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閉店した『富士そば本店』の話

コロナ騒動による制限解除後に

久しぶりに渋谷に出向いた


そもそも仕事柄普段の生活が

風邪やインフルエンザにならないように

コロナ時の自粛生活とほぼ変わらない生活をしてきたので

実際の所、数年ぶりの渋谷になった


数年前は当時の会社と会社の寮が渋谷にあり

渋谷駅周辺で5年間ほど働いていた

宇田川町も管轄していた

渋谷が勤務地ということもあり

昼食は飲食店でとる事がほとんど

その中で良く使っていたのが

『富士そば 本店』


宇田川町の奥や道玄坂にも『富士そば』はあり

そちらも使っていたが

一番多かったのは

『富士そば 本店』


その

『富士そば 本店』

が今はない


かなりの衝撃であった

今が何のお店になったかは正直覚えていない

それだけ衝撃だったのだ

あれだけ通った『富士そば 本店』がないことは

僕にとっては人生の一部に穴がぽっかりと空いたかのようだった


『富士そば 本店』は

かなり狭く、カウンター席のみ、客は4、5人くらいでいっぱいになる

常連であった僕は、別な客が来るたびに、席を移動していた

常連になると慣れたもんで

2つある出入口の開いた音で

身体をどちらにズラすかを判断出来た程だ


自分がその頃いつも頼んでいたのは

『山菜そば』

『たぬきうどん』

のどちらかが殆ど

店員のおばちゃんがチケットを受け取ると

「いつものね」

と言ってくれる

母親は東京にいるが

なんだか身近な母親のようだった


ある日身近な母親にこんな事を聞いてみた

「富士そばさんって、紅生姜の天ぷらって出したことないの?」

「出した事ないし、他の所でも聞いたことがないかな。」

身近な母親は長く富士そばで働いているらしいが、

そんな人でも聞いた事がなかったらしい

「昔働いていた日暮里の駅前の立ち食い蕎麦屋さんにあったんだけど、

他では見たことがないんだよね。結構、スキだったんだよね。」


そんな事を言った事を忘れ、管轄も代わり、

道玄坂の『富士そば』に行く機会が多くなっていた

ある日の休みに宇田川町を散策していると

久しぶりに『富士そば 本店』の味が欲してきたくなった


因みに『富士そば』は各店舗によって作り方が違う

一番出汁を使う所もあれば、

二番出汁を使う所もあるらしい


券売機で

山菜そばにするか

たぬきうどんにするか

迷っていた時にある文字が目に入った


『紅生姜天 そば・うどん』


衝撃だったが直ぐ様に

ボタンを押した

身近な母親にお礼言いたいと思ったが、

休みだったのかいなかった

味は、食べたかった味だ

一番出汁に合うしっかりとした味わいと香り

しょっぱさと歯ごたえ

完璧だった


実際は商品開発部の方々が

色々調べて作ったものだと思うが、

自分の言葉を身近な母親は耳に入れてくれ

商品にしてくれたのではないかと今でも思っている


その後自分が転職したことで

『富士そば 本店』には行かなくなってしまい

身近な母親とは会えずじまい

おばちゃん自体は、僕の事をただの一人の客だと思っていたと思うが、

僕にはもう一人の母親であった


今でも、至る所にある『富士そば』を通るたびに

ショーケースに入っている『紅生姜天 そば・うどん』を見ると

食べたくなって券売機のボタンを押してしまう


『富士そば 本店』跡地で

しばらくたたずみ

目を閉じると

『富士そば 本店』はまだ

そこにある

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