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MELODY&NUTS #13 PAST Ⅲ

『東堂真一郎って知ってるか?』

『ジャズ界の大物じゃないか
 知らないやつの方が少ないんじゃないか』

『俺は東堂真一郎の息子なんだ』

ディーはとても驚いた顔をしている
鳩に豆鉄砲とはこんな顔を言うんだろう

『嘘だろ?
 何でそんなお坊ちゃんが
 DoAなんかで悪さしてんだよ』

『こっからはナッツにも
 話してないことだから
 黙っててくれるか?』
ディーは黙ってうなづいた

『東堂家は三兄弟で
 俺はその末っ子で奏っていうんだ』
『奏だからメロか』
『子供の頃から俺も
 サックスをやらされていたんだけど
 全然才能がなくてさ
 兄も姉もどんどん上手くなって
 みんなから褒められて
 段々距離を感じてきたんだ
 劣等感ってやつ』
『それはきついな』
『父は思い通りにならない俺に
 きつく当たるようになってきたんだ
 元々好きでサックスを
 始めたわけじゃないから
 追い詰められるに従って
 サックスを呪うようになり
 12歳の時
 ついに爆発したんだ』

『俺もメロの立場なら
 きっと爆発していたと思う』

『ある日学校で
 夏休みの計画を発表する授業があって
 家族で遊園地へ行く人だったり
 友達と林間学校に行く人だったり
 みんな楽しそうに
 夏休みの計画を話していたんだけど
 俺の番が回って来て
 言葉に詰まったんだ
 何も話すことが無いって
 笑って誤魔化したけど
 みんなにとっての
 当たり前が
 俺には当たり前じゃなかったことに
 その時初めて気付いたんだ』

『小さい子供にはわからないもんな』

『家に帰って母を問い詰めた
 俺には当たり前が無い
 サックスなんか吹きたくない
 父の顔も見たくない
 音楽なんて二度とやるもんかーって
 そしたら母は

『今まで我慢させてごめんね
 お父さんには私から話すから
 あなたは好きにしなさい
 自由でいいのよ』

 と言ってくれたんだ』

『それなら
 めでたしめでたしじゃないか
 なんでDoAなんかに入ったんだ』

『そう簡単じゃないのさ
 俺の地獄はそこから6年続く
 更に厳しくなったんだ
 携帯なんか与えられず
 プロになった兄弟たちに
 追いつけ追い越せと
 高校進学も無くなった』
『なんでだよ?
 お母さんが話してくれたんじゃなかったのか』

『プライドの高い父は
 サックスを辞めることを
 許さなかったんだ
 それからは母にも
 当たりがキツくなって
 耐えきれなくなった俺は
 18の時に荷物も持たずに
 家を出たんだ
 それからはわかるだろ?
 だから俺は音楽が嫌いなんだ』

長い沈黙があった

『ディーごめん
 フェスには出ないよ』 

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