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「つくね小隊、応答せよ」(十二)

「聴いてくれ!俺は、大日本帝国陸軍 上等兵 渡邉道雄だ!その銃は、三八だろ?貴様が敵兵ならしったこっちゃないが、もし日本人であれば返事をしてくれ!!!」



銃声が止んだ。


しばらくの沈黙の後に、銃声の方向から声が聞こえた。

「俺は、大日本帝国陸軍上等兵、秋月だ。そちらが本当に日本兵であるという証拠を見たい。顔を見せてくれ」

渡邉がすかさず答える。

「その疑惑はこちらも同じだ。そちらが日本人であるという確証はない。顔を出した途端に流鏑馬の的にされちゃかなわん。顔は出せん」

茂みの向こうの秋月が笑うような声を出して咳き込んだ。

「渡邉、と言ったか。俺も同感、だ。じゃあ、なにか顔を出さずにお互いが、日本兵であるという確認をする方法はあるか?それともこのままお互い動かずに、牽制しあったまま即身成仏でもするか?」

「即身成仏はごめんだ。よし、じゃあお互いに、日本人じゃねえと答えられねぇような質問をするってのはどうだ」

「異議はない」

渡邉が何か考えている。

「おふくろさんの味噌は何色だ」

「俺はおふくろを知らない。爺さ、んに育てられた。爺さんは、麦味噌を使ってた。この、島の砂、浜の、砂みたいな、色だ。じゃあ、渡邉上、等兵、お前の一番嫌い、な海産物はな、んだ」

「タコの卵巣だ。ああいう小さいものが集まったのが苦手なんだ。ばあさんはあれが好きで、たこまんまっつって、よく炊いて食卓に出した。出すなといっても滋養だと言って年寄りは聞かん。よし、じゃあ秋月上等兵、お前さんの爺さんの好物はなんだ」

「干し柿だ。ひとつまるごと口のなか、にいれて、噛まず、に飴みたいに一日、中しゃぶって、たよ、歯がなかった、からな。よし、渡、邉上等兵、正、月の雑煮の具、はなんだ」

「切り餅、鶏肉、椎茸、大根、人参、里芋、かまぼこ、白葱、小松菜、筋子だ。そっちはどうだ。」

「筋子とは、め、ずらしいな。こっちは切り、餅、鶏肉、ゴボ、ウ、人参、大根、里芋、だ、おい、渡邉、上等兵、お前、まさか、料理人、か」

「ああ、そうだ。ばあさんの食堂を受け継いでる。秋月上等兵、お前もか」

「ああ、そうだ。栃木の、小さな、駅、前で、俺も食堂をやってた」

渡邉は、他の二人の顔をみた。他のふたりは、うんうん、日本人だと思う、と頷いている。

「よし、秋月上等兵、俺は立ち上がる、いいか、撃つなよ」

渡邉がそう言うと、秋月は答えなかった。

「おい、どうした、聞こえないのか、秋月上等兵」

すると、しばらくして、声がかえってきた。

「いや、すまん、実は、もう、立てないんだ」

渡邉は首をかしげた。
どうやらまだ完全に信頼したわけではないようだ。

仲村と清水に手で合図を出す。

《おれが真ん中からいくから、お前たちふたりは左右にわかれろ》

ふたりは頷いた。

ふたりが先に左右に分かれ、相手との半分ぐらいの距離に行ったところで渡邉が声をかける。

「まだ完全に信じたわけじゃねえが、それほどに調べあげてる敵さんなら、撃たれても光栄ってもんだ。だから最後の質問をして俺は出ていく、いいか」

「ああ、用心に越し、たことはない。見上げた心がけだ」

「よし、じゃあ最後の質問だ。…栃木なんて、いったいどこにあるんだ?」

するとしばらくの沈黙のあとに、少し大きめの声で秋月が返事をした。




「ごじゃっぺ言ってんじゃねえぞ、でれすけが!!」



渡邉は、にやついて立ち上がった。

「よし、じゃあそっちに行く。撃つなよ」

仲村と清水は銃を構えて緊張しているが、渡邉はにやついて歩いている。ふたりは「お、おい、だ、大丈夫かよ」という不安な顔で渡邉を見つめる。

声が聞こえた茂みを覗き込むと、渡邉と同じように、にやついた日本兵がいた。渡邉は手をあげて、仲村と清水を呼ぶ。

渡邉が秋月に詫びる。
「すまん、栃木をバカにしたわけじゃない。栃木の人間は、栃木がどこにあるっていうのを聞くと怒るからな、それで判断させてもらった」

秋月は、木に半分背中を預けた状態で横たわり、

「渡邉上等兵、貴様、性格悪いな」

と笑った。渡邉も笑う。

するとそこへ仲村と清水が合流。

「一等兵仲村であります!」

「おなじく一等兵清水であります!」

ふたりが秋月に敬礼をする。

「秋月上等兵だ」
秋月はふたりに、横たわったまま敬礼をする。


3人は秋月の敬礼した右手を見て、息をのんだ。


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