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AI と i のはざまで、ひとはどこに向かうのか

子供の頃、ふと誰かに言われた一言が、数年たっても頭から離れないことがある。ずっと気になって仕方がない、というのではなく、ふとしたときに、やっぱり気になるというような。

私の場合は「あんたは愛想がないわ」という母の一言だった。普段から愛想がないわけではなくて、例えば誰かが買ってきてくれたお土産があんまり気に入らなかった時や、友達の家で出してくれたおやつが好きなものじゃなかった時に、すぐ顔に出る…。面倒だなと思った時も、顔に出る…。挙げ句の果てには、お年玉のぽち袋に入っている金額が少なかった時にも、顔に出る…。そういう時に母は、わたしのためにわざわざ用意してくれた行為そのものではなく、内容の価値を値踏みする娘にいらだったんだろうと今ならわかるが、結構長い間、「愛想がない」という言葉はわたしの中に居座った。

「 i アイ 」
西加奈子
2016年11月29日初版
高校生になったワイルド曽田アイが入学式の翌日、数学教師から聞いた一言「この世界にアイは存在しません。」その言葉がアイの中に居座ってしまう。自分のルーツ、自分の家族、自分の存在価値が揺らぐ。
シリアに生まれ、日本人の母とアメリカ人の父の養子として不自由なく育ったアイは、その反面、世界で起こる悲惨な事件に心が痛み、なぜ私がここにいるのか、ここにいていいのかと自問自答を繰り返す。
ヒントのない世界、数学のように解けない世界。愛する人ができて自分の血を分けた存在を求めはじめた時に、その苦悩はさらに増す。
辛い不妊治療に耐えても、幸せは遠のく。血を吐いてでも手に入れたいものが手に入らない。でももっと苦しい人たちが世界にはいる、という事実に苦しむ。
いまという時代の格差をひとりの人格の中に抱え込んだ時、矛盾と葛藤が嵐のように襲いかかる。アイは「存在しない」のか。

「Amazon 世界最先端の戦略がわかる」
成毛 眞
2018年8月8日初版
「この1社さえ知ればいい」という帯にある通り、いまという時代の最先端を行くのがAmazon。もう知らない人も少ないだろう。わたしたちが普段、利用しているAmazonは本や生活のまわりのものがオンラインで何でも買えてすぐに届く。プライムに入ればさらに早く届き、映画やドラマが無料を見ることもでき、サービスの幅が拡大する。AIスピーカー「Amazonエコー」を使えば、声だけで商品が注文できたり、天気も教えてくれる。数え切れないほどの技術を商品やサービスとして提供してくれるとても便利な会社だ。日本だけではなく、世界の主な国で物流と情報を掌握することで、彼らには私たちの生活がほぼ透けて見えているようだ。しかし、それらの開発には莫大な費用がかかるが、その費用すらAWSというサーバー事業で問題なく稼いでいる。
Amazonを人に例えるなら、資産があって、頭が良くて、スタイルがよくて、力持ち。その上、かゆいところにさっと手を差し伸べてくれるようなやさしさがあって、ネチネチしない最高の男子。恐ろしくハイスペックで、性格もいい。誰にでも好かれる訳だ。なので、このハイスペック男子を研究して見習えば、みんなイケてるメンズになれることを教えてくれる。

この2冊は、まったく両極端。完全にパーソナルな苦悩を描いた「 i 」と最先端のAIを商品化していく「Amazon」。どちらも、欲しいものを手に入れたいと願う人々の姿がそこにあるのだが、一方には宿命的な苦しさを持ち、一方には欲求を安易に解決する策が用意されている。それはまったく、わたしたち一人ひとりのなかにも言えることなのだ。これを読んでいる私たちは、自分に課された宿命とは何かを探りながらも、技術の発展のまっただ中に暮らし、見えない国のどこかの街では今日も略奪や殺害が繰り返されている。それがいまという時代なのだ。両極端ないまを生きる私たちは、目に見えているものだけではなく、目に見えていないことにこそ思いをやる余裕が必要なのではないかと感じる。AIを使って、時間を節約できたら、その分、見えないものにこそ時間をかけてもいいんじゃないだろうか。

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