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風呂上がりの夜道で、金槌を振りかざした女性に助けを求められ、110番通報した話。(中編)

風呂上がりの夜道。

男性にコンクリートを投げつけ、その男性の髪を鷲掴みにして金槌を振りかざす女性と、髪を鷲掴みにされた男性。
そのふたりに助けを求められた。


男性が女性を襲おうとして返り討ちにあっている真っ最中かもしれない。
もしくはシンプルに、女性が男性を襲っているのかもしれない。

この様子だけではまだどちらとも断定できない。
いわばシュレディンガーの猫である。

ぼくはシュレディンガー猫の入った箱をおそるおそる開く。


「あの、えっと、どうしたんですか……?」

すると男性は、

「タスケテ!ケイサツ!イタイっ!イタイタイタイタイ!」
と叫ぶ。

女性は何事かわめきながら金槌を男性の頭に振り落とそうとする。
なんだかわからんけど、ぼくはとっさに金槌を押さえる。

「ちょっと!さすがに危ないですよ!何があったんですか?!?」

すると女性は泣きながら叫ぶ。

「ニホンゴワカラナイ!」

「イタイタイタイタイ!ケイサツ!ケイサツヨ!」

ふたりはお互いに声を上げながら道の脇にある玄関へ入ってゆく。自転車や車のパーツや電化製品などが山積みになっている家屋だ。ふたりは玄関の門を通り、玄関から廊下へ入ってゆく。

どうやらここが彼らの家らしい。

と、なるとふたりは家族か恋人関係。
そして、ふたりの口ぶりからするに、日本人ではない。東南アジアのどこかの国からやってきたのだろう。

夫婦喧嘩はアヌビスも食わぬと言うから、タスケテとは言われたものの、放ったらかしにしていてもいいかな…。
そんなことを思っていると、ふたりは僕の知らない言語で何事かわめき合いながら狭い廊下を転げながら奥へと進んでゆく。もう家の中での夫婦喧嘩に縮小してくれるのかな?

でもどうしよ…。助けを求められたしなぁ…。
でももうこうなったら家庭内の事だから、もういいよね。…警察とか、呼ばなくていいよね…。
他の家庭に首突っ込んでもいいことないよね…。

…に、しても、こんなに大声で喚いてるのに、誰も近所の人が出てこないのはすごいな…もしかしてこの夫婦と僕だけがこの街に生存する世界線に強制テレポートさせら

「タスケテヨ!イタイヨ!!」

男性にまたもや助けを求められた。
廊下の奥で、女性に組み伏せられ、髪を引きちぎられながら、顔の上に膝をのせられている。
顔面に女性の全体重をかけられて、髪の毛を引きちぎられている!
顔面に女性の膝が乗り、髪の毛を引きちぎられている!!!!
雑草のように髪の毛が舞う。

ぼくはおもわず家に入る。
家の中も沢山の種類の家具や家電やなんらかの部品などが所狭しと散らばっている。
最初に女性が持っていた金槌も、そのへんに散らばっていたものだろう。
足元も不安定だし、少し躓いて何かで額を打つだけでも大怪我しそうな状態。
なおかつ、廊下の片側はガラス戸が何枚もあり、そこで彼らは暴れている。
男性はタスケテを連呼し、女性は大声で泣き喚く。
男性が暴れると、女性は重心を崩し、ガラス戸に倒れ込みそうになる。
それが何度も、行われる。
もし、ガラス戸にどちらかが突っ込めば、かすり傷などでは済まない。
ザックリ。
パックリである。

「ちょっと!おちつこうよ!ガラスがあるでしょ!!Glassがあるから危ない!落ち着いて!もうポリス呼ぶよ?」

すると、女性が男の髪の毛をつかんだまま、大声で泣き喚き、白目をむいて、うなづいた。
男の方も、ケイサツ、ケイサツ!と叫んでいる。

ぼくは携帯電話を取り出し、110の番号を打ち込む。
人生初だ。

「事件ですか、消防ですか?」

「えっとぉ…事件…だと、思います…」

「何が起きていますか?」

「女性と男性が、多分ご夫婦だと思うんですけど、取っ組み合いの喧嘩というか、暴れてまして」

「ご夫婦ですか?あなたはそのご夫婦のご家族ですか?」

「いや、通行人です」

「…通行人?ご夫婦はどこで喧嘩をされているんでしょうか?」

「あー、最初は路上で、ぼくが散歩してたら、助けてって言われまして。女性が男性にコンクリートを投げつけてまして、金槌とかを、振りかざしてたので止めにはいったというか」

「助けを求められたのは男性、女性、どっち?」

「両方です」

「ん?両方?!男女二人がもみ合っていて、お互いに助けを求められたということですか?」

「そうです。日本人の方じゃないです。たぶん東南アジアの人たちだと思います」

「外国人の男女二人ですね。怪我はしていますか?」

「…まだしていないですけど、ものが散乱してるので、早く来て頂いたほうが…」

「ものが散乱してる?具体的には?」

「オーブントースターとか、タイヤとか工具とか、靴とか自転車とか、なんかいろいろ、です」

「わ、かりました。まだ、けが人はいないということですね。そちらの住所をお願いします」

「住所??えー、〇〇市〇〇〇〇町〇〇丁目、〇〇番地のあたりです」

「〇〇が近くにありますか?」

「ありますけど、ちょっと遠いです。もっと東側です」

「近くに何がありますか?」

「住宅地なのでなにもないです…あ、〇〇鉄工の事業者があります」

「〇〇鉄工…あ!ありました!ここですね」

「そこではないですけど、その東側です」

「わかりました!すぐに警察官を向かわせます!すみません、通報者の方、お名前をよろしいでしょうか」

「〇〇〇〇です」

「〇〇さん、通報ありがとうございます。いま警察官向かっていますので、どうか身の安全だけは確保してください」

「はい。わかりました」

「ご通報ありがとうございます」


110番通報というものも、なかなかに難しいものだなあ。電話したらすぐ来てくれると思ったのに。住所だけではなく状況説明も求められるとは。なかなかに言語化能力が必要だ…noteやっててよかった。

ドンガラガッシャン!

男女二人の動きがまた激化し、玄関でたくさんのものが音を立てた。

「もう!危ないって言いようやんか!いまポリスよんだから!ふたりとも落ち着いて!ケガするよ!危ない!!」

すると女性が、ものすごい形相、かなり強い口調でぼくに訊いた。






Do you speak English????!!!!!!!!







ぼくは、Yesと、答える。



すると彼女は叫び、泣き、男の髪の毛を引っ張り、その背中を叩き、大声で英語で説明し始めた。





「わたしはね!朝の5時から!夜の10時までとっても一生懸命に働いてるの!!この人がね、仕事が見つからないから!!!わたしが!わたしが彼の分も、この!この男の分も!!こいつのために!2人分働いているの!!!わかる?!!見てよこのかっこう!この服で工場でずっとずっと毎日毎日朝から夜まで!朝から夜まで!くたくたになるまで!毎日毎日!!!働いてるの!!働きたくはないけど働かないと生きてけないじゃない!だから頑張って頑張って働いてるの!!!私の言ってることわかる?わかってる?!!!」

「うん、わかるよ」
彼女の背を撫でる。

「彼は、こいつは!!仕事が見つからないから、仕事を見つけるからって言って、携帯電話がほしいってそういったの。だから!だから私はね!彼にね!携帯電話を買った!!!!!!わたしが買ったの!!!!!!」

「うん。君が、うん。買って、あげたんだね。うん」

「そうなの!そうなのよ!!!それなのに!それなのに!今日10時に帰ってきたら!!!!!!この男は!この男が!!!女と!!他の女と!!!!他の女と携帯電話で!わたしが買ってあげた携帯電話で!!!!!」

「OK。要するに、彼には女の子がいるってことだね?だから、君はおこってる、と」

「そうなの!!そういうことなの!!!!許せない!!この男はわたしをうらぎったのよぉ!!!!」

そう言って彼女はその辺のもので彼を殴ろうとするのでそれを遮る。

彼は、髪の毛を引きちぎられながらも、片手でスマホを操作している。

なんらかの、履歴を、消そうとしているのだ…


ああ…


やってんな

こいつ…


「ほらこうやって!!消そうとしてる!私を騙そうとしてる!!!!!!!!」

男がスマホを操作すればするほど、女が刺激されて、どんどん攻撃がエスカレートしてゆく。
そのたびにぼくは女性をなだめねばならない。
僕は女性の背中を撫でながら、男にスマホを触らないように首を振ってジェスチャーをする。







それでも、男は、スマホを、操作し続けた。













…なんやねん…こいつ。


まじで

なんやねん、

こいつ。








玄関の外を見ると、周囲の家屋が赤くチラチラ光っている。

外に出ると、パトカーがゆっくりとこちらへ近づいてくる。
やっと来た。体感は10分ほど。

ぼくは首のライトをくるくる照らしながらパトカーへ合図をする。

パトカーが自宅の前にキキッと停まり、コンクリートブロックを照らす。


体の大きな警察官がひとり。
車を降りるなり言った。

「で、どこ?」

ためぐち…

「あ、こ、こっちです」


警察官は玄関まで一気に入ってゆき、大声で二人に注意する。

「はいはいはい!やめなさい!!!!やめろ!!!はなしなさい!!!!!」

それでも女性は男のスマホを奪おうと掴みかかる。

警察官は怒鳴る。

「離れろ!!おい!やめろ!!!!」

警察官は突然女性の襟首を掴み、玄関から一気に道路まで引きずり出しながら言った。



「やめろお前!!おい!日本語わからんのか?!あ?!国に送り返すぞきさま!!!!」



(え!??!!!そこまで言うの?!!!?到着して10秒だよ?!!)

女性は泣き崩れる。

男はスマホをいじる。

なんやねん…こいつ。




ふと気づくと、車のドアを閉める音がいくつも響いた。
パトカーが5台集まっている。
総勢10名ほどの警察官が、ものものしい姿勢で玄関の前に立つ。

女性の襟首をつかんだ警察官が、女性に質問をするが、彼女は日本語がわからない。
泣きながらぼくに助けを求める。

別の警察官がぼくに詰め寄る。

「ちょっとあんた、危ないから離れて!ここの家のひと?」

「…違いますけど」

「は?じゃあ離れて!なんでここにいるの?」

「ぼくが通報したからです」

「ここの家の人じゃないのに、通報ってどういうこと?知り合い?」

「知り合いじゃないです。通行人です。助けを求められたので通報しただけです」

警察官数人が、何故か僕を取り囲む。

「通行人?じゃあなんでこの女の言ってることわかるの?」

腕を組んだ警察官がそう訊く。

「彼女が喋ってるのは英語だからです」

「え?なに?おたく英語喋れるの?」

「はい」

「え、すごっいなぁ!そりゃあ偶然だなぁ!!じゃあ、純粋に、なんか、通りがかってたら喧嘩をしてたので通報してくださったというわけ、ですか?」
 
「そうです」

「あぁ、こりゃまた、失致しました」

警察官たちがぼくに頭を下げる。


すると、遠くにいた警官に手招きされる。

「おい!通訳!こっちだよこっち!早くこっち来いよ!」


(?!!!??税金の出どころに対して呼び捨て!!?さかも通訳じゃないし!ひとり湯上がり散歩隊だし!)

他の警察官が、その警察官の言葉を訂正させる。

「あ、いやこの方は通報者の方で、彼らとは無関係だそうです」

「はあ?じゃあなんでこの女の言ってることがわかるんだよ?」

「あ、なんか、偶然英語が喋れる方のようでして」

「はあ?すげえ偶然じゃん。まあいいや、じゃあちょっと通訳してくれる?事情聴取するから」

(態度!!市民に対する態度!あと外国人に対する態度な!礼儀作法な!礼儀な!人としての礼儀な!あと、通りすがりの人の通訳で事情聴取なんかしていいの?!ぼくちゃんと、外国人の男女って言ったよね?誰か一人くらいそういうひと連れてこれなかったの?ねえ!何なのあんたたちは?!すごく嫌な気分だよわたしいま!)

「あ、はい、いいですよ」


(後編へつづく)



















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