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「結婚式に呼べる友達いる?」都内新卒の恋愛相談

愛するパートナーがいる諸先輩方、24歳の小娘の戯言にご助言をいただければ嬉しく思います。
20代半ばに差し掛かり将来への淡い不安を抱える同志へ、自分が持ち合わせたコマンドを一緒に考えてみませんか。
結婚に夢見る学生諸君、東京の新卒のリアルを共有します。ぜひ後学のために。


結婚という話題に一礼

24にもなると周りが結婚を意識し始めています。
Instagramにて第一次結婚ラッシュとこんにちは。
・本気で結婚を想定して動きはじめる友達
・飄々とキャリアと向き合う友達
・仕事が一番だと言いながら本当は恋愛に魅了されている友達
・結婚したいと言いつつ実は仕事で充実していそうな友達
良い感じに均等にいます。
どれも正直な感情だし、気持ちの比重はきっと日々変動するものでなのしょう。

日曜日の昼下がり、帝国ホテルのとらやで落ち合った友人ももれなく意見がばらけました。今日は、わざわざ休日に和菓子屋で語らうことを至高とする点が一致する一風変わった24歳共でも、色恋との向き合い方は共通しないものだという話をします。

彼氏の参列者の数と大きく異なったら

Xのマチアプの広告を見ていたひとりが呟きました。
「いざ挙式するとして誰呼ぶ?結婚式って須く喜んで行くものでもないよね。」
当のわたしは岩手日報で後藤新平の記事を読みながら、羊羹をゆっくり舌先で溶かして、わたし当分仕事したいなと零しました。
「意外とさ、親族と片手に収まる人数の友達しかいないかもって思うと準備で肝冷える」
「わかる。誕生日に数件しかメッセージ来ない年齢になって萎えるもん。」
「もう少し社会人として人間関係構築してからで良いかも、彼氏の会社体育会系で出席者多そうだし。」
シビアな会話が飛び交いました。


わたしは、もし挙げるなら親族式で粛々と感謝を伝えられたら良いなと漠然と思っていたけれど、パートナーとの折り合いまで見通す年齢になったようです。
結局MBTI診断で真逆な恋人ができたら元も子もないと浅いディスカッションになりましたが、本当は、実際は、どうするんですか?
自分が社交的な場合も、相手が社交的な場合も、どちらも。

わたしのハレの日を喜んでねという圧

さて、彼女たちはわたしを結婚式に呼ぶのでしょうか。
そもそも学生時代の友達ってどこまで呼ぶんですか?
結局のところ、近年できた友人がほとんどになりませんか。
だって「わたしのハレの日を一緒に喜んでね」というスタンスが通じる友人の線引きって難しいでしょう。直近のわたしを知らないひとに、喜べスタンスを貫くほど、わたしは図々しくいられないと思います。

誰かに選ばれるということ

「式に呼びたい友人」という烙印

「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」というコピーが生まれた時代。
婚姻届を出さなくても良いし、式を執り行わなくても良いとされる令和。
「友達と登って、恋人と降りてきた」というコピーの秀逸さが騒がれる昨今。
嗚呼また一人、“体の関係がなくとも強く結ばれていた他人”の名札が変わってしまったじゃないかと傍観するわたし。
小規模になっていく縁の世界で敢えて誰に参列してほしいだろう。
そして誰にならご祝儀を包みたい思ってもらえるだろう。
わたしは、SNSで祝福の言葉を渡せるこの時代に、「式に呼びたい友達」の烙印をもらいたい

友達の紹介にどこまで応えますか

「俺の友達が会いたいらしいんだよね」「私の同僚に話してみたいって言ってるメンズがいるんだけどランチでもどう」
そんな連絡が急にパタパタくるようになりました。
20代半ば、「友達に選ばれたわたし」と「名前も知らない誰かに会いたいと望まれたわたし」という名札を得たようです。
それと同時に、さまざまなことに気づいています。
へえ、紹介しても良い程度には自分にはクセがないんだな、とか
おお、この子他のコミュニティでわたしの話してくれているのか、とか
あれ、つまり仲介の君はわたしに魅力を感じていないということね?、とか
ただ、そこまで熟考しておいて、失礼にも誰とも会った試しがありません。

結局のところ、「クセのあるわたし」を知っている友達の紹介でなければいずれ先方を困らせると思っているからです。
恋をしましょうを掲げて会うならばただ浅い絆が拡張するに過ぎなくて、わたしはいつまでも濁しています。

わざわざ新しい縁に迎合したい思う時間がない

時間がない社会人の一日

単純に時間がないと思うのですが、皆さんいかがですか。
時間は作るものだと分かっていて敢えて言います。そして、人懐っこいとよく言われる人間だと理解していても言います。
わたしには他人とわざわざ会う時間がない。
朝起きて祖母におはようの電話を入れて、ラジオをかけながら朝食を食べて、teleを聴きながら出社。退社したらradikoのタイムフリーを片耳に、ジムか図書館に22時まで。夜道は父か母に一言架電して、友達に返信して、YOUのこれからこれからを観ながら入浴して、次の海外出張のロジを確認しつつANNを流して寝落ちる。

正直、わたしのコマンドはもう手一杯だと思いませんか。
自分が好きな自分で生きていくために、これ以上コマンドを増やす必要性がないのです。

わたしの日々は十分に愛おしい

先月の休日はそもそも半分海外にいて、あとは小さな学会と、友達との電車旅と、あとは常備菜を作っていたらなくなりました。読了したと自信を持って言える書籍は7冊です。
洗濯機の糸くずフィルターお掃除したっけ。衣替えもしたかったのに。
あの子にも会いたかったんだった。幼馴染が弾丸鎌倉に来るから予定をあけて。代休はくどうれいんさんのサイン本を買いに山形まで。嗚呼夏に漬けた梅の手入れもしないと。
今手のひらにあるものが魅力的すぎる。今いるお友達が素敵すぎる。
今のわたしの日々が愛おしすぎる。
女の子のお友達は皆それぞれに不可思議で面白い。男の子の意見が聞きたくなったら実直な同期で贅沢なほど。

多分、結婚は、遠い。

浅い縁は泡沫の如く

パートナーの有無はここではどうでも良くて、この日の女子会の議題は「結婚式に呼べる友達はいるか」でした。
ご祝儀が沢山欲しいなんて図々しさよりも、呼んだのに来てくれない友達がいるかもという怖さを皆抱えていました。

類は友を呼ぶからわたしの周りは皆友達付き合いに狭く深くを求めるのか、時代の流れ的に控えめになってきているのか分かりかねますが、世の中の人たちは自分が主役のイベントを祝福してくれるお友達がそんなにいるのでしょうか。


狭く深く清らかに。浅い縁は泡沫の如く。
実際大して仲良くなくても招待したら大抵の友人は来てくれるでしょうし、わたしも行くし、窮地に立たされたら縁を手繰り寄せもするでしょう。
「パートナーの参列者があまりに多いとかなったら死ぬ気で知り合いあたるわ」
カラカラと抹茶グラッセを回した友人の真意はわからないままでした。

東京に夢を守られて生きている

壮大な挙式計画があるわけでも、そもそもどうしても結婚がしたいわけでもありません。
フリーのときでも“彼氏”が欲しいんじゃなくて“好きなひとが彼氏になれば良いな”としか思いません。
“夫”という存在自体が欲しいという気持ちがわたしには分かりません。
「わたしと法的に結ばれたいと思う人物はどんな面白いひとなんだろう」という興味はあるけれど、それ以上でも以下でもないのです。
そういう風に、東京に来て余計思っています。
「東京の人は女の子でもまだ働き盛りでしょ」なんて地元の声に甘んじて、
「叶えたいことの過程に結婚があるならすれば良いし好きなように生きなさい」なんて両親のおおらかさに有難く胡坐をかいて
わたしの夢は、既婚者という肩書がなくとも、叶えるまで東京という街に守られています。



いつか、左手薬指の寂しさに打ちのめされるかもしれません。
独身の良い年した女性、ということが仕事で信頼を勝ち取るうえでの足枷になる可能性もあるでしょう。
ただ「誰からも選ばれなかった」のではなくて「わたしが誰も選ばなかったのだ」と言えるほどわたしは強くもないと思います。

それでも、今のわたしには、自分と未来永劫結ばれても良いと思ってくれる異性を探すよりも、一筆書かなくともお互いを大切だと認識できる友達を指折り数える方が難しいのです。
「ひとりで生きていけるふたりが、それでも一緒にいるのが夫婦だと思う」そんなコピーに守られながら、わたしは今日も人生を楽しんでいます。

拝啓未来のたいせつなひとへ

わたしの夫になる方へ

わたしが絶対に結婚式に呼びたいお友達は両手におさまるくらいの人数ですが構いませんか。
あなたの厳選した10人も、同じように生涯大切にすることを誓うのでどうぞご容赦ください。

わたしの大切なお友達へ

「あたしのこと呼ぶでしょうね!」と自信を持っているそこの貴方。
その自信と調子の良さこそわたしの人生を豊かにしているに違いないので、10名のポジティブ人間を呼びます。よろしく。

読者様へ

冒頭お呼び出ししました愛するパートナーがいる諸先輩方、20代半ばに差し掛かり将来への淡い不安を抱える同志、結婚に夢見る学生諸君。
東京で生きる24歳のリアルを一緒に考えてくださったならば幸いです。それと、結婚式に何人呼ぶのかも。
そしてnoteを読んでくださった誰かと人生が交差することがあれば、嬉しく思います。
どうぞ、あなたの人生も豊かでありますように。

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