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「つくね小隊、応答せよ、」(32)


背中から火縄銃を取りだし、衛門三郎に向けた千住太郎。衛門三郎は、食器の縁についた蝿を見るように千住太郎を見つめています。

「はっぁ!さっきまでの威勢はどうしたんだよじじいっ!噂に名高い衛門三郎も、鉄砲にはかなわねぇかあ!そうだ!てめえの死骸はよ、人間に売り付けて、俺はその金で酒を買って酒盛りをするからよ、じじいはたぬき汁にでもされて人間のケツの穴から肥溜めに直行してろ!」

「…さんざん年寄りだと罵倒しておきながら、刀を抜けもせぬか。元締めの子にしては、三下の戦い方だな。親の面汚しだ、千住太郎とやら」

千住太郎舌打ちをして引き金を引きます。

が、弾が出ません。

「千住太郎様、火縄に火がついておりませぬ。さあ、こちらをお使いください」

脇に控えていた千住太郎の護衛たぬきが、種火を差し出しました。

「うるせぇ!そんなのわかってんだよっ!余計なことすんなっ!」

千住太郎は種火を受け取って火縄に火をつけ、もう一度引き金を引きました。

ばごんっ!  ばぶちゅんっ!

勢いよく火薬が爆発し、弾丸が衛門三郎の額をつらぬきました。

ぶちんっ!

衛門三郎、どさりと膝をつき、倒れました。

「けっ、口だけのじじいかよ。おい、お前たち、あの衣紋掛けなんとかってじじいの死骸を棒に縛れ。あとで町に運んでって金に替えるぞ」

数匹のたぬきたちが衛門三郎に駆け寄り、手足を棒に縛り付けました。

「おい、三吉そっちをしっかり縛ってくれ」
「分かったよ、おい、そっちもしっかり縛ってくれよ、前足の方は縄が抜けやすい」

そして数匹で衛門三郎を担いでやってきました。

すると、縛られた衛門三郎が泣きわめきます。

「せ!千住太郎さま!お!お助けください!わたしです!」

頭を撃ち抜かれているのに、衛門三郎がしゃべったので、千住太郎たちはびくりとしました。千住太郎、脇差しを抜き、首もとを切ろうとしますが、衛門三郎が泣きわめきます。

「ちちちちちがうっ!千住太郎さま!わたくしです!私は衛門三郎ではありませぬ!化かされておるのです!!」

千住太郎が笑うと、ほかのたぬきたちも笑います。それでも衛門三郎は泣きながら続けます。

「さっき、あの!衛門三郎とかいうじじいに触れた瞬間、からだが入れ替わってたんです!わたくしは衛門三郎ではありません!三吉です!」

「三吉?なんだと?ほぉ…お前が三吉だと言うなら、こっちの三吉が衛門三郎って言うのか?」

千住太郎、棒を担いでいた三吉に歩み寄り、脇差しを喉元に押し付けます。棒を担いだ三吉、黙って脂汗を垂らし、小刻みに首を左右に振ります。

「わ、わたくしは三吉です…こ、こいつが嘘をついておるのです!千住太郎さま、信じてくださいっ!!」

千住太郎、少し悩んでから、なにかを思い付いたように棒にぶら下がった三吉と名乗る衛門三郎の喉を突然裂き、そしてすぐさま棒を担いだ三吉の喉も同じように裂きました。

護衛のたぬきたちは、担いでいた棒を離し、千住太郎から後ずさりします。

「せ、千住太郎さま…どちらかが三吉だったかも…しれぬのですよ…」

護衛のひとりが呆然として言います。

「はあ?化かされる方が悪いだろうが。三吉の命と引き換えに、おれたちはじいさんの首をとったんだ。おい、そんなことよりお前ら、俺が討ち取ったんだ、早く俺の名を叫べ」

護衛の者達は、倒れた三吉を囲みながら、悲痛な面持ちです。

「おい、何やってんだ。お前ら芝居小屋にでも来てるつもりか?たぬきが死ぬのが戦だろうが。早く勝ち名乗りをあげろ」

「し、しかし、恐れながら、千住太郎さま、三吉しか知らぬ質問などをして、本人かどうか確かめることも出来たのでは……」

「…は?おまえ、護衛の分際で、元締めの息子のおれに意見すんのかこら?」

すると別のたぬきが、俯いて小声で言います。

「……三吉は、ついひと月前に、子狸が生まれたところでした…でもこの戦が決まった時には、“命に代えてでも千住太郎さまをお守りする”と申しておったのです…その三吉を…あんまりじゃない…ですか…?」

「…知らねえよ。こいつがそう言うんなら本望じゃねえか。立派に本懐を遂げたよ、おい、いいから勝ち名乗」

「三吉というたぬきには悪いことをしてしまった…いかにこのような出来の悪い小僧であっても、己を守ってくれておるたぬきには手を出さぬだろうという、わしの誤算じゃった…」

棒に繋がれた衛門三郎の死体が、喋りました。しかしその死体はすぐに棒に変わり、衛門三郎を繋いでいたその“棒”が衛門三郎になりました。

棒を担いでいた三吉は本物で、棒に繋がれていた衛門三郎は棒を化けさせた偽物だったのです。

衛門三郎、立ち上がり、千住太郎は、後ずさりして腰を抜かし、後ろ向きに倒れました。

「護衛のたぬきたちよ。わしはもう本気を出す。お主達は逃げてもよい」

衛門三郎は言いました。千住太郎は腰を抜かしたまま、必死に護衛のたぬきたちに命令をしています。

「おい!てめえら!何してんだ!斬れ!斬れ!!!斬れええええ!!」

護衛のたぬきたちは、沈痛な面持ちで、刀をゆっくりと抜き、千住太郎の前に立ち、衛門三郎を見ました。

「とととととっとと!とっとと斬れ!斬れ!斬れ斬れ斬れ斬れ!はやく!斬れ!」

そう言いながら、千住太郎は這ったまま衛門三郎から逃げています。

護衛のものたちを捨て石にして逃げるつもりのようです。

護衛のものたちは声が遠ざかってゆくのを感じ取り、ゆっくりと刀を下げ、三吉を見て、涙を流しました。

衛門三郎ゆっくりとひざまずき、三吉の亡骸の目元に手をあて、目をつむらせてあげてから、丁寧に手を合わせました。護衛のたぬきたちに背を向けておりますが、たぬきたちは衛門三郎に斬りかかりません。

衛門三郎、立ち尽くすたぬきたちの間を素通りし、千住太郎を追いかけます。

「く!来るなぁ!こ!ころすぞじじい!こら!来るなぁ!元締めの息子だぞ俺は!おいこら!聞いてんのかぁ!」

衛門三郎、カッと目を見開くと、背中一面に炎が立ち上り、真っ赤な目、赤い口を開き、大声で怒鳴りました。まるで不動明王のようです。

「行いで示せ!!!!!!」

その気迫に、這っていた千住太郎はぴくりと動きを止めました。

「元締めの子であるというのなら、部下を捨て無様に逃げるのではなく、行いで示してみよ!!!!」

すると千住太郎、震えながら立ち上がり、刀を抜いて衛門三郎の腹を刺そうと走り込みました。しかし衛門三郎、杖で千住太郎の足を突き、軽々と転ばせます。

千住太郎、転んだまま刀を闇雲に振り、何事か叫んでおりますが、刀は衛門三郎に届きません。

衛門三郎、黙って千住太郎を見下ろします。千住太郎立ち上がり、上段に構えてひょろひょろと刀を振り下ろしますが、杖の先で刀の鍔を押さえられ、刀が降りません。衛門三郎、つま先で、千住太郎のみぞおちを突きます。

うずくまる、千住太郎。

見下ろす衛門三郎。

衛門三郎の杖がいつの間にやら刀に変わり、衛門三郎が刀を振り下ろそうとしました。

その時です。

「千住太郎さま!!!」

さきほどの護衛のたぬき達が駆け寄って来ました。千住太郎をかばい、みなでおり重なっています。

衛門三郎の背中の炎が消え、心から驚いた顔をしています。

「お主ら、そんな奴のために命を落とすことはないのだぞ。逃げてもよいとわしは言ったが」

するとたぬきの1匹が、刀を構えながら言いました。

「千住太郎さまが幼き頃より我々はお守りして参った。千住太郎さまが死ねば、三吉の死も無駄になってしまう!我らには、千住太郎さまをお守りするしか、道はないのだ!」

そう言って衛門三郎に斬りかかりましたが、衛門三郎の刀の腹で鞭のように膝を打たれ、崩れ落ちました。骨が砕けたようです。

残りの数匹のたぬきたちも、刀を抜き、立ち上がります。

衛門三郎以上に驚いているのは、千住太郎です。荒い息でぼろぼろと涙を流しながら、護衛のたぬきたちの背中を見ながら、小声で、お前ら、なんで、なんでだ、と言いながら震えています。

千住太郎は、幼い頃から特別扱いをされてきました。そしていつも自分のまわりにいる守ってくれるたぬきたちは、ただ六右衛門が怖くてそうしているのだと幼いながらに思ってきました。

しかし、このたぬき達は恐怖や服従ではなく、自分たちの存在理由のようなものに千住太郎を護衛するという任を据えていたことが分かりました。

千住太郎の言うことに逆らわず、いつも従い、へこへこしている護衛のたぬきたちを、千住太郎はどこか軽蔑していましたが、その彼らの意志を、そして遺志を目の当たりにして、このたぬきたちの背中がとても尊いものに見えて来ました。

だれ一匹として、恐怖に震えているたぬきがいません。恐怖に震えているのは、千住太郎一匹でした。

おれは よわい

千住太郎は思いました。



「そうか、皆、死ぬ覚悟はできておるということじゃな…それでは仕方あるまい。戦とはそういうものだ。悪く思うでないぞ…」

衛門三郎、振り上げた杖が大木のように太くなり、それを支える腕も馬の後ろ足のように筋肉が盛り上がっています。

千住太郎は腰が抜けて動けないため、護衛のたぬきたちはこの大木を受けきれないと守れません。護衛のものたちは大木を受けきるつもりのようで、肚を決めた顔つきをしています。

衛門三郎、無表情のまま大木を振り下ろしました。

その瞬間千住太郎が泣き叫びます。

「お前ら!逃げろおおおおおおおおおおおお!!!」

どぐごわああああああああああん!

大木は振り下ろされ、土煙があがり、あたりが静かになります。




ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち

土煙の下で何かが震える音がしています。

数匹のたぬきたちが大木を刀で受け必死で立っているのです。

彼だだけではありません。両手を丸太に変化させた千住太郎も必死の形相でで大木を支えています。

大地が響きわたるような衝撃を千住太郎と数匹の護衛のたぬきたちが受けました。所々骨も折れ、みなぼろぼろです。

千住太郎、血を吐きながら叫びました。

「お前ら!ぶ!無事か!」

護衛のたぬきたちも、血を吐きながら答えます。

「千住太郎さま!ご無事ですか!?」

千住太郎、血を吐きながら、ああ、と返事をして、衛門三郎に向けて叫びました。

「津田のたぬきを、なめんじゃねえぞ!」

衛門三郎、脂汗を垂らして、右手に力を込めます、しかし大木はびくともしません。

まるで城の大黒柱を押すかのように、まったく動かないのです。

しかしたった数匹のたぬきで、衛門三郎の大木を支えられるわけがありません。衛門三郎は不審に思い、千住太郎の向こう側を見ました。

するとそこには、片手で大木を受ける六右衛門が立っています。

無表情で、衛門三郎を見つめています。衛門三郎の背中を、つめたい汗がゆっくりと伝ってゆきました。

いくら衛門三郎といえど、対峙できる相手ではないということが、六右衛門のその雰囲気から分かりました。

衛門三郎は、相手を苦しませぬように、全力で振り下ろし、数十匹のたぬきを殺せるぐらいの威力を込めました。千住太郎たちが助かったのは、恐らく後ろに立っている六右衛門がその威力のほとんどを受けてくれているからでしょう。

六右衛門は何も言わず、衛門三郎を無表情に見つめています。衛門三郎は六右衛門にかなわぬ、と思いました。そして千住太郎と護衛のたぬきたちは、もうほとんど戦闘不能です。ここで退いても充分だと判断し、衛門三郎は大木を杖に戻し、煙を出し、土の中に溶け込んで姿を消しました。

すると六右衛門もすぐに姿を消しました。千住太郎たちは、六右衛門の存在に気付かぬまま、ばたりと倒れました。千住太郎、這ったまま護衛のたぬきたちのもとへゆきます。

「だい、じょうぶか?いき…てるか?」

護衛のたぬきたちはうなづきました。すると千住太郎はつぶやきます。

「おまえたち…すまん、三吉も、すまん…三吉の嫁にも、生まれた赤子にも…すまん…」

護衛のたぬきたちと、千住太郎は倒れたまま、しとしと涙を流し、そして気絶しました。





金長、勝浦川の北側の森の中に立っております。戦の喧騒から離れた場所で一匹、大鷹の死んだ場所に立ち尽くしているのです。

金長は、まだ心の整理がついておりません。自分が位を欲しかったばかりに、茂右衛門に恩返しをしたかったばかりに、津田へ修行に来ました。そして津田のたぬきたちに大鷹の命を奪われてしまいました。

金長が茂右衛門に助けられずに、死ねばよかったんじゃないか。

茂右衛門の店を繁盛させてそれで終わりにすれば良かったんじゃないか。

位など求めずともよかったんじゃないか。

津田に大鷹を連れてこなきゃよかったんじゃないか。

鹿の子との結婚を受け入れればよかったんじゃないか。

もっと六右衛門と話を重ねればよかったんじゃないか。

大鷹の言うことを聞かずに、一緒に戦ったらよかったんじゃないか。

さまざまな、大鷹がいたはずの未来へつながる“もし”を金長は繰り返し頭に描いては、悔やみました。

大鷹が横たわっていた血溜まりに触れ、

「大鷹」

と名前を呼んでみました。
死んだ大鷹に、さまざまなことを決めてほしいと、金長は思っています。

もしかしたら、自衛のために始めたこのこの戦も、金長の私的な復讐なのではないのか、と何度も頭をかすめます。
大鷹が死んだことの原因に自分が大きく関わっているので、本当は金長と六右衛門だけのこの問題に、皆を巻き込んでしまっているように思ってしまうのです。
しかし、皆の前では自分の悩みを吐露することはできません。
金長は、血溜まりの土を握りしめ、誰かの答えが欲しい、と願いました。

すると、そよ風が吹いて木々が揺れる音がして、その音が声のように聴こえました。

「ったく…なんのために仲間がいると思ってんすか…大将…もっと俺らを、頼ってくださいよ…ったく…」

ただの空耳でしょうが、たしかに金長にはそのように聴こえました。

「おやおや、ここだったか、金長」

振り返ると、衛門三郎が髭を触りながら立っています。

「衛門三郎さん…」

「戦況報告にきたぞ。千切山の高坊主は、小鷹熊鷹お竹が討ち取り、九右衛門、太左衛門は引き分け。そして八兵衛がお松に討ち取られ、新八が役右衛門に勝った」

「…そうか。ありがとうございます。あの、衛門三郎さん、ちょっと、いいですか?」

「どうした、金長。なにか、悩んでおるのか?」

「この…戦についてです…わっちが、もっとうまく立ち回れば、よかったんじゃないか…って…思ってるんです」

「ほう…悩んでおるのか。器の大きい者は、さまざまなことを受けねばならん。わしでよければ、話を聴こう、さ、ここに座りなさい」

衛門三郎が近くの切り株を手で指し示します。金長そこへ歩みながら零しました。

「わっちが、皆を巻き込んでしまっているように思って…」

「…そうか…しかし、金長がそのように悩んでは、毒に苦しみ死んで行った大鷹が浮かばれぬぞ?今はもう戦のさなか。悩むより、刀を抜くときではないかの?」

金長、切り株の前で立ち止まり、刀を腰から外し、切り株に腰掛けようとしたその時です。


すんッ


金長から一瞬だけちらりと閃光がほとばしり、数秒遅れて衛門三郎の胸から、血が吹き出しました。

「なななな!!おのれ!なんで分かった!!!!????」

衛門三郎、みるみるうちに姿が醜く歪んでゆき、片目に眼帯を巻き、頬に包帯を巻いたたぬきに変わってゆきました。胸には厚い鎧を身につけていたので、胸の傷は致命傷にはならなかったようです。

衛門三郎に化けていたのは、大鷹を殺した作右衛門。彼は胸を押さえながら言いました。

「なんで…俺が衛門三郎じゃねえことがわかった?」

金長、俯いた寂しい顔つきのまま、小声で言います。

「お前はさっき、“八兵衛が討ち取られた”って言った。あとは、大鷹が毒でやられたなんてその場にいない限り誰も知らない情報のはず。だから、お前は衛門三郎さんじゃない」

「ほぉ、しくじっちまったかぁ…ま、いいや、金長、お前も大鷹と一緒のとこに送ってやるからよ。おい!お前ら!出てこい!」

作右衛門がそう言うと、茂みのなかから武装したたぬきたちが数十匹ぞろぞろと現れました。皆、正規の戦装束は身につけておらず、武器もさまざまです。どうやら作右衛門直属の部下たちらしく、出で立ちはまさに、ならず者といったところ。

金長、彼らには目もくれず、作右衛門に問いました。

「お前が、大鷹を殺したのか?」

作右衛門、笑いながら答えます。

「まあな。あいつ、スズメみたいにぴーちくぱーちく泣いて小便チビりながら惨めに死んで行ったぜ!」

ならず者のたぬきたちが下品な笑い声をあげ、金長、俯いたまま言いました。

「そうか、お前が大鷹の仇か」

「ああ。そうさ。おいお前ら、やっちまおうぜ!こいつを殺せば、俺たちは津田の英雄だ!」

たぬきたちが歓声をあげると、金長は黙ったままふところから緑色の小石をふたつみっつ取り出し、地面に叩きつけました。
小石はばちばちんと爆ぜ、みるみるうちに緑色の煙がたちのぼりはじめます。

「金長の旦那はさっそく救援ののろしをあげておいでだぞ!とんだ大将だぜ!小松島のやつらは自分の部下の仇もとれねぇようななまくら大将をかしらに据えてるらしいや!」

たぬきたちはいひひひひと、みなで金長を笑っています。

しゅたんっ

すると金長のすぐそばに、何者かがひざまずきました。

「お呼びでしょうか。金長さま」

ひざまずいているのは、くノ一のお竹です。

「お、早かったね、お竹。忙しいところ悪いけど、小鷹、熊鷹をここに連れて来てくれないかな」

「かしこまりましてございます。…しかし金長さま、四天王一匹と、」
お竹はあたりをするりと見渡し、
「薮たぬきが17匹。金長さまだけでご安全でしょうか…」
と心配そうに、言いました。

すると金長は、
「うん。大丈夫。薮たぬきたちは、小鷹たちが到着する頃にはいなくなってる。だから急いで連れてきてくれ。こいつが、大鷹を殺したたぬきらしい」

それを聞いたお竹が物凄い目付きで作右衛門のことを睨みつけました。作右衛門、刀を抜いて肩に担ぎ、

「めっちゃ可愛いたぬきじゃねぇかよぉ、おい金長、おまえごときのやつがこんな可愛いたぬきはべらせてもったいねぇって!ねぇ、くノ一ちゃん、そんな大将捨てて津田においでよぉ、俺たちで可愛がってやんよぉ?」

作右衛門、大袈裟な身振りでお竹を挑発し、薮たぬきたちが犬の遠吠えのように沸き立ちました。お竹が作右衛門に飛びかかろうとするのを金長はその肩を持って抑え、言いました。

「お竹、こいつとは、小鷹と熊鷹が戦う。早く呼んできて」

取り乱したお竹は、そんな自分を恥じ、1度だけ作右衛門を睨み、すっと地面に消えてゆきました。

「ありゃりゃりゃあ…くノ一ちゃん行っちゃったねぇ…ま、戻ってきた時に加勢のやつらごと殺しちまって、あのくノ一ちゃんもいたぶってなぶり殺しにしてやればいいか。さ、戻って来る前にやっちまうぞお前ら!」

すると、金長に向けて、17匹の薮たぬきたちが飛びかかってきました。金長、うつむいたまままったく動きません。目を瞑り、仁王立ちのままです。

「さすがに十数匹の同時攻撃は、金長の旦那でも防げねぇやなぁ!」

ぼむん!
むわうっ!

金長に飛びかかってくるたぬきたちの周りを当然茶色い膜が丸く覆い、それに触れた彼らはトリモチにふれた目白のように、動きがとれなくなりました。その中心にいた金長は、すん、と地中に溶けるようにして消えたかと思うと、いつの間にやらその膜の外側に立っていました。

「もがけばもがくほど動けなくなるから、気をつけてね」

金長が膜の外でそう言い放つと、膜の中の何匹かが刀を振り回しながらなにごとか喚いています。金長は膜に手をかざし、膜をもう少し小さくしました。

どむんっ

膜の外からでもたぬきたちの動きがわかるほど膜はたぬきたちを圧迫し、彼らは声をあげるだけでほとんど動かなくなりました。それを見た作右衛門、怒りに満ちた声で呟きます。

「てめぇ…ちょっと化け術が出来るからって調子にのりやがってよ…あの大鷹置いて逃げ出したのはどこのどいつだよ!」

作右衛門、刀を上に向けて抜きながら1歩踏み出し、着地と同時に金長へ切りつけました。金長、左手を少し動かし、刀を腰に携えたまま、鍔で作右衛門の斬撃を受けました。

がつじぃんッ

金長そのまま刀を握り、素早く抜きます。すると刀の刃先を鍔にからめとられ、作右衛門の刀は金長の抜刀とともに空高く舞い上がり、作右衛門の背後にぶすりと突き刺さり、目の前に金長の刀の刃先がちらついて目が眩んだ作右衛門は、足元の小石につまづいて、尻もちをつきました。

「お前達は、大鷹に4人がかりで戦いを挑んだんだろうけどさ、一応言っておくと、化け術の腕はわっちの方が上でも、剣の腕は大鷹の方が上だったんだ。だから」

尻もちをついた作右衛門の首元に、いつの間にか金長の刀の刃が当たっています。一瞬で作右衛門との間合いを詰めたのです。
作右衛門は、ひっ、と小さく悲鳴を吐きました。

「本当は大鷹はあんたなんか一撃だった。一対一の真剣勝負なら」

「…けっ、なに小便みてぇな生ぬるいこと言ってんだよ。一対一?真剣勝負?おいおいおい、一体全体この国のどの動物がそんな生き方してんだよ。もぐらだろうが狼だろうが、人間だろうが、自分にとって都合のいいやり方で相手の命を奪ってんじゃねえか。たぬきも例外じゃねえ。俺はお前のそういう子狸みてぇな考え方が気に食わねぇんだよ!」

作右衛門、脇差を抜き、がら空きの金長の脇腹に斬りかかりながら後転して背後の刀に飛びつきました。
しかし、作右衛門が脇差に手をふれた瞬間、金長は既に刀を仕舞い、もとの場所に立っています。

「勘違いするなよ。あんたの相手はわっちじゃない」

仁王立ちの金長がそう言うと、茂みの中から三匹のたぬきが歩いてきました。

小鷹、熊鷹、そしてお竹です。

作右衛門、笑いだしました。幼い子たぬきと、若いたぬき、そしてさきほどのくノ一が、四天王の一匹である自分と戦うつもりなのです。

「おいおい、金長、いくらなんでも馬鹿にしすぎじゃねえのか?俺は津田の四天王だぞ?女子供に殺されるようなやつに、大鷹は殺されたって言うのか?笑わせるぜ…ま、お前らがそのつもりならこっちは戦ってやってもいいけどな?その代わり、こっちが勝ったらあのくノ一は好きにさせてもらうぜ」


すると別の方向の茂みから、作右衛門の兄の九右衛門が出てきました。

「おい、探したぞ金長。こっちはお前のせいで、いろいろ面倒なことになってる。たっぷりと礼させてもらうぜ…」

金長は、小鷹、熊鷹に頷きかけ、そして最後にお竹を見据えてゆっくりと頷きました。

三匹とも、心得ております、というように深く頷きました。

「絶対に死ぬなよ」

金長の目はそう語っておりました。

金長、素早くはやぶさに化け、森の中を風のように抜けてゆきました。
その後を、九右衛門、鷲に化けて上空から追いかけます。

あたりが静かになりました。

作右衛門、にやにやしながら三匹を眺め、

三匹は落ち着いた顔つきで作右衛門を見つめています。

「我こそは、藤ノ木寺の小鷹なり」

「おらは、藤ノ木寺の熊鷹だ」

小鷹熊鷹がそう名乗ると、作右衛門が吹き出しました。

「おいおいおいおい!あの大鷹のお子ちゃまたちかよ!父親が勝てなかった相手に、ガキのお前らが勝てるなんて思ってるの?まじでうけるんだけど!」

その言葉を気にせず、お竹が優しい声で小鷹たちに言いました。

「大鷹さまの仇討ちは、小鷹さま、熊鷹さまにお頼みします」

すると、小鷹、熊鷹はお竹を見ず、頷きました。顔つきは、子供のそれではなく、すっかり大人の男の顔つきです。

「命をかけた場で名を名乗らぬとは無礼だぞ。父の仇よ、名を名乗れ!!」

小鷹がそう叫ぶと、作右衛門めんどくさそうに言いました。

「ったくよ、ガキのくせにみみっちいこと言うなよ、めんどくせぇなぁ。ああ、わかったよ、俺の名はよ、お前らのお父ちゃんをなぶり殺した、津田の四天王、作右衛門だあぁぁぁよ!!」

その一言に頭に血が上り、刀を握ろうとした小鷹。それをお竹が小さく咳払いをして彼を落ち着かせました。はっと我に返った小鷹、肩の力を落とし、ゆっくりと刀を抜きます。
弟の熊鷹も、するりと短い刀を抜き、言いました。

「藤木寺の大鷹が息子、藤木寺の小鷹!」

「藤ノ木寺の熊鷹!」

『参る!』

兄弟は同時にそう言って、作右衛門に左右から飛びかかりました。



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