ピープルフライドストーリー (30) エッセイ⑦

      第30回
(エッセイ)

      計 算

           by 三毛乱

 高校の数学のテストで返された答案用紙に40点と記されていた時があった(中間テストだったかもしれない)。「アレレ?」と思った。80点以上は確実だと踏んでいたからだ。よく見ると、細かい所で早合点の思い込みによる数字の記入が目立つ。つまり、その式での計算のやり方が出来ないのではなくて、冷静に対処すれば難なく出来た問題を取りこぼしていたのが実に多かったのである。その次のテスト(期末テストだったかもしれない)では冷静に、あくまでも冷静に対処して答案を埋めていった。結果は100点だった。つまり冷静に対処すれば出来る生徒だったのである。少なくともその高校のレベルではという限定ではあるのだが…。で、この話にはオマケが付く。そのテストの数日後、学校から帰ろうと校舎を出ると、丁度、40代後半程だった男の数学の先生が鞄を下げながら声を掛けて来た。彼は車を持っていた。その車で僕を乗っけて僕の家の近くまで送ってやるよ…みたいな言葉だった。特に笑顔でというのでもなく、冷静な顔で言って来た(まあ普通の顔というべきか)。僕もまあスンナリという感じで彼のミニクーパーに同乗した。要するに、彼は『お前、俺の授業の数学の勉強をよく頑張ったなぁ。40点から100点だものなぁ。感心、感心』と内心思っていての行動だったのだろうが、僕の方は『別に必死になって勉強した訳じゃない。冷静にテストに臨んだからの結果にすぎないんですからね、先生ッ!』という気持ちを隠しながらの同乗であって、二言三言の車内でその日は終わり、それ以後、その先生とは接点がない。
 そして、ポーンと何年間か過ぎての事である。
 20代後半で牛丼屋のバイトをしたのだが、研修という形だったのか、とても混んでいる大きな店に行かせられた。接客の勉強であるのは分かるが、店内は店員達は大きな声を交わしあっているし、お客サンにはメリハリのある対応をしなければならない。僕は心配になった。つまりビビッていた。
 その頃は食券販売機などはなくて、カウンターの内側には小銭や(多分…)千円札までが置かれていて、万札は牛丼を盛り付けする人(ほぼ店長)の方へ持って行かなければならない。お客サンはどんどん入って来る。注文を聞きながら「おあいそ」と言ってるお客サンの食べた物の勘定もしなければならない。そんな事が出来るのだろうか、嗚呼…と嘆いてられないのだ。僕は必死になった。しかし、体も頭もこんがらがった状態のままの接客が続き、足し算もまともに出来る状態でなくなり、パニックが頂点に達する僕は万札を脇の下に挟んでカウンター内で行き着するのは可愛いくらいのもので、果ては万札を口で挟むというか咥えながら食事終了丼を持ってドタバタ走るという最悪な移動の図がカウンター内で行われたのだった。僕は情けない気持ちになっていた。人間として、ロボットみたいに完璧じゃないのはそれまでわかっていたけれども、自分がこれ程に出来ない人間なのかと冷や汗が出るばかり。お客サンも他の店員達も少しも笑ってもくれない。冷たい目(?)で僕は見られたと感じていたが、ただ少々呆れられていただけかもしれない。ともかく身も世もないという感情はその場が一番最高だったと思う。(まあ、後悔した事は人生の中でいろいろあるけれどもネ…)
 もっと冷静な気持ちでお勘定の場面に対処していたら、あんな醜態の図こならなかっただろう。でも当時の僕は、泣きそうなくらいの体験で、このバイトは長くは勤められないだろうとも思っていたのだが、その後そんなに忙しくない店(開店したばかりの店)へ行く事になり、そこにて結構長く勤めた事になるので、分からないものである。
 という訳で、人生は計算通りには行かないという、まあ穏当なありきたりな言葉を結論として、つくづく他の人にどれほどの参考になるのかどうか分からないが今回のエッセイはこれにて終えたいと思う。

              終

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