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50.初めてのように振る舞う必要のない人生


大学生の頃、クレジットカードのコールセンターでアルバイトをしていました。

インバウンドのコールセンターで、こちらからお客さんに架電をすることはほとんどなく、あくまで架かってくる電話の対応をするというものです。
住所変更や各種登録内容の変更、利用履歴の照会、解約手続き、その他諸々、多岐にわたるカードに関する問い合わせの全てに対応していました。


単純に「時給が高いから」という理由で始めたのですが、大学2年生の冬から、何だかんだ卒業するまで続けました。
皆さんがコールセンターにどのようなイメージを持っているのかわからないですが、
「大変そう」とか「クレームが凄そう」とか「入れ替わりが激しそう」とか、そんなイメージを持っている人が多いのではなでしょうか。


2年間ほどの経験しかないので偉そうには言えないですが、概ねその通りだったように思います。
普段あまりクレジットカードを使わない方なんかは、何かあればすぐに詐欺と結びつけてしまい(それが一概に悪いとは言えませんが)お電話口での本人確認すら拒否し、一向に話が前に進まず、気が付けば1時間ほど押し問答を続けていた、なんてこともありました。


もちろんそんなことは稀なので、すんなりと電話が終わることがほとんどです。
しかしクレームのような電話の後は、お客様対応が雑になってしまうことが多かったです。
「自分は悪くないのに一方的に怒られた」という心のモヤモヤを引きずってしまうからです。
そんなとき、当時の上司は決まってこう言います。

「今日初めて電話を取ったかのように、電話を取り続けなさい」



僕がその日、何十回と電話のやりとりをしていたとしても、架けてくるお客さんからすれば初めてのやり取りな訳です。
お客さんには、僕がついさっきまでクレーム対応をしていた、なんて事情は全く関係ないのです。
ごもっともです。


昔、雑誌か何かで読んだ記事に面白い記載がありました。
女性が男性とデートに行った際は、「何をするにしても初めてのように振る舞いなさい」というものです。


一緒に食事をしたのならば「こんな美味しい料理、初めて食べました~!」


一緒に夜景を見たのならば「こんな綺麗な景色、見たことない~!」


重い荷物を持ってもらったのならば「こんな力持ち、見たことない~!」


その際に上腕二頭筋が盛りあがっていたら「初めて筋肉が山脈に見えた~!」


その人に筋肉以外の取柄がなかったら「初めて役に立つ単細胞と会った~!」



と、まあこんな具合です。
要は太鼓持ちのような感覚ですね。持ち上げ方さえ間違わなければ、大抵の男が気分を良くする、ということです。嬉しいやら、悲しいやら、複雑な気分になったことを覚えています。


僕には少し前まで、不安に思っていたことがありました。
それは、「年を取るごとに、初めて、の喜びを感じられなくなるのではないか」という不安です。
たとえ初めての経験をすることがあっても「でもよく考えたら昔に似たような経験をしたな」なんて感じてしまい、純粋な喜びが無くなってしまうのでは、と思っていたのです。
しかし、その考えを改めることができました。単純に自分の世界が狭かっただけなのだと感じたのです。

実は「初めてのこと」なんて道に転がっている石のように、そこらへんに落ちていたのです。

例えば。

妻と結婚してから、定期的にお花屋さんでお花を買うようになりました。
理由は単純で、妻が喜んでくれるからです。
お花に合った花瓶を買って、ダイニングに飾るようになりました。
「そろそろ枯れてしまうかな」と思ったら、それらをドライフラワーにしました。
お花を逆さまに吊るしておけば、簡単にドライフラワーが出来上がりました。
そしてまた別の花瓶にドライフラワーを飾り直しました。
「花を飾るのも、良いもんだな」と初めて思いました。
毎日どれくらいの水をやれば長生きするかも掴めてきました。
妻のおかげで少しだけ花の名前もわかるようになりました。
何気なく道を歩いているときも、咲いている花に目がいくようになりました。


そもそも。

僕にとっては、定期的に花を買うのも、花瓶を買ったのも初めての経験です。
ドライフラワーが簡単に作れると知ったのも初めてですし、ドライフラワーを作るという発想も僕にとっては初めてでした。
お花の良さを実感したのも初めてです。
「お花を買う」という行為だけでも枝分かれするように「初めての経験」が広がっていきました。
誰かと暮らすって、こういうことなのか、と思いました。

妻が歩んできた人生での経験が、僕の人生や価値観に浸透していくように広がっていく感覚です。
おそらく何かしらの僕の経験も、妻の中に浸透していっていることでしょう。

確かに自分ひとりでは「初めてのこと」は必死に探さないと見つからなくなってくるかもしれません。
でも誰かと過ごせば、探す必要もなく、向こうから「初めてのこと」がやってきます。
初めてのように振る舞う必要のない人生って素敵だと思いませんか。
自分ではない誰かと時間を過ごすって、たぶん大切なことです。
早く誰とでも気兼ねなく会える世の中に戻ってくれると、嬉しいですね。

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