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友人

私は人を遊びに誘うことが苦手だ。

「いつも私ばかりが誘うから待ってたのに、一年間誘われることなかったから結局また私から声かけたよ」

昨年、友人の一人から言われたことだ。
もちろん人と遊ぶことが嫌いなわけではない。
友人との会話は楽しいし、新しいお店を開拓できることも多いし、得るものも多いと思う。

幼少の頃、引っ込み思案で内向的な性格だった私は積極的に友人をつくることができなかった。
中学校では仲の良いグループに入れてもらえたが、小学校からの幼馴染で形成されたグループだったがゆえに実はいつも外様大名のような気分だった。
高校ではそれなりに楽しく過ごしていたが卒業するまではクラスの人と土日に遊びに行ったことはなかったような気がする。特定の誰かと仲良く、ということはあまりなかった。
大学では多くの友人ができたが結局、今、全員(退学した一人の友人を除いて)と連絡を絶っている。
新卒で入った会社ではかなり友人ができた。ここで友人が多くできたのは大学でオープンな性格にならざるをえず、さらには入社した会社がブラック会社だったことが理由だろう。
今、私の周りに友人として居るのはその新卒で入った会社の同期ばかりである。
ブラック会社が選考した人間達はみな気が遣える人間ばかりだったせいか、妙に気があう。
皆それぞれ退社して随分経つが今でも定期的に集まったりしている。

振り返ってみると私が友人をつくるのが不得意であったのは自ら何かに誘う、ということが苦手だったことが大きいと思う。

まぁ、苦手、と書いてはみたがそれと同時に、そもそも人を遊びに誘うということが思いつかないという点もあるのだ。
一人で行けるところには一人で行ってしまうし、一人でできることは一人でやってしまう。
だから誰かに声をかけるなんて思いつかない。
だが冒頭のように「あなたは遊びに誘ってくれない」と友人から指摘されて、そうか、誘えばいいのかと知って誘うのかと言われればそうでもない。やはり誘うのが苦手なのだと思う。
相手の事情なんかを考えて連絡をするのもめんどくさい、ということを考えてる時点できっと向いていない。
もしくは、「断る」「断られる」ことがお互いの心にとってもマイナスな気がして、それならばもう一人でもいっかと思ってしまうのだ。
うん、向いていない。

今、一番仲良くしている友人はそんな私の行動を先読みしてくれる。
彼女のペースで遊びに誘ってくれるし、何気ない会話でしたいことを呟くと「一緒に行きたい」と言ってくれる。
そうなると、自分がそれをしようとするとき彼女も行きたいと言っていたなと思い出し誘わざるをえなくなる。
そう、事前に「行きたい」「楽しそう」「呼んで」と一言でも言われたら私は性格的に声をかけないなんてことができない。
こうなると私は自然、彼女を遊びに誘うことになり、結果として毎週のように会ったりすることもある。
もしかすると彼女は策士なのかもしれないと今気づいた。

年々、こまめな連絡をとる友人が減っているなと感じる。
だからこそ私を上手くコントロールしてくれる友人も、誘ってくれないと指摘してくれる友人も大切にしていきたいと思っている。





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