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Virtual 症例帖 1 - ③

今日は上気道閉塞に対する介入をまとめていきます。まずは症例を歳消しますね。

1 歳位の男の子が、変な咳をして呼吸が苦しそうと母親に連れられて受診。
看護師が様子を見に行くとぐったりして母親に抱かれているとのことで、
急ぎ診察の依頼があった。

呼吸:ゼーゼー音がする。よく見えないが肩で息をしているようだ
循環:顔色が悪い。チアノーゼ? 蒼白?
意識:なんとか視線は合うが、母親にしがみついている

母親に抱かれながらですが、胸郭は動いているようです。しかしお腹で呼吸をしています。息を吸い込むときに低く響くような音がしています。

呼吸数は40 -50 回/分、胸骨の上が吸気時に凹み、肋骨が浮き上がります。
吸気時の低い音はどうやら「吸気性喘鳴」のようです。痰が絡んだようなゴロゴロ音は聞こえません。酸素飽和度は室内気(= 酸素を吸っていない状態)で 93% をつけていましたが、酸素投与で 98% まで上昇しています。

狭窄・閉塞部位は声門より上か下か?

介入をしながら、さらに部位を特定していきます。
完全閉塞でなければ、通常声門より上の狭窄には下顎挙上が有効です。声門上の狭窄であれば、口腔エアウエイ、ラリンジアルマスクなど声門上デバイスと呼ばれるデバイスで必要時には気道確保できる可能性があります。

今回の症例では下顎挙上をしてみましたが特に変わりがないようです。
つまり声門下の狭窄を疑います。

吸引は有効か?

なにか(痰、異物、挫滅した組織など)で上気道がふさがれている場合は、吸引で痰を除去することが有用ですが、上気道閉塞の原因(感染=クループなど、アレルギー反応による浮腫)によっては逆効果になりますので、慎重な判断が必要です。
例えば肺の酸素の取り込みが悪いことで、呼吸窮迫、呼吸不全の徴候が出ているのであれば、人工呼吸を行うなど、呼吸の補助を行ってあげることで、助けることができますが、上気道閉塞は超緊急事態です。なぜなら空気の通り道が完全に閉塞してしまうと酸素の取り込みどころではないうえ、一気に進行した場合、気管チューブなど気道を確保する器具が挿入できないという自体に陥ります。つまり窒息です

今回の症例では、

痰が絡んだようなゴロゴロ音は聞こえません。

とのことなので、現時点で吸引は行わないことにします。

興奮を最小限に抑える

昨日お話ししたように、吸気が乱流になると、気道抵抗がさらに増加し、呼吸努力が増す可能性があります。保護者に抱かせたままでの診察など、安全に配慮しながらも、興奮をさせないように細心の注意を払います。点滴を取っていたら窒息したという笑えない話も耳にします。処置の優先順位も慎重に判断する必要があります。

原因を特定する

ここまでで呼吸不全の原因は、上気道さらに声門下の上気道の狭窄であると部位が特定できました。
実際には上気道の鑑別をすすめながら、次の、「循環」、「神経」、「全身観察」をざっとスクリーニングします。

「第一印象が不良」と判断した時点で、モニタリングが開始されているはずです。今回の症例では、

心拍数160回/分、不整なし、血圧 87/45 mmHg
意識 A/AVPU
体温 38.5℃

でした。AVPU というのはPALS (Pediatric Advance Life Support)コース内で推奨されている意識障害の評価方法で、大脳皮質機能の指標として用いられます。

Alert(意識清明):刺激に対して「適切に」反応する
Voice(声):呼名によって反応がある
Painful(痛み):痛み刺激に反応する
Unresponsive(意識なし):刺激に反応しない

ここまでで、少なくとも低血圧ショックには到っていない、感染に伴う声門下の上気道閉塞と判断出来ます。

特徴的な症状はないか?

今回の症例をよく観察してみると、

刺激で容易に咳き込むこと。
席はオットセイが吠えるような咳であること。

が解りました。いわゆる犬吠様咳嗽というやつです。この時点でクループを鑑別の第一に挙げて、アドレナリンの吸入を試みることにしました。

クループについては、この特徴的な咳嗽から、トリアージをしているときから既に疑われることが多いですが、それにとらわれることなく、系統的に評価をしていく必要があります。実際、クループというフレコミで搬送された患者様が、喉頭軟化症や、神経筋疾患(ギランバレー症候群、ボツリヌス中毒など)による気道閉塞であったということも経験します。アドレナリンの吸入で改善以内場合など、さらに焦点を絞った診察と検査を行い、鑑別を薦めていくことになります。

本児は、アドレナリンの吸入により呼吸数が30-40回/分に落ち着き、陥没呼吸も軽減したものの、重症度が高いと判断され、デキサメサゾンの内服を追加、ERでの経過観察の後、改善をしたと判断され、帰宅となりました。

クループの治療についてはまた別の機会にまとめます。

まとめ

今回は呼吸不全の症例でした。
ERでの実際の診療(思考過程)に沿って、疑似体験していただきましたが、如何だったでしょうか。特定の症状に固執せず、呼吸を分解する過程にそって、系統的に判断をしていくことが大切です。





小児科、小児集中治療室を中心に研修後、現在、救命救急センターに勤務しています。 全てのこども達が安心して暮らせる社会を作るべく、専門性と専門性の交差点で双方の価値を最大化していきます。 小児科専門医/救急科専門医/経営学修士(MBA)/日本DMAT隊員/災害時小児周産期リエゾン