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おおかみしょうねん(下)

アイオロスがどれだけ叫んでも、誰も家を出てこようとはしなかった。


アイオロスは膝をつき、地面を叩き、砂を握りしめる。




僕が嘘をついたからだ。

僕が嘘をついたから、もうだれも信じてくれないんだ。

羊たちが殺されるのは、

父さんや母さんの大切にしたものが、

なくなっちゃうのは、

僕のせいなんだ。

また、僕の、せいなんだ。




砂の上に、ぼだぼだと涙が零れ落ちた。


「狼が出たぞぉおおおおおおお!!狼がでたぞおおおおおおおお!!!」

誰かの声が、町に響き渡る。

朝日が、教会の屋根から昇り、アイオロスにステンドグラス越しの光があたる。

アイオロスが振り返ると、パルカが叫んでいる。


「助けてくださいっ!!!狼が出たんですっ!!!!」


パン屋の娘のパルカが、「狼が出た」と叫んでいる。
多くの人達が、窓を一斉に開けた。

「おい、パルカ、そいつぁ本当の話かい?」

二階の窓から、髭をはやした男が訊く。

パルカは答える。
「…はい、本当です。狼が出たんです!」


「狼がでたぞおおおおおお!!!!」

向こうの通りでも、大柄の恰幅のいい男が声をあげている。

パルカの父だ。

人々が、次々に通りに降りてきた。

アイオロスは、パルカや父や、町の人々に向かって十字を切り、口を開け、あわあわと泣きながら人々を眺めた。

パルカが、真顔で言う。
「もしこれが嘘だったら、ほんとにあんたのこと、許さないからね。ま、とにかく、さあ、早く行くわよ」

アイオロスは涙を拭い頷いて、皆を率いて丘を駆け上った。



羊たちは、まだ一匹も傷ついていない。群れになり、狼たちと対峙している。

アイオロスは、家に立てかけてある鎌をつかみ、泣き叫びながら狼の群れに向かっていった。

「もう来るなぁぁ!
もう僕から奪わないで!
もう来ないでくれ!!
この!
くそおおかみども!
もうくるなぁぁぁ!
くるんじゃないっ!!!!」

がむしゃらに鎌を振ると、狼たちは素早い動きでそれをかわす。



「…ちょっとあんた!なにやって…」

パルカがアイオロスに大声で声をかけると、それを遮り、パルカの父がアイオロスに駆け寄ってアドバイスをした。

「アイオロス、むちゃくちゃにやってもだめだ、ちゃんと狼を見て、鎌を振れ。いいか、狼を見るんだ、そして、ちゃんと息をしろ」

アイオロスはパルカの父を見上げ、息を整え、しっかりと頷いた。


パルカの父が雄叫びを上げ、スコップを振り回す。
大きな声と、スコップのぶんぶんという聞き慣れない音に、狼たちが後退りしてゆく。

パルカの父は、スコップを勢いよく振り下ろす。スコップは石に当たり、火花が散る。

狼たちは、唸り声をあげながら、アイオロスとパルカの父を睨みつける。

パルカが駆けつける。
彼女の両手にはフライパンが握られている。

がんがんがんと2つを叩きつけ、パルカは、わああああああああああああ!と、大きな声を出す。

他の大人たちは、その様子を見ながら口を押さえ、涙を流している。

やがて数十人の大人たちが、アイオロスのまわりに駆け寄ってきた。

彼らは大声を出し、手に持った道具で音を出し、狼を威嚇する。

アイオロスは、鎌を振り、大人たちは、音を出し、大声を出す。

それはまるで、声援のようにも見えた。




「おまえらにはもう奪えない!
僕がここを守る!!!
何回きても同じことだ!
もう奪えない!!!」


アイオロスは、一番大きな狼に鎌を振り下ろし、大声で叫んだ。

狼達のそれぞれの目に、恐怖の色が宿り始めた。

そして、狼たちは、尻尾を丸め、森の中に走り去って行った。





アイオロスは、膝から崩れ落ち、叫んだ。


「うううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

父さああああああん!
母ああああああああああさん!
ちゃ、ちゃんと、今度は、
こ、今度は…守れたよ!

お父さん!
お母さん!!!
守れたよおおおおお!!!!

うわあああああああああああん!」


アイオロスが、草原の真ん中で、泣き叫ぶ。

大声で泣き、
嗚咽し、
しくしくと泣き、
うつむいて涙を拭い、
やがて顔をあげて立ち上がる。


大人たちが、ゆっくりとアイオロスに歩み寄ってきた。

皆、口々に、よかった、よかった、と呟く。

そしてそれぞれが、アイオロスに声をかけ始めた。

小麦屋のおじさん
「アイオロス、立派じゃねえか!かっこよかったぜ!」

仕立て屋のおじいさん
「狼ども、尻尾巻いて逃げていきおったわい!すごいぞアイオロス!」

食堂のおばさん
「お父さんに似てきたわねぇ、勇敢だったわよ、アイオロス!」

野菜屋台の女
「アイオロス、今日嘘ついてたらもう来ないって決めてたけど、3度目の正直ってこのことね。あ、でも3度目なんかじゃないわね、もう何十回も嘘ついてるから」

一同が笑う。

煙突掃除の青年
「おい、もう嘘なんてつかなくてもいいんだよ、何か困ったことがあったら、もっと俺を頼ってこいよ!」

野菜屋台の女
「はぁ?煙突小僧、あんたのどこに頼りがいがあるんだよ、鏡見て言えよ」

一同が笑う。

煙突掃除の青年
「うるせえよ!ばばあ!なあ、アイオロス、今度とっても素敵な夜のお店につれてってやるからよ、な?」

野菜屋台の女
「おい煙突小僧、13歳にそんな店は早えんだよばかたれが。え、っていうか煙突小僧、いまばばあって言ったか?煙突掃除中に煙突ふさぐぞこら」

一同が笑う。


パルカが言う。
「みんな、お腹、すかない?一緒に食材を持ち寄ってさ、朝ごはん食べようよ!!」

一同が、笑って同意し、家に戻っていろんな食材を持ち寄ってきた。

大工の数人が、ありあわせの材料でテーブルを作り、草原に置く。

主婦たちがお皿やマグカップを用意し、パルカの父がパンを用意する。

ソーセージやハムを肉屋が持ってくる。

野菜屋台の女が野菜を持ってきてスープを作る。

テーブルの上に仕立て屋のおじいさんが綺麗な布を敷く。








さて、朝食の準備中だが、話を遡る。

数年前の朝のことだ。


「アイオロス、起きろ、おい、起きろ」


父の声で、アイオロスは目を覚ました。

「なんだい、父さん…まだ日も昇ってないだろ?羊たちも寝てるよ…まだいいでしょ…」

父は、アイオロスの胸ぐらをつかみ、頬をひっぱたく。

驚いて目を覚ますアイオロス。
父の後ろには、そわそわした母が、窓の外を見たり、部屋を歩き回ったりしている。

青白い、薄暗い部屋。
真剣な眼差しの父。

「いいか、アイオロス。狼が出た。俺と母さんは、羊たちを守る。お前は、町へ走って、助けを呼んできてくれ。頼む」

アイオロスは、眉をひそめた。
狼?
助け?

「ななななんでだよ!怖いよ!父さんが行けばいいじゃないか!!」

「いや、それじゃ間に合わんし、危険だ。俺と母さんで大きな音をだして、注意をひきつけて時間を伸ばす。いいか、できるだけ沢山の町の人を呼んできてくれ。狼の数が多い。いいか、わかったか?」

「い、いや、で、でも」

アイオロスの頬を、父はひっぱたく。

「いいな?走れ。わかったな?」

「でも、こわいよ…もし途中に狼がいたら…」

「だから!俺と母さんがひきつけておく。もう時間がない。アイオロス、頼む!」

いつもは優しい父が、自分をひっぱたく。
いつもは子供扱いし、危ないからと言って何もさせない父が、自分に必死に頼み事をする。

本当に非常事態なのだと、アイオロスは感じた。

心臓が冷たくなり、顔が熱くなる。
鼓動が早まり、視界が狭まる。


両親は、鎌と鋤を持ち、扉を開けて大声を出して草原に出た。

窓越しに、両親が、「頼んだぞ」というようにアイオロスに向けて頷く。



アイオロスは、家具にぶつかりながら裏口から家を出た。

震えながら、丘を駆け下りる。


夜明け前の町が見える。

どこにも煙があがっていない。
みんなまだ寝ているのだろう。
冷たい朝の風が、アイオロスの頬を撫でていく。

アイオロスは、走る。
青白い景色のなか、自分の呼吸しか、聞こえない。道に何かいる。アイオロスは慌てて止まる。



狼が、いる。



道の真ん中を、狼が横切っていく。



アイオロスは、木陰に身を隠す。



はやく行ってくれよはやく行ってくれ時間がないんだよはやくはやくはやくはやくはやくわたれよはやくいけよ!!!!


アイオロスは震えながら、木陰でそうやって祈り続けた。



ちらりと、狼たちを覗く。




一匹の狼と、目が合う。




「ひっ!!」

アイオロスは素早く木陰に隠れる。

泣き叫びそうになりながら、小刻みにふるえて目をぎゅっとつむる。



息を整えて、ゆっくりともう一度、向こうを覗く。





狼は、いなかった。





よし、行ける。
アイオロスは思った。

けれど、別のことも思った。

もしかしたら狼も隠れているだけかもしれないこちらが動くのを待っているのかもしれない実は回り道をして別の方向から自分を狙ってくるかもしれないもう取り囲まれているのかもしれない

アイオロスは動けなくなった。
石のように動けなくなった。


過呼吸になった。

足は動かない。

瞬きができない。

動けない。








どれぐらいの時間が経ったのだろう。

気づくと、日は昇り、鳥が鳴き、町からの喧騒が聞こえている。

アイオロスは、町へ駆けた。



「狼がでたんです!!!!!!」

町の人々はアイオロスのその言葉を聞くと、丘を駆け上がった。

アイオロスは、青白い顔で、それについてゆく。

日は、見上げるほどの高さになっている。




丘の上にたどり着く。

浅く荒い息のまま、アイオロスは両親を呼ぶ。

何匹かの羊たちが倒れ動かなくなっている。

数十匹の羊たちは、震えながら群れてひとつになっていた。

狼達はいない。

彼らは立ち去ったあとのようだ。



アイオロスは、両親の姿を探す。


「ごめん!父さん!道の途中にも狼がいて、町に行くのが遅くなった!!!」

だだんっ!! 納屋の戸を開けて言う。

「母さん!父さんがいないんだ!たいへんだよ!」

がらごどんっ! 台所に転がり込んで言う。


ふたりともいなかった。


「あれれおかしいじゃないか父さんと母さんがいない!みんな!父さんと母さんがいないんです!あれれ、おかしいなあ、買い物に行ったのかなあ、おかしいなあ…」


アイオロスは、草原の真ん中に立ち尽くし、両親を呼んだ。

いくら呼んでも、両親の返事はなかった。

アイオロスは、草原の真ん中で、両親を叫んだ。

叫べども叫べども、両親は現れなかった。



町の大人たちは、帽子を脱ぎ、目元をスカートで拭い、胸元で十字を切った。




その日から1年ほどして、アイオロスは、「狼が来たぞ」と嘘を言うようになった。

いきさつを知っている町の人達は、アイオロスを怒ることが、できなかった。





そして今日、狼が出たのだ。

アイオロスは町へ駆け下りる。
しかし町の人々は、早朝ということもあり、アイオロスの言葉を信じなかった。

けれども、パン屋のパルカとその父も「狼が出た!」と叫んでいる。

町の人々は、その言葉を信じ、それぞれに道具を持って、丘の坂道を駆け上がった。

パルカが、真顔で言う。
「もしこれが嘘だったら、ほんとにあんたのこと、許さないからね。ま、とにかく、早く行くわよ」



一同が、丘の上にたどり着いた。

大人たちが狼を探す。









けれどもそこには、狼はいなかった。








羊たちが草を食み、めぇめええと鳴いている。

またやられた… 村人たちは思った。

パルカは、怒りが赤い鉄のように燃え上がるのを感じた。信じた私が馬鹿だった…


そして、いつもなら、ここでアイオロスが大笑いする。


けれども今日は、アイオロスは笑わない。震えて、泣いている。


大人たちは、アイオロスを無言で見つめている。


アイオロスは、家に立てかけてある鎌をつかみ、泣き叫びながら草原に向かっていった。

「もう来るなぁぁ!
もう僕から奪わないで!
もう来ないでくれ!!
この!
くそおおかみども!
もうくるなぁぁぁ!くるんじゃないっ!!!!」

アイオロスは、なにもない空間に、鎌を振り回す。



「…ちょっとあんた!なにやって…」

パルカがアイオロスに大声で声をかけると、それを遮り、パルカの父がアイオロスに駆け寄ってアドバイスをした。

「アイオロス、むちゃくちゃにやってもだめだ、ちゃんと狼を見て、鎌を振れ。いいか、狼を見るんだ、そして、ちゃんと息をしろ」

アイオロスはパルカの父を見上げ、息を整え、しっかりと頷いた。


パルカの父が雄叫びを上げ、スコップを振り回す。
大きな声と、スコップを振り回す音が、草原に響く。

パルカの父は、スコップを勢いよく振り下ろす。スコップは石に当たり、火花が散る。

羊たちが草を食み、小鳥が舞う。


「な、なにやってんのよ、あいつも、父さんも…」
パルカが呟く。

すると、仕立て屋のおじいさんが呟いた。
「たぶん、アイオロスは、過去と、たたかって、おるんじゃ、ねえかの…両親を失ったあの日と、むきあって、おるんじゃ…ねえかの…そしてパルカ、おまえの父ちゃんは、あの子の傍に、ただ立ってるのさ」

町の人達は、アイオロスが鎌を振り回す姿を見て、黙って涙を流した。

13歳の少年が、悲しみに向き合っているその後ろ姿は、見ていられないほど、辛い姿だった。

けれどもすぐその横には、パルカの父親が大声をあげながら、見えない狼を追い払おうとしている。

誰も、目をそらそうとしなかった。

パルカの頬を涙が走る。
すぐに涙を拭い、パルカはアイオロスの横に駆けつける。


彼女の両手にはフライパンが握られている。がんがんがんと2つを叩きつけ合いながら、パルカは、わああああああああああああ!と、大きな声を出す。

やがて数十人の大人たちが、アイオロスのまわりに駆け寄ってきた。

彼らは大声を出し、手に持った道具で音を出す。

みんなで、見えない狼を、威嚇する。

アイオロスは、ひとり、鎌を振る。

大人たちは、音を出し、大声を出す。


それはまるで、声援のようにも見えた。


突然、アイオロスの動きが止まった。遠くの森の方を見つめている。


どうやら、見えない狼を追い払ったようだ。アイオロスは、膝から崩れ落ち、叫んだ。


「うううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

父さああああああん!
母ああああああああああさん!
ちゃ、ちゃんと、今度は、
こ、今度は…守れたよ!

お父さん!
お母さん!!!
守れたよおおおおお!!!!

うわあああああああああああん!」


アイオロスが、草原の真ん中で、泣き叫ぶ。

大声で泣き、

嗚咽し、

しくしくと泣き、

うつむいて涙を拭い、

やがて顔をあげて立ち上がる。


大人たちは、その背中をそっと見守る。







皆で朝ごはんを食べた、この日。

柔らかい風が吹いて、太陽が皆を暖かく包む。

町の人達の笑い声が草原に響き渡る。

草原のテーブルの上の持ち寄りの朝食と、皆の笑顔。

アイオロスは、泣きはらした目で、けらけらと笑っている。


皆で朝ごはんを食べた、この日のことを、アイオロスは何度も何度も、孫やひ孫に語り続けたそうだ。

「人は、すごく優しいんだよ。悲しいことが人生にはおこるけどね、人は、すごく優しいんだよ」

草原に、羊の鳴き声と、ベルの音色が、風のように流れている。



















あとがきっ!

あとがきをかきます!

童話「おおかみ少年」は、少年が嘘をついて大人を騙し、やがてホントのことを言っても信じてもらえなくなり、羊たちを狼に殺されてしまうお話。



この童話で感じることは、

「…大人たち、成熟…して、、なくない?」

ということ。

誰か一人でも本気で怒ったり、本気で苦情を言ったり、ちょっと気にかけたり、話し相手になったり、みたいなことができなかったのかな。
余裕、誰もなかったのかな…と思うわけです。

少年に何度も何度も騙されて、挙句の果てに狼が来たら、自己責任で自業自得??

え、なんか、それ、え、ほんとに大人!?いやもちろん!本人も悪いけども!


オオカミ少年を、自己責任の自業自得にしたくなくて、そして、大人たちもただのいじわるで、そして大人として機能していない役になってほしくなくて、全員が主人公になるには、どうしたらいいのかなぁ、と考えてみました。


以上、おおかみしょうねんでした!


あ、つくね小隊よろしくね!
書いてる方は、めちゃくちゃおもしろいよっ!





あ!そうそう!

うわの空がオオカミ少年について語ってたよ!!!


あと!うわの空が緊張して喋ってたよっ!

もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。