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「ペイ・フォワード」という映画は,恩送りをテーマである。


互恵的利他主義

Trivers(1971)は,「互恵的利他主義」という観点に基づいて,人は,進化の過程において利他行動を獲得した背景を説明している。多くの生物は,送り手から利益を受けた場合,その送り手に同等の利益を返報しようとする。これを互恵関係と言う(Gouldner, 1960)。互恵関係において,利他行動は,受け手から将来的に利益を返報してもらえる可能性を高め,送り手の適応を高める。つまり,二者関係において互恵関係を維持することは,お互いの適応を高めることにつながる(Axelrod, 1984)。そのため,人間は,友人や身近な他者に対して利他行動をするようになったと考えられている。感謝などの社会的な感情は,互恵的利他主義に基づいた心理的メカニズムが,人間に備わっている証拠である。


ギブアンドテイクは互恵性という

互恵性には,「直接互恵性」(図のa)と「間接互恵性」(図のb)がある。
直接互恵性とは,「利他行動の受け手が,利他行動の送り手に対して,直接的に返報する二者間の互恵性」である。これに対して,間接互恵性とは,「利他行動の送り手 と,その行為が返報される相手とが異なる場合の互恵性」である(Nowak & Sigmund, 2005)。

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間接互恵性は「情けは人の為ならず」と言える

間接互恵性は,他者に対する利他行動は巡り巡って別の他者から報われるという仕組みを指す。間接互恵性は,評判型の間接互恵性(Downstream互恵性)と,恩送り型の間接互恵性(Upstream互恵性)に大別されている。

評判型の間接互恵性とは,他者に利他行動を示した後に,別の他者から利他行動を受ける交換プロセスを意味する。例えば,A さんが B さんに利益を与えた後に,別の CさんがAさんに利益を与える場合,これは評判型の間接互恵性と言える。評判型の間接互恵性は,人の「評判」の影響を仮定することで,進化的に安定した戦略となり得る(Nowak & Sigmund, 2005)。他者に利他行動を行うと,その送り手は利他的であるという評判が集団の中で形成される。この評判は利他性のシグナルとなり,送り手が第三者によって互恵関係の相手として選択される可能性を高める。その結果,資源の交換が可能な相手を増やすことで,利他行動は送り手の適応を高める。評判型の間接互恵性は,利他行動によって送り手の評判を高めることができ,第三者から返報を見込める状況における戦略として機能する。


恩送りは間接互恵性の一種

恩送り型の間接互恵性とは,誰かから利益を与えられた人が,別の誰かに利益を提供することを意味する。例えば,A さんから利益を受けた B さんが,その後,Cさんに対して利益を与える場合が,恩送り型の間接互恵性である。

恩送りの例としては,災害時の支援が考えられる。例えば,東日本大震災が起きた後,各方面から多くの支援者が被災地に向かった。その支援者の中には,過去に同じく震災の被害を受けた経験をもつ人々がいたそうだ。被災当時に受けた支援に対する恩を返そうとして,彼らは支援にかけつけたのである(Atsumi, 2014)。


恩送りは,誰かの思いを誰かにつなぐことだと思う

恩送りをすることは,誰かから受けた恩を,別の誰かにつないでいくことだ。これは,「感謝のリレー」と言える。私たちは,きっと誰からの恩を受けて,今を生きているのだ。


参考文献

Atsumi, T. (2014). Relaying support in disaster-affected areas: The social implications of a “pay-it-forward” network. Disasters, 38, 144–156. 

Axelrod, R. (1984). The evolution of cooperation: revised edition. Basic books.

Gouldner, A., W. (1960). The norm of reciprocity: A preliminary statement. American Sociological Review, 25, 161–178.

Nowak, M., & Sigmund, K. (2005). Evolution of indirect reciprocity. Nature, 437, 1291–1298.

Trivers, RL. (1971). The evolution of reciprocal altruism. The Quarterly Review of Biology, 46, 35-57. 




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