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睡眠と鎮静は違うのか?

鎮静の「プロトコール」

● MRI / 脳波は、トリクロリールシロップ 0.7 ml / kg をミルクと投与
  → 途中で起きたとき、眠らないときは半量追加
● マルク(骨髄穿刺)は ケタラール10ml+セルシン1A+5%ブドウ糖液
 90ml のカクテルを 1 ml / kg ずつ滴下で調整。寝たら止める。
 起きたら追加
● 但し書きとして、「呼吸と循環に気をつけて使用する」。

どれもこれも、私が研修医の時に上級医から教わって、「方法論」として、「●●の検査の時は〜〜」と覚えたプロトコールです。

当時は疑いもなく、たくさんの子どもたちに投与してきましたし、多くは「安全に」検査を終えられたと思っています。しかし、小児救急・集中治療を志し、ある病院の小児集中治療室に見学に伺ったとき、

「MRI の鎮静はどうやってる?」

と聞かれて、自信を持って「必要な時はイソゾールで!」と答えました。そのときに対応してくださった小児集中治療科医の重鎮某先生は、

「先生そのうち人を殺すよ」

と。当時はムッとしたもので、

「いざというときの "対応" ができれば大丈夫ですよね?」

と言い放った記憶があります。今考えると、無知とは恐ろしいものだと、思います。

昨日ご紹介した、MRI のガイドラインに
1. 鎮静薬は自然睡眠と全く異なる
2. 鎮静の深さは「一連のもの」である

と示されている理由がここにあります。

鎮静と自然睡眠の違い

麻酔薬によって、以下の変化が起こります。

1) 喉頭周りの筋肉の弛緩により上気道の構造が保てなくなりやすい
  → 自然睡眠でも起こり得るが程度が強い。かつ反射がなくなるので
            誤嚥・痰づまりのリスクは上がる

2) 二酸化炭素貯留、低酸素に対する呼吸の反応が鈍くなる
  → 呼吸の変調による代償がききにくい

3) 分時換気量が低下する(1回換気量が低下し、呼吸数は上がりやすい)

4) 呼吸刺激は低下し、最終的になくなる

  → 自然睡眠でも生じうるが、呼吸刺激が無くなることは無い

5) 胸郭が弛緩する結果、機能的残気量が保てなくなる


小児の気道はただでさえ狭く、これらの変化はすべて致命的となります。

鎮静の深さは「一連のもの」である

薬剤を用いた鎮静の深さは、

minimal sedation
 認知機能などは落ちているが、呼べば命令に従えるレベル
moderate sedation
 声による命令にしたがえる。年長児ではinteractiveな会話が可能
 呼吸に対する介入は不要
deep sedation
 何度も呼んだり痛み刺激により、合目的的な動きができる
    呼吸機能障害+
general anesthesia
 痛み刺激でも起きない。呼吸機能障害+

と分類されますが、それぞれの境界は曖昧で、徐々に(あるいは一気に)上記のカテゴリー範囲を超えた深度になり得ます。

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この為、minimal sedataion のつもりが、いつの間にかdeep sedationになっており、対応の範囲を超えてしまっていた、境界線を越えたことに気づかなかった、、、ということが起こりえます。
この為、アメリカ小児科学会のガイドラインではそれぞれの鎮静レベルを担当するものは、ひとつ以上深い鎮静に対応出来る技術を持っている必要があると明記しています。

【参考文献】
Pediatrics 2006;118;2587-2602



小児科、小児集中治療室を中心に研修後、現在、救命救急センターに勤務しています。 全てのこども達が安心して暮らせる社会を作るべく、専門性と専門性の交差点で双方の価値を最大化していきます。 小児科専門医/救急科専門医/経営学修士(MBA)/日本DMAT隊員/災害時小児周産期リエゾン