文系と理系の分かれ道

我が家の息子福山は工学部で学ぶ理系男子である。

理系男子の割に、現国にも強くって、読書家でもある。

アジフライも高校時代理系クラスであったが、息子福山の理系センスは、中1の頃に越された感がハンパなかった。

アジフライが理系になったのは、幼稚園から小学校中学年まで通った珠算教室が分岐点ではなかったか。しかしながら、珠算の応用問題に特化していたアジフライは、暗算がにがてで、珠算の道を挫折した。

それとともに、進学塾を中1の時に中2病でドロップアウトしたから、学校の授業だけが命の綱だったが、幸いにもアジフライには時間がたっぷりあった。中2の夏休みに夏期講習で現役レントゲン技師による理科の授業を受けて、理科にはまり込む。

中3の夏休みは、うすっぺらい中学校3学年分の理科の復習が出来る問題集をやり、理科が得意分野へとなる。

それがきっかけで、通信教育の中学校理科の赤ペン先生になり、指導するまでとなったのであるから、人生何が起こるかわからない。

しかしながら、理科を息子福山に指導したかと言われるとノーである。

先ほども言った通り、息子福山が中1の時には、すでに越えられていたからである。

息子福山が保育園に通っていた頃、息子福山とお湯に浸かりながら、倍々ゲームを楽しんだ。

1+1,2+2,4+4,8+8.。。と延々に息子福山は唱えて行った。

小学1年生の時には、学校からプリントを頂いて、数検の分数の講座を受講させた。

アジフライが手を下したのは、それぐらいである。

数学と理科で、中1の時に通っていた進学塾の模擬テストで偏差値69をたたきだしてから、息子福山のビックマウスが始まったのである。

中学2年の時に息子福山は反抗期に入り、進学塾をドロップアウトするが、なんの根拠もないのに、ビックマウスは続いた。

高校でも理系クラスに入り、工学部に入学したのである。

アジフライは、小学6年生の頃に、算数の面白さにはまり、分厚い問題集のたくさんの問題を解いて行ったものであるが、息子福山は理系が楽しくて、理系に進んだと感じた事は皆無である。

工学部の留年しやすい学科を専攻し、このたび留年することとなったが、どのタイミングで息子福山が理系男子になったのか疑問である。

小学6年生の頃に、ふきこぼれて飢えていた息子福山に、自分が解いていた、分厚い問題集を与えてあげれなかったことに悔いが残る。

コロナの影響で、大学の新学期開始がもっと遅れそうである。

また、新たな戦いが始まる息子福山であるが、今は嵐の前の静けさで、友人とPS4に興じている。

大学に通い始めてからは、ビックマウスは消えている。IQは高いんだと自慢げにいう息子福山は未だ存在しますけどね。

文系と理系の分かれ道って何なんですかね?

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