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バス待ちの狼少年

2024.05.06
ペぎんの日記#36
「バス待ちの狼少年」


雨降る今日、
私バス停に立ってたの。

私の前には中学生くらいの少年。大きな傘を差している。

その少年の前にも何人か並んで、みんなバスを待っている。

私は目を瞑る。
小雨。私の折りたたみ傘に小さな雨粒が当たる。パチパチと火が爆ぜるような音。
水の音と火の音が似ているなんて不思議だな、なんて思いながら耳を澄ます。

バサバサっと、
隣で音がした。

少年があの大きな傘を、開いたり閉じたりして、傘についた水滴を飛ばしてた。

直感的に「あぁバスが来たのだな」と思う。

私も差していた折りたたみ傘の水をほろう。
骨が折れちゃわないように、そっと。

そしてある程度水が飛んだら、キュッと畳んで小さく留める。しっとりした布が窮屈そうに折りたたまれる。

さぁバスに乗ろうかと、私は顔を上げる。

…えっ?

隣の少年が、傘を差している。
凛と前を向いて。

…えっ?

少年の奥を見る。
みんな傘を指している。

…えっ?

皆のさらに奥を見る。
バスの姿は見当たらない。

えぇー!?

嘘でしょ私騙された。
何回見ても見えないバスと、僕何も知りません顔で前を向く少年。

私はやや逡巡した後、釈然としない思いを押し込めながら、畳んだ折りたたみ傘をもう一度開く。
窮屈そうにしていた布がもっさりと開く。

少年の方を横目でチラチラと見ながら、傘を差し直す。
少年は相変わらず前を向いたまま。

この少年は何がしたかったのだろう…。
思い切って聞いてみようかとも思ったが、気まずくなる未来しか見えなかったのでやめておいた。

バスが来るまで、私と少年との間に、何とも言えない緊張感が漂っていたような気がする。私だけかも知れないけど。

バスに乗って、さっき起こった事件を振り返る。
実際あの場で何が起こっていたのかは分からないけど、もし、と想像してみる。

少年の隣の人もまた、傘をバサバサとしていたのかもしれない。それを見た少年が傘をバサバサして、それを見た私も傘をバサバサして。

もしそうなら凄く滑稽だ。フェイントにまんまと引っかかる人々と、その中で凛とした顔をし続ける少年。

冷徹に見えたあの少年も、内心は私と同じように焦っていたんでは無いだろうか。

そうだといいな。いや、そうであってくれ。じゃないと私の先輩としての威厳が保たれない。


【追伸】
文中に出てきた「傘の水を"ほろう"」という表現、北海道弁だったらしいです。どうりで変換に出ないわけだ。
「ほろう」は標準語では「はらう、はらい落とす」に当たる言葉なのですが、「ほろう」という表現の方が、傘をフルフルして水滴を落とすニュアンスを出せて良さげだなと思い、標準語に直さず書いてみました。
北海道を感じていってくださいね〜!

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