インドのひとたちとわたくし。(49)-テクノロジーとアートと「ジンリキ」
グレーター・ノイダにあるインディア・エクスポ・センターで開かれた、『エレクトロニカ・インディア』に連れて行ってもらった。マノージが自分の会社名義で入場券を手配してくれたのだ。工業用電子機器の総合展示会だ。
入場はeエントリ方式なので、会場入り口のビジター・センターで待ち合わせたアマンから展示会のウェブサイトを教えてもらう。自分のスマートフォンから名前や住所をここに入力すると、折り返しQRコードが送られてくる。これを読み取り機にかけて、自分の名前の入った紙の入場券と、それを入れて首から下げる専用ホルダーをもらうという仕組みだ。
この方式は前にもあったなあ、と去年の『インディア・アート・フェアー』を思い出す。こちらは世界でも最大級の現代美術展で、ロンドンやシンガポールからも著名なギャラリーがいくつも出展する、見ごたえのあるイベントだ。このときは事前にウェブサイトでチケットを買っていたが、やはりQRコードと引き換えに会場でチケットを受け取るようになっていた。
会場のNSICエキシビジョン・グラウンドのビジター・センターに行くと、夕方にもかかわらず軽く200人は超えるひとびとでチケット売り場がごった返している。一応、関係者用・当日券・前売り引き換えなどと、カウンターの上に札が下げられていたのだが、中で対応しているのが学生アルバイトのような若い男女ばかりで、指示を出せるひとが見当たらない。人数だけはいるものの、それぞれがばらばらに動いているので情報が錯綜し、カウンター内も大混乱に陥っている。
そもそも行儀よく並ぶという習慣もないので、センター全体が行列ではなくて、ただの人混みと化している。しびれを切らしたひとが手近のスタッフに大声で何ごとか尋ねる。聞かれたほうも、わからないとは絶対に言わず、なんか適当な受け答えをするからまた混乱に拍車がかかる。入場者どうしでも「あっちが早いみたいだ」などと言い合って勝手に動き回るのでまったく収拾がつかない。パーテーション用のポールと誘導係がいないと無理でしょこれ。
30代くらいの男性が、白髪の女性が列の中にみんなと同じように立って並んでいるのを見かねて、「なぜこんな年寄りまで立って並ばせるのか。このひとを先に通しなさい」と大きな声で抗議し出した。周囲のひとたちも同意していたのだが、アルバイトスタッフは待ってくれの一点張りでまったく融通が利かない。
埒があかないのでもう黙って通過しようかと思ったが、周囲を見ると、チケットを入手したひとは引き換えにリストバンドをもらっている。あれがないとこの先の保安ゲートを通過できないのだ。整理係のようにフロアに立っているものの、まったくその役割を果たしていない何人かのスタッフに尋ねて回ってようやく、リストバンド配布係にたどり着いた。こちらはすでにお金を払っているし、QRコードもスマートフォンで見せられる、と意気込んで「リストバンドちょうだい」と声をかけると、なにも確認せずにあっさり一本、渡してくれた。たぶん彼女も疲労困憊していたのだろうけれど、ではチケット買わなくてもよかったんじゃないのか、と邪な考えが一瞬よぎったのは本当だ。
ただし次の保安ゲートではスマホ画面の提示を求められたので、邪なことを企てなくてよかった。
展示会場に入ると余裕をもって鑑賞できる程度の入りだったので、ビジター・センターが完全にボトルネックであったことがよくわかる。最終日であの状態とは、今までどうやって運営していたのか、ひとごとながら心配した。
さすがに今回の『エレクトロニカ・インディア』はそこまでの混乱はなかったが、QRコードを読み取る機械は無人ではなくて、これは大きなオフィスビルの受付もそうなのだけれど、かならず専任の係を配置していて、そのひとがスマホを読み取り機にかざしてくれる。まごまごして後ろのひとたちを待たせる心配はないのはよいが、機械を置いたからその分、ひとが減るというわけではないようだ。
こういう入場手続きだけでなく、外国人登録や税務申告、犯罪被害届から裁判所まで、たいていのことはウェブから申請登録ができる。2016年の高額紙幣廃止以降、電子決済も進み、銀行送金や買い物決済もモバイルから簡単にできる。書類や印鑑を抱えて窓口に行く必要がないので、本当に便利である。日本より進んでいると感じるのはこういうところだ。
そこはたいへんにすばらしいのであるが、この社会は単純労働の仕事もすごく多い。なにせ国民の8割が、労働組合が組織化されていないインフォーマル・セクターで働いている。
警備会社はさすがに雇用契約があると思うけれど、セキュリティゲートでカバンの検査だけするひと、車のトランクの検査だけするひと、チケットの確認だけするひと、という具合に、マルチタスクとか効率化という考えはあんまり必要とされてなくて、ひとの頭数に合わせて仕事が細分化されているようにも見える。
今のインドは増え続ける人口に対して安定した仕事が圧倒的に足りていない。だから、インド政府も正式な雇用統計を発表するのを渋って批判を浴びている。インフォーマル・セクターの関連統計も政府には存在していないので、ILO の数字を見ているという状態だ。
テクノロジーの進化に対する社会全体の適応性が高い反面、ひとの労働力をそうは簡単に削減できない事情がもういっぽうにある。
『エレクトロニカ・インディア』の会場は、日本の大手メーカーが何社か、たいへん立派な独立したブースを設けている。小さいブースには中国や台湾系と思われるメーカーがずらっと並んでいた。中国の悪口を言うインドのひとは何人も知っているが、やいのやいの言うくせに、使っているスマホや家電は圧倒的に中国製が多いのである。
ちょうど昼時にさしかかったこともあって、そういう東アジア系ブースでは、張りついているスタッフがデリバリーの弁当でランチタイムだった。おそらく人数も多いからまとまってどこかに発注したのだろう、みんな箸で同じような弁当をつついている。
マノージとアマンにはそれがとても珍しかったらしく、「君たちも箸で食事するの?」と聞いて来る。もちろん、豆でもコメでも一粒ずつ、つまめるんだよ私たち。へええ、とほんとに感心した顔をされた。いやこちらからすれば、コメとグレーヴィーやヨーグルトを混ぜた食事を器用に指でまとめて、こぼさずに口に運ぶあなた方のほうが驚異的なんだけどね。
- インフォーマル・セクターについて ( The Wire, 4 May, 2019 )
- インドの雇用問題に関する記事<日本語> ( Reuters, 26 May, 2019 )
- 最近の雇用状況に関する記事 ( Business Standard, 7 Oct. 2019 )
( Photos : Electronica India, Noida, 2019 )
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