「つくね小隊、応答せよ、」(37)

「茂右衛門さま、良き藍の葉がとれたと、となり村の農家のものが来ておりますが、いかがいたしましょう」

小松島、金長が祀られている染め物屋の梅屋。その店で働く万吉が、主の茂右衛門にそう訊ねた。茂右衛門は驚いた顔で、

「はて?となり村に藍の農家の者がおったかのう?いやしかし、こんなに朝早くから働きものじゃ、見習わねばならん。どれ、ものを見てから、買うのを決めよう、こちらに通してくれ」

と応えた。すると万吉は間延びした声で、

「わかりましたぁ、すぐ、つれてまいりますぅ」

と言って店の表へ向かいました。茂右衛門は農家の者への茶を淹れるために台所へ水を汲みにゆきます。

農家の男は70ほどの年寄り。背中の篭に藍の葉をたっぷりと詰め、店先に立っています。

「茂右衛門さまが、藍を見たいとおっしゃっておるからあ、裏口からはいり、縁側でお見せしてくださあい」



年寄りは黙ってうなずき裏口へ回り、裏口をぎぎぎと開けると、すぐそばの蔵に鳥居と、小さな社がありました。年寄りはそれを一瞥し、懐から小刀を取りだして袖に忍ばせました。

「そこまでですよ」

背後から声がして、年寄りはぴたりと足をとめます。

「本当に見事に人間に化けるんですね。匂いがなきゃ、あなたが六右衛門だと気づきませんでした。わっちもそこまで人間にうまく化けることはできない…本当は、もっとそういうことを、あなたに学びたかった」

金長がそう言うと、年寄りは背を向けたまま、なにも言いません。

しかしやがて、しゅるしゅると身丈が縮み、たぬきの姿になりました。六右衛門です。

「わしが、なにをしようとしておるかわかるか金長」

「はい、わかります」

「ほう、そうか。それでお前はどうする」

「もちろん、あんたをとめますよ」

金長、四つ足のたぬきの姿になり、六右衛門の背中に噛みつきました。
六右衛門も四つ足のたぬきの姿になり、痛みに顔を歪め、体を勢いよくねじり、転げまわり、背中の金長から逃れようとします。かなり激しく暴れたので、背中の肉がちぎれ、そのまま金長の前足の脇の肉にかぶりつきます。金長も痛みに顔を歪め、暴れまわります。

静かな朝の染物屋「梅屋」
その店の奥の蔵のある中庭で、たぬき二匹が、血と毛を撒き散らし、呼吸荒く、無音のまま戦っています。

金長、大きく跳ね、自ら脇の下の柔らかい皮膚を裂き六右衛門の牙から逃れました。脇からはぼとぼとと血が滴り、庭の砂を染め物のように染めてゆきます。

互いに着地し、飛びかかろうとする姿勢で睨みあった二匹。六右衛門が金長の肉を、ぺっ、と吐き出します。
徐々に店の前が賑わい出し、店の者らの挨拶の声や客寄せの声が響き始めました。

金長六右衛門荒い獣の息のまま互いに飛び付き互いの喉元を狙い口を大きく開け血に濡れた牙をあらわにします金長は六右衛門の口に自分の右肘を押し込み六右衛門その肘を勢いよく噛みますと金長の肘の骨がばろりりりと砕ける音がしましたが金長痛がる素振りをひとつもせず肘をぐいいと空に突き上げ六右衛門の顎を天に向けがらりと空いた喉元にがぶりと食らいつきそうしてその喉肉を食いちぎり白い土壁には六右衛門の血と肉が秋のひつじ雲のように飛び散ったのでございました。

折れた足をかばい、三つ足で立つ金長。

喉を破られた六右衛門、白い土壁にどさりと背を預け、四つ足のたぬきから着物のたぬきの姿になりました。懐からキセルを取り出し、指先から小さな火を出して、ゆっくりとキセルの煙を吸い込みました。
喉の肉は裂けて垂れ下がり、胸元は地蔵の前垂れのように真っ赤に染まっています。年老いて傷だらけの六右衛門の目は、遥か遠くを見つめていて、空気が漏れたしゃがれた声で話しはじめました。

「わしには、一番古い記憶がある。
生まれて数年の、虫や蛙ぐらいしかとって食うしかできなかった頃の記憶よ。
親の記憶はねぇ。

わしはいつも一匹だった。仲間も親も、兄弟もいねえ。親のぬくもりなんて知らねえ。誰も助けてくれねえ。餌がなけりゃ、飢えて、死ぬだけ。

ある日、腹が減って弱りきったわしを、ふわりと誰かが抱き抱えた。
人間の子だった。6つか7つの娘っこで、俺を大事に抱きしめ、ふかした芋の切れ端を、わしにくれた。
わしは、芋を必死でむさぼった。

それから、俺はいつも神社の裏にいて、娘は食いもんの残りを持ってきてくれた。

貧しい娘だったのか、真冬でもぼろぼろの着物一枚。わしにとって、他の生き物は、食い物になるのか、敵になるのか、その二つの違いだけだった。
でも、その娘は、わしにとって餌でも敵でもなく、味方だった。ぬくもりだったのさ。

である日、娘は親に手をひかれ、神社にやってきた。不思議に思いながら、その親子の前に姿を見せると、なぜか娘は、走って逃げてった。
…そして、父親と母親は、鋤と鉈をわしに叩きつけてきた。

父親と母親は浅黒く痩せ細り、目が血走ってやがった。ろくに食ってなかったんだろ。そして娘の話にときどきでてくるたぬきのわしを、食おうと決めたのさ。

必死で逃げた。優しかったその娘の思い出も、一緒に遊んで楽しかった思い出も、娘がくれたぬくもりも、その時全部消えたよ。その両親のぜえぜえ息切れした呻き声と鼻息と、鉄と土がぶつかる火薬みてえな臭いにかきけされて、全部なくなったのよ。
おれは逃げて逃げて逃げ回った。
そしてどこをどう逃げ回ったか、小川のほとりを歩いていた。

そしたらよ、あの娘がひとりで丸まって、泣いてやがる。
わしは、ゆっくりと娘に近づいた。
娘はわしに気づいた。
驚いた顔をして、泣きながら笑い、 “ごめん” とわしに言った。娘の手には石が握られていた。
そして泣きながら、娘はわしの頭めがけて、石を叩きつけてきた。
だから、わしは、娘の、喉を、食い破った。
ぬくもりだと、仲間だと思ってた…だが娘は、わしを、寂しさを埋めるためのおもちゃと、食いもんにしか思っておらんかったのだ。人は弱いものからしか奪えない。だから、強いものは弱いものから奪い、われわれたぬきは筆や革にされるのさ。金長、結局、これが、たぬきと人の関係よ」

六右衛門は、キセルを叩き、灰を地面に落としました。
そして、遠い目から、金長をぼんやりとした目付きで見つめて言います。

「金長、わしはお前が嫌いだ。人間への恩?
あいつらはわしらを、筆の材料か食い物かおもちゃにしか考えてねえ。
そんな人間どもにしっぽ振って、位を授けて貰うために、わしのところで修行をする?ふざ…けるな…わしは、お前が、嫌いだ、金長」


「たぬきだ、ひとだと、なぜそのように線引きをしたがるんですか。良い人間もいれば、悪い人間もいて、腹が減ってしかたなく過ちを犯す人間もいる。それはわっちらたぬきも同じでしょう。
人間だから悪いと決めつけるならば、たぬきだから筆や三味線やたぬき汁にされて当然だという人間たちと、まったく同じじゃないですか。
それに、茂右衛門さまは、人間も、他の生き物をも慈しむ心を持っておられる。損得じゃない。通りすがりの見知らぬたぬきであるわっちを助け、何も求めず去って行かれた。
わっちはその心に光をみた。だからわっちは茂右衛門さまの力になりたい。
だから、あなたが茂右衛門さまを殺すというのなら、わっちはあなたを、殺す」

「ああ…そうだな。…その答えでいい…お前とは話をしていても、おもしろくはない」


六右衛門四つ足のたぬきの姿になり毛を逆立て大きく息を吸いけたたましくひとつ大きく吠え血をしたたか吐きまして金長せめて六右衛門がこれ以上苦しまぬようにと落ちていた六右衛門の小刀を口に咥え六右衛門の喉元に向けてとびかかりましたがしかし身体中に鋭い痛みがネズミの駆け回るように走り金長驚いて自分の体を見るとさきほど六右衛門の吐いた地面の血だまりから槍や刀や矢が突きだし金長の体を貫いておりました金長意表を突かれて驚き血をしたたか吐きましたがすぐにその血を操って縄に変化させ六右衛門の首をぐるりとくくり庭の松の木の枝にかけて六右衛門を吊るしました六右衛門苦しそうに二度三度震えてからぼとぼとと血を身体中から吹き出しながらも印を結び力を込めると金長に突き刺さる槍や刀や弓矢が植物のように金長に金属の根を張りはじめました金長の体中に鋭い針のような根が張り巡らされてゆきばきぼきと体中の骨が砕け金長も負けじと印を結び六右衛門の首の縄をきつく締め上げました六右衛門ゆっくりと目をつむりだらりと両手が藤の花のように垂れ下がり金長に突き刺さっていた数々の刀や槍が血に戻り金長はぼとりと地に落ちそして六右衛門をくくっていた縄も血に戻り六右衛門ぐちゃりと地に落ちました。

金長は横たわり、息絶えた六右衛門を見つめたあと、蔵の社を眺めました。
今日も、いつもと変わらず、握り飯がお供えされています。
雀たちが語り合う、気持ちのよい、小松島の朝です。


「金長さま!」

塀の上に小鷹、熊鷹がいて、すぐに塀を飛び降り駆け寄ってきました。

「きっ、金長さま!!」
少し遅れて、肩を押さえたお竹が同じように塀の上に立ち、叫びました。
三匹は、金長を見て、六右衛門を見て、すべてを悟ったようです。お竹は、懐から包帯や薬を取りだし、慌てた様子で手当てを始めました。

「お竹、怪我したの?大丈夫?ちゃんと手当てした、の?お竹、その、ありがとう、でもいいよ、その薬や包帯は、他のたぬきたちに使ってよ、もう、わっちは、たぶん、むりだから」

お竹はそれが聞こえぬかのように必死で包帯を巻いています。けれども、傷がたくさんありすぎて、傷を塞げば塞ぐほど、他の傷から血が溢れてきます。お竹は、わたしがたすけますわたしがたすけますので金長さまどうかどうか命だけは金長さまどうか、と呟き、涙をぽろぽろ落としながら包帯を巻き続けます。

小鷹熊鷹は、なにもできずにそれをただ呆然と眺めました。血だまりのなかに金長さまが寝ている。いくら金長さまでもこれでは助からない、と絶望的な顔をしています。

「金長さま、血が、血が止まりません…金長さま……!」

お竹が泣き叫ぶと、金長は少し笑って言いました。

「無理だよ、お竹。わっちがこうなるのは、これは、当然なんだよ。戦うって、つまりは、こういうことなんだ。他のみんなにも、悪いことを、したなぁ…」

金長は、小鷹、熊鷹を見上げました。
小鷹熊鷹は我に返り、金長のそばにひざまずきます。

「俺、たぶん大鷹に怒られる。大将、なにこっち来てんすか、って…怖いなぁ、やだなぁ…あ、でも、お前たちが存分に戦い抜いて勝ったこと、ちゃんと伝えておくから…安心して…」

小鷹は、悲痛な面持ちで、深くうなずき、金長は続けます。

「そしてさ、小鷹、お前に、お願いすることがあるんだ…小鷹、お前に、小松島を任せたい。ほかの先輩のたぬきたちとよく話し合って、相談して、今よりもいい場所にしてよ。な?みんなきっと、助けて…くれるから」

小鷹、驚いた顔をして、そんな大仕事は自分には無理です、と首を横に振ろうとしましたが、お竹、呆然とした顔をしていましたが、意を決したように涙をぬぐい大きな声で返事をしました。

「かしこまりましてございます!小鷹さまの影となり、お支えいたします!」

そしてお竹は小鷹を強い眼差しで見つめます。
その目は、さまざまなことを語っていました。
小鷹はさまざまなことを思い、考え、そして姿勢を正し、言いました。

「かならずや、小松島をもっとよいところに、してみせます!金長さまが、思わず羨むような、そんな小松島に!」

金長は柔らかくほほえみました。

「はて、農家の者は、遅いな……何をしておるのだ…入り口がわからなかったかの…?ん?おや…なにかおるな?猫でも入ってきたか?ん?な、何事だ?!」

縁側の障子が開き、茂右衛門が顔をのぞかせました。
庭には血が飛び散り、白壁も赤く染まっています。
その中に、数匹のたぬきが集まっていました。

横たわった二匹。
横たわった一匹のたぬきを囲む三匹。

「な…なんと…こ、これは…た、たぬきか…?」

突然人間が現れたので、小鷹、熊鷹、お竹は、すかさず四足のたぬきの姿に戻りました。

「お、おまえたち、どうした、なにがあったのだ、こ、こんなに怪我をして…どうした?な、なにがあったのだ…おい、お前、お前は、ま、まさか、金長か?」

茂右衛門、囲まれている血だらけのたぬきのほうへ歩み寄りました。
金長は、力を振り絞り、起き上がろうとしますが、ぴくぴくと体が動くだけで起き上がれません。

「茂右衛門さま…も、申し訳ございません…位を、位を授かるはずが…位を、授かることが、でき、ませんでした…申し訳ございません…」

茂右衛門、血だらけの金長を抱き上げて叫びました。

「おい!誰か!医者を呼んでまいれ!!金長が怪我をしておる!誰か!!」

金長、首を振ります。

「茂右衛門さま…わっちは、もう今日が最後です…助かりません…茂右衛門さまお約束が守れず…申し訳…ござません…」

「金長、なにを弱気なことを言っておる…お前が倒れれば、森の藪たぬきたちはどうなる?」

「大丈夫です…跡目は、この、小鷹に譲りました…彼なら、絶対に…大丈夫…」

茂右衛門は小鷹の方を見ました。
四足の小鷹、悲しそうな潤んだ目をしながらも、頭を少し下げて、茂右衛門に挨拶をしました。

「茂右衛門さま。小鷹と申します。実は、位を授かる修行の最中、このようなことがございまして…」

小鷹は茂右衛門に、ことの顛末を話しました。茂右衛門は、金長を抱いたまま、悲痛な面持ちで小鷹の話しを聞きます。

「そして六右衛門は、金長さまが慕う茂右衛門さまを殺そうと企てたのです。金長さまは、茂右衛門さまをお守りしようとして…」

茂右衛門は信じられないといった顔で血だらけの庭をゆっくりと、見渡しました。

「も、茂右衛門さま!どうなされました!」

次々と従業員たちが集まってきて、この惨状を目にして口々につぶやきました。

「ま、まさか金長!」
「金長なのか!!?」
「金長が怪我を!」
「なんと…なにがあったのか…」

茂右衛門は、金長の体を撫でました。

「金長…わたしを守るために、お前はこの傷を…?」

金長、空をぼんやりと眺めています。はるか上空にはトンビが翼を広げて漂っていました。

「命を救ってくださった茂右衛門さまに、命分の恩返しをしたかったから…なんとか、茂右衛門さまを、守れて、よかった、です…でも、あまりにも、たくさんたぬきが…死に過ぎちゃた…あっちで、みんなに、ちゃんと謝らなきゃ…」

金長の体が、茂右衛門の腕のなかで、泥のように力なく垂れてゆきました。

お竹、金長に飛びついて大粒の涙をぽろぽろと落とし、叫ぶようにして言いました。

「金長さま!病をもつ父を、いつも気にかけてくださり、何もできぬ私をお側に置いて、さまざまなことを教えてくださり、わたくしは、わたくしは、金長さまに、金長さまを、命をかけてお守りするはずだったのに、金長さま!このわたくしの恩は、どなたにお返しすればいいのですか!金長さま!金長さま!」

小鷹熊鷹も、声をあげて泣き始めました。

「わたくしは…一本松のお竹は…、金長さまを、わたくしの命が消えるその寸前まで、わすれはしませぬ…長く長く生き、ずっと、ずっと、忘れませぬ!…金長さま…金長さま…この世に生まれてくださり…ありがとう…ございました…」

お竹は、金長を抱きしめながら静かに言い、梅屋の従業員たちも、袖で涙を拭っています。茂右衛門は、寂しそうな顔で優しく金長を見つめ、お竹の背中をぽんぽんと優しく撫でてやりました。


その後、金長は小松島に丁重に葬られ、六右衛門は、津田に引き取られ、津田の穴観音の近くに葬られました。

そうして茂右衛門は京都の、神祇管領長上というところへ出向きました。
金長に正一位の位を授けてもらうためです。
茂右衛門は、金長の働きを何度も何度も力説し、神官たちに懇願いたしました。

やがて、茂右衛門の熱心な働きにより、神祇管領長上は金長を正一位であることを認め、梅屋の屋敷神社である金長神社は正一位の位を名乗ることになったそうでございます。

これにて阿波狸合戦のお話は、閉幕にございます。めでたしめでたし!
なのか?これ、どうなんだ?めでたしなの?」

焚き火の消えた洞窟の中、渡邉、仲村、清水の三人は思い思いの場所に寝そべっている。

両手を頭の後ろで組み、洞窟の天井を見上げながら喋っていた仲村は、話を聴いていた二人にそう問いかけた。肘枕で横になり、洞窟の入り口から空を見上げていた渡邉が答えた。

「めでたしなのかどうかはわからんが、こんなに長い話しをお前よく暗記できたな。なかなかに面白かったぜ。仲村講談師」

「ああ、まあ、ばあちゃんが何度も話してくれたからな。本当はもっと簡素化された講談らしいんだけど、ばあちゃんが話の筋をそのたびに変えるから、場面がどんどん増えてくんだよ。で、おれも、今この場で喋りながら、同じように場面を付け足しながら喋ってるから、長くなった。話してると止まらなくなっちまったぜ」

仲村が満足そうに笑い、洞窟の一番奥で壁に背を預けていた清水が、暗闇の中で何度も深く頷いている。

「仲村、俺は、阿波狸合戦を知らなかったけどさ、なかなかに文化的な価値がある物語だと俺は思うんだよ、これは、いろいろと考察がなされると、幕末から明治にかけての日本人の価値観や考え方の遍歴がつぶさに」

「うおわわわわ!!学徒ちゃん!お前なに突然敵性言語喋ってんだよ!日本語喋れよ日本語!これだからインテリは嫌いなんだよぉ…さ!もう寝るぜ!」

「は?…いや、普通に日本語じゃん…なんだよ、せっかく褒めてんのによ、満州のやつらは、つれないね…たく」


洞窟の外を流れる川がさらさらと流れ、柔らかな水音を奏でている。


さて、この川の対岸の森の中には、あの三匹がいる。

「金長さん!とっても面白いお話でした!すごいですね!」

狐が興奮した様子でそう言うと、金長が少し照れながら、

「いや、でも、少し違うとこもあるし、まあ、でも、殆どは合ってるんだけど…でも、まあ、なんかかっこよく伝わりすぎてるっていうか…その…」

そう弁明すると、狐はそれに被せるように、

「いえ!あのお話の主人公の金長さんと!ここで!ご一緒できるなんて!!わたくしは幸せ者です!握手してください!握手!」

狐は興奮して肉球を突き出し、金長は照れながら自分の肉球を合わせました。
すると狐は早太郎を見て、

「ねえ!早太郎さんも、楽しかったですよね!すごかったですよね!ね!」

と同意を求める。
するとなぜだか早太郎は、ほんのり照れたような顔でそっぽを向き、

「ああ、まあ、うん、たの、楽しかった…」

とつぶやいた。

「ほら!じゃあ!金長さんと握手してもらったほうがいいですよ!小松島方の総大将の金長大明神ですよ!」

狐がまくしたてると、金長が照れて狐を制しますが、早太郎が金長に近寄ってきて、肉球を差し出した。

「なかなかに…いい…話だった…あの、仲村の語る、お前の話…」

早太郎は、照れている。金長も、照れてしまって、二匹はお互い照れながら、肉球を合わせた。

「いや!それにしてもいいお話でしたね!あ、わたくしが気になったのは、やっぱりお竹さんですね、金長さんはお竹さんの気持ちにいつから気づいてたんですか?」

「…え?き、気持ち?…というと?」

早太郎と狐が、まじかよこいつうそだろ、というような固まった顔で金長を見た。金長はわけがわからず、きょとんとしている。


がさっ

「お、こちらにおられましたか」

三匹の背後の茂みから声が聞こえてきた。突然の見知らぬ声に、三匹は身を固くする。

「あらあら、一体どなたでしょうか。こんな夜更けに、しかも、背後から」

狐が真顔で声に向かって訊く。
声の主は闇に紛れて姿が見えない。

しかし、姿は見えずとも着実に一歩一歩こちらに歩み寄ってくるのが聞こえてくる。三匹はさらに体を固くした。
声はひとつだったが、歩み寄ってくるその足音は、ひとつではない。数十の足音が、三匹に近寄ってくるのだ。

「くそ、こんなにいんのに、気づかなかった…こいつら、なんだ?…敵か?」

早太郎が悔しそうに吐き捨てると、

「てきかどうかは、やまとのかたがたのおこないしだいですよ」

声の主が、ゆっくりと姿を表した。


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