インドのひとたちとわたくし。(97)-全土ロックダウンが始まった
今週2回目のPM演説で、インドは夜中の12時から21日間の全土『ロックダウン』に入った。デリーは先週日曜日からすでにロックダウンに入っているので、私たちにとっては実質的に4週間の封鎖になる。鉄道や国内線も全便が止まる。オフィスのあるノイダへは州を越境しなければならないから、当分、行かれない。みんなホーム・オフィスで仕事する。銀行融資や役所の認証手続きなどもぜーんぶ、ストップだ。会計年度末だからいろいろ不安になることもある。が、どうしようもない。
国内大手エアラインのCA をしているプリちゃんも自宅待機になったようだ。夫のスミットが、「家でひとりになる時間がなくてつらいです」と、泣き笑い顔の絵文字つきでテキストを送ってきた。ははは。わからなくもないけれど、どうぞ仲良くね、と返信しておく。
『ロックダウン』は、国境および各州の州境を封鎖し、緊急あるいは生活に必須とされる品物の販売やサービスを除いて、学校をはじめ商店や飲食店、公共施設などを一斉に閉める。企業は在宅勤務を求められる。子どもたちはオンライン授業か、紙で持ち帰った宿題を家でやっている。ドライバーのパンディットの家でも、10歳と11歳の子どもたちが山のような宿題を抱えて帰ってきたと言っていた。
政治や宗教、あらゆる種類の20人以上の集会はお葬式を除いて禁止。デリーの場合、先週のセクション144がまだ解除されていなければ「5人以上」の集会が禁止だ。
とはいえ、厳格な「外出禁止」ではない。食料品店や薬局は開いているので、日常生活に必要な買い物にはいつでも行くことができる。犬の散歩もさせてよい。
インドは食料自給率100%を超えている。基本的に食料不足になることは考えられないが、州をまたいだロジスティクスには影響があるだろう。現に、アマゾンやフリップカートのような通販サイトは一時的にサービスを停止したみたいで、ピンクソルトを切らして、昨日の昼に1kgの袋を発注していたのだが、今日になって「これはキャンセルして」というメールが来た。
この数日は、家の近所に売りに来る八百屋の数が増えている。店まで出向くより便利だからか、いつもよりお客も多い。毎日ご近所中がそこで顔を合わせている感じ。ローカルな食材調達にはこれで十分なのだけれど、オーガニックの卵や厚切りパン、豚肉などが手に入らないから、明日あたり車で買い出しに行かなくては。と、思ってカーサービス会社のファイザンに電話したら、「車でどこへ行きますか」「買い物。ほらこのあたりのマーケットじゃ買えないものがあるから」「あー、それはダメです。車、出せません」と言う。
ファイザンによれば、外出してよいのは歩いて行ける範囲まで。車を使うのは病院へ行くなどの緊急時に限る。そもそもうちのドライバー、パンディットは「通い」だから、オートバイでここまで来るときや帰りに検問で停められる可能性が高い。メトロも止まっているし。ああ、それはよくないね。わかりました。歩いて行ける範囲でなんとかします、と電話を切る。ファイザンが最後に気の毒そうな声で、なるべくデリバリーを使って、と言ってくれた。
実はいちばんの心配は、お酒の販売が止まることなのだった。21日分の備蓄はさすがにないし、ロックダウンが3週間で終わる保証もない。どうしよう。南部のケララ州は酒類販売禁止をすでに始めたらしい。心配になっていつも配達を頼んでいる商店に電話したら、案の定、酒の販売も配達も、すべて停止しているということだった。まいったね。
昼前に近所の薬局へ歩いてでかけた。気持ちよく晴れていて、公園にはひとりで黙々とウォーキングするひとが何人かいる。いつも中央のベンチに座って長いことおしゃべりしている「婦人会」の面々はさすがにいない。子どもの姿もまったくない。みんな家の中で遊ばせているんだろうな。遊びたい盛りの小さいひとには気の毒だ。
この近くにある数軒の薬局にはそれなりに客が入っていた。店員もお客さんも、マスク姿であるのが普通の光景になった。びっくりだ。大気汚染がひどい冬場でもマスクを嫌って着けないひとが多かったのに。いつも、ひととバイクでごった返している通りが閑散としている。車がほとんど来ないから、堂々と中央をほっつき歩けるのはなかなか気分がよろしい。
薬局の隣の商店では乳製品やスナック、卵やパンを売っているが、店頭に段ボールを重ねてロープでくくり、それ以上、客が中に近寄ることができないようにして商品を売っていた。買いに来た客もなんとなく離れて順番待ちをしている。ミルクショップの前はもっと厳格に、誰かが地面に四角いマスをいくつも描いてそこにひとりずつ立って、一定の距離を保って並んでいる。ソーシャル・ディスタンスを実践しているのだ。
PM 演説の直後、ムンバイなどでひとびとが買いだめに走る様子がニュースで流れてはいたが、幸いこのあたりでは起こっていないようだった。
帰ってきたらアパートメントの下の階に住むキティーが、バルコニーに出ていた。元気?元気だよ、あなたは?お買い物してきたのね、などと他愛ない内容でも、ひとと会話できると少し安心した気持ちになる。キティーの一家はこの4軒ほど先で自宅を建替え中で、このアパートは仮住まいなのだが、工事はもう1年以上やっている気がする。「おうちはいつ完成するの?」と聞くと、両手を挙げて「わかんない。これまでも遅れに遅れてて。ロックダウンで工事も止まっちゃったし」。そうなのだ。ロックダウン中はすべての建設、建築工事も止められたのだった。
ほぼ世界中が似たような状況になってきたこともあり、インドだけでなく各国トップの国民へのメッセージを立て続けに観た。それぞれの個性が現れていてなかなか興味深い。どのトップも自身の言葉でしっかりと自国のひとびとに語りかけていた。そして必ず、「親愛なるみなさん」、「親愛なる仲間たちへ」のように、聞き手であるひとたちに敬意を払って国の決断への協力を呼び掛けていた。日本ではあまり見たことない気がして新鮮だった。
韓国、台湾、ドイツ、フランス、NZ、イギリス、と動画で見たが、いずれも信条や政治路線を支持するかどうかとはまったく別に、国の責任を負うということの気概と覚悟を感じとることのできるスピーチだった。特に英国首相が平易な英語で、真摯に語りかけている動画には、驚いたひとが多いようだった。
今回のことは同じウィルスに対する、それぞれの国のリソースとシステムに基づいた政治判断が、良くも悪くも比較できてしまう。
インドは医療リソースが明らかに不十分であるし、来週、財務大臣が発表すると述べていた緊急財政出動のパッケージがどれほどの内容を含むのかもまだわからない。
この国は13億人の住む連邦制なので、事態をどうやって乗り切れるのか、ことの成否は事実上、各州政府に委ねられている。ケララ州では、感染者数が国内でもっとも多いものの、トラッキングを完璧に実施していると言われている。
デリーのあるNCR(連邦直轄地域)も、やることに抜かりはないだろうと思うが、なんにせよ自衛するにしくはない。北東部シャヒーン・バーグの女性たちによる政府への抗議行動も、ついに解散となった。今はコロナ対策が最優先だから致し方ない。あのときの暴動で住まいを失ったひとたちには、地元議員やボランティアが協力して住居の手配を進めているという。シェルター住まいのひとびとへの食糧配給も市が行っている。
ジムのトレーナーのプージャからテキストが来た。「今日6時から、おうちでできるワークアウトをライブ配信するからフェイスブックを見に来てね!」。そうそう、軟禁状態なのでなにかしなくては。
‐ 「ロックダウン」とは ( India Today, 25th Mar, 2020 )
‐ ロックダウンの経済的な影響 ( India Today, 25th Mar, 2020 )
‐ 首相の前例のない判断が社会を変える(Economic Times, 25th Mar, 2020 )
‐ インドの食糧サプライチェーンは十分か(Indian Express, 25th Mar, 2020 )
( Photos : In delhi, 2020 )
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