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vol.6「いつか自転車で」自転車人2014年夏号

山と渓谷社『自転車人』2015年夏号掲載の巻頭コラムです。こちらのコラムについての解説はマガジンページに。

 春先から書いていた原稿(ストーリーもの)で、初めて「幼馴染設定」を使ってみた。幼馴染設定というのは、物語の主人公や主要キャラクターふたりの関係のなかに「幼馴染」という関係性を組み込むことである。小説はもとより、マンガやアニメでも定番中の定番といえる設定だ。
 家が隣同士の男の子と女の子が幼馴染として育ち、二人が年頃(中学二年くらい?)になって、どちらか一方が相手を異性として意識するようになり、二人の関係がぎくしゃくしたものになる。或いは、好きなのか嫌いなのかはっきりしない関係の男子Aと女子Bの前に、第三のキャラクターとして男子Aの幼馴染である女子Cがあらわれる(よくあるパターンとしては転校してくるとか)。男子Aと親しく接する幼馴染女子Cを見て、なぜかモヤモヤとヤキモチのような感情が生まれた女子Bは、それによって自分が男子Aを好きなことに気がつく……などなど、設定のバリエーションもいろいろある。ニヒルを気取っていた主人公が幼馴染の登場によって小学校高学年までおねしょをしていたことをバラされて一気にキャラ崩壊する、なんていうのもよくある展開だ。
 今まで僕は読者としてこの「幼馴染設定」を「ラブコメや学園ものによくあるパターン」くらいに思っていたのだけれど、自分の書いているストーリーのなかに初めて組み込んでみると、実はこの設定がストーリー展開の自由度を一気に広げるのだということに気がついた。
 まず幼馴染ということで、ふたりの出会いや関係が深まるプロセスを一気に跳び越えられる。出生の秘密や子どもの頃の大事件(その事件が主人公のトラウマとなっていて、ストーリー展開の重要な鍵になる、とか)を知っていることも「幼馴染」ということで、詳しく理由を説明しなくても読者に理解してもらうことができる。むしろ読者側が「幼馴染だから」という脳内補正をしてくれるので、多少無理のある設定もなんとか収めることができたりもする。うーん、なるほど。「幼馴染設定」がストーリー構成の王道中の王道と言われる理由を、自分が書いてみて初めて知ったのである。

 小説に登場する僕好みの「幼馴染キャラNo.1」は、青春小説の古典、ラノベの元祖とも言える『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫・著)から始まる「薫くんシリーズ四部作」に登場する主人公の幼馴染、由美だ。
「舌噛んで死んじゃいたい」が口癖の彼女は、よく言えば多感で繊細、悪く言えば(今風に言えば)「ちょっと面倒くさい」女の子である。それでも彼女が物語の中で魅力的なのは、薫くんと「お互いに乳母車に乗って出会って」それからずっと幼馴染として彼の傍らにいて、時に「宿敵」がごとく対立しつつも、彼を心の底では信頼し、彼の前でいつも自由に伸びやかに振る舞うからだ。それは幼馴染だからこそ出来ること。まさに僕の思い描く理想の幼馴染だ。

 読者の皆さんには幼馴染がいるだろうか。残念ながら僕にはいない。もちろん小学校の同級生はいるけれど「幼馴染」というニュアンスとはちょっと違う。
 幼い日々を一緒に過ごし、楽しかったことも、嬉しかったことも、思い出すと「舌噛んで死んじゃいたい」ような恥ずかしい出来事も覚えている。そんな幼馴染は、今からどんな方法を使っても、いかなる努力をしても手に入らない。
 書き手にとってストーリー展開の自由度が高いというだけでは、かくも多くの「幼馴染設定」を組み入れた作品が生まれるとは思えない。「もう絶対に手に入らない」というこの関係性に憧憬を抱く人が沢山いるからこそ、多くの読者を惹きつける作品が生まれたのだろう。

 さて、いつのまにかはっとするくらい女らしくなった美しい幼馴染や、成長してまぶしいほどのイケメンになった幼馴染がいなくても、がっかりしないでほしい。自転車は多くの人にとって幼馴染のような存在ではないかと僕は思うのだ。
 世界最大の自転車メーカー、ジャイアントを取材した本『銀輪の巨人』(野嶋 剛・著)のなかで、ジャイアント創業者の劉金標氏がこんなことを言っている。

「自転車には誰もが思い出がある」

 グッとくる言葉だ。
 中年になってから数十年ぶりにロードバイクに出戻った僕にとって、自転車は数十年ぶりに再会した幼馴染のようなものだ。

 理論派レーサーとして、パワーメーターだ、ワット数だ、最大出力だ、と言っているサイクリストの中にも、子どもの頃、少年自転車に付いていた機械式のスピードメーター(スポークとギヤをかみ合わせて速度を測る仕組みで、確か60km/hまで目盛りがあった)で最高速チャレンジをやったことがある人がきっといるだろう。最新の電動コンポーネントを自慢するサイクリストの中にも、リヤに付いた大きなフラッシャーやリトラクタブルヘッドライト(!)に憧れた子ども時代を過ごした人がいるはずだ。
 きっと自転車は「君は小さいときから最高速度とか測るのが好きだったよね」「君は子どもの頃から電気で動くパーツに目がなかったよね」と、昔を思い出して笑っている。それを言われたら「舌噛んで死んじゃいたい」ような思い出も、自転車は覚えている。だって長いつきあいなのだから。
 もうすぐまた夏が来る。一緒に遊んだ懐かしい夏休みの記憶を辿って、また幼馴染と一緒に出かけよう。

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こちらの号はKindle Unlimitedで読むことができます。

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1970年公開の映画『赤頭巾ちゃん 気をつけて』予告編。主人公を演じるのは若き日の岡田裕介さん(現在は東映グループ会長)。幼馴染の由美を演じるのは森和代さん(なんと現在は森本レオさんの奥さんとのこと)。主題歌を歌っているのは相良直美さんだ(!)。


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PedalFar!こと米津一成です。長い間温めていたイメージを少しずつストーリーにしていきます。まずは春から初夏、そして夏へと続くお話です。こんなふうに何の憂いもなく、皆が笑って走れる日が早く戻ってくるといいですね。その後の「追い風ライダー」の世界です。

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2014年に惜しまれつつ休刊となった山と渓谷社さんの『自転車人』。他誌にはない切り口の特集記事と丁寧な編集で、私の大好きな自転車雑誌でした。 この『自転車人』で2013年より休刊まで書かせていただいた巻頭コラム「いつか自転車で」を山と渓谷社さんの許可を得てnoteに掲載します。7本を順次掲載していきます。

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