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61.内に秘めた赤紫色のボクサーパンツ

「どうしてここにこんなものがあるんだろう?」

そんな経験をしたことはないでしょうか。
恐らく誰しも一度は思ったことがあるはずです。
国道沿いに落ちている片方の軍手、あるいは片足の靴下。
きっと見たことがあるはずです。
そんなとき、こう思うはずです。


「どうしてここにこんなものがあるんだろう?」



せめて両手分の軍手や両足分の靴下だったら納得がいくものですが。

この現象は必ずしも外で起きるというわけではありません。
家で探し物をしていたら「絶対ここにはないだろう」と思っていたところから探していたものが出てきたり。
なぜかタンスの上に小銭が置かれていたり。
僕が整理整頓できない性格だということも多分に影響しておりますが、必ず思うのです。


「どうしてここにこんなものがあるんだろう?」



僕の家から駅まで行くためには、途中で小学校の裏の道を通る必要があります。
住宅街に隣接しているため、とても細い道です。
細い道ながら端の方に植木がされており、季節に合わせて様々な花が咲いています。
最近では梅の花が綺麗に咲いています。
野良猫もよく通る道で、時折り姿を現わしては賑やかな鳴き声を響かせます。
「小学校」「植物」「動物」なんて平和な細道でしょうか。

ある日、いつものように細道を歩いていると、視界に「違和感」が入りこみました。
いつもの道、いつもの歩幅、いつもの静けさ。
いつもと違う何か。
僕は違和感の正体に近づき、じっと目視しました。


「赤紫色のボクサーパンツ


赤ほど鮮やかではない、少しヨレた赤紫色のボクサーパンツです。
平和な細道に生活感あふれる赤紫色のボクサーパンツ。
僕はため息交じりに呟きました。



「どうしてここにこんなものがあるんだよ。」



ある日の夕方。妻と一緒に近くのスーパーに行きました。
晩御飯の具材を買うためです。
お肉やらお野菜やらをカゴに詰めていきます。
買う予定だったものは全てカゴに入れたので、後はお会計を済ませるだけです。
レジに向かう際、冷凍食品のコーナーがありました。
特に意味はなかったのですが、僕は何気なく陳列された棚を眺めました。
特定の何かを見ていたわけではないので、ただぼーっとしていただけなのでしょう。

「何か欲しいものある?」

妻が言いました。

「いや、特に無いかな。」

欲しいものも、必要なものも無いと判断した僕は、迷いなくそう答えました。

「大学芋食べる?」

「うん、ありがとう。でも要らないかな。」

会話のラリーが続きます。

「今川焼は?」

「えっ、うん。大丈夫。要らないよ」

なぜか妻が食い下がるのです。
そうか妻は今川焼きが食べたいのか。
僕はぼんやりとした頭で、そう思った矢先です。


「夫ちゃん、今川焼き食べたいでしょ。中身、カスタードだよ。」

「えっ」


何を言っているのか、一瞬理解できませんでした。
僕は妻に「今川焼き」が好物だと言ったことはありません。
もちろん、「大判焼き」「回転焼き」といった各地方特有の「小麦色で厚みのある円盤型の食べ物(中身はカスタード)」を指す言葉を使って、それが好物だと伝えた記憶もありません。


「今川焼き、買おうね。」


ぼんやりとしている僕を他所に、妻は何の迷いもなく陳列棚から冷凍の今川焼き(カスタード5個入り)をカゴに入れました。


(一体何が起きているんだっ!)


混乱がピークに達すると、心の奥の奥に封じ込められていた感情が爆発した感覚がありました。
体の中を血液が淀みなく流れているのをはっきりと感じ、いつもより早くなった心臓の鼓動に合わせて、動脈が振動します。
一人暮らしを始めたばかりの頃のような高揚感、あるいはお祭りに行く前の子どもが感じる喜び、
つまりは圧倒的な正の感情が、僕の心を支配しました。

昼間の明るい光に照らされているかのように「冷凍の今川焼き(カスタード)5個入り)」が輝いて見えました。
次の瞬間、心を置き去りにして、僕はこう口にしているのです。


「妻さん。僕、今川焼きが食べたい!!」


妻はにっこりと笑い、言うのです。


「だよね。」


なんだ。なんなんだ、これは。
僕の意識の範疇ではない心の奥の奥、あるいは底の底で静かにその時を待っていた「今川焼き(カスタード5個入り)が食べたい」が掘り起こされたのです。
もちろん僕には、自分の心の中の無意識領域における感情なんて知る由もありません。
だから、思ってしまったのです。


「どうしてそこにこんな感情があるんだよ。」


と。


僕は驚きました。
スーパーに陳列された「冷凍の今川焼き(カスタード)5個入り)」は、まさに細道に落ちていた「赤紫色のボクサーパンツ」だったのです。
結局家に帰って、晩御飯を作るよりも先に今川焼きを美味しく頂きました。
使い古された表現ですが、ほっぺたが落ちるほど美味しく感じました。
無意識下にあった欲が満たされて、落ち着きを取り戻した僕は、ふと思うのです。

「いや、妻、エスパーかよ!!」


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