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駅のトイレ。【起】

緊張すると、腹が痛くなる。

電車通勤で会社までは、10駅ある。
毎日、だいたい4つ目の駅ぐらいで腹が痛くなり、8か9つ目の駅で降りてしまう。その降りた駅のトイレで用を足し、また電車に乗り会社へ行く。毎日そんな調子だ。だから、駅のトイレは、僕にとってなくてはならない空間だと思っている。


今日は、電車に乗る前から腹が痛み始め、6つ目の駅で降りた。手早くトイレのマークを探し、早歩きで男性用トイレに入る。個室が3つあって、運良く真ん中の個室が空いている。ドアを開け、便座に座り、用を足す。


こんな体質になったのは、いつからだろう。と、用を足しながら思い出す。子供のころから、いつも腹痛に悩まされてきた思い出しかない。でも、一体いつからなんだろう。一番古い記憶を辿る。

そうだ、小学2年の冬だ。
一番古い腹痛の記憶は、小2の冬の理科実験室だった。

石油ストーブ。
スライド式黒板。
新品チョーク。
教室とは色の違う黒板消し。
四角い木製の椅子。
アルコールランプ。
腹痛。
脂汗。

今となっては懐かしい匂いや風景だけど、懐かしいあの風景のなかでも僕は腹痛に悩     ん?なんか変じゃないか。僕は駅の違和感に気づいた。トイレの外が、やけに静かなのだ。

さっきまで何度も流れていた駆け込み乗車のアナウンスも、列車発着の際のブレーキや排気音も、たくさんの人々の足音も聞こえない。1分ごとに電車は来るし、待っている人たちの会話や、改札が切符を吐き出す音も聞こえるはずなのに。けれども、すべての音が聴こえなかった。

夜の体育館に
たったひとり
立っているかのような
圧倒的な静けさだった

そういえば、両隣は使用中だったはずだけど、咳払いはおろか物音一つしない。不思議に思いながらトイレを流し、ズボンを穿いて立ち上がり、ドアを開く。

ドアの先の電気が、消えている。
真っ暗だ。

感応式の照明で、一定時間人の動きを感知しなかったから、電気が消えるのだろう。個室から手を出して振ってみる。大抵の駅のトイレはこうすれば反応して電気が点く。はずなのに、点かない。さらに個室から身をのりだし、大きく手を振ってみる。それでも点かない。

見上げると、自分の個室の電気は点いている。だから、その明かりが個室の前も少なからず照らすはずだ。それなのに、個室から先は、やはりなにも見えない。スマホを取りだし、スマホのライトをつけても、同じように、何も見えなかった。

まるで、月のない夜に、森の奥にある深くて大きな穴を、たったひとりで覗き込んでいるような、そんな状態だった。

スマホのライトで、足元を照らして驚いた。



そこには、照らされるべきトイレのタイルが存在しなかった。



















※※※


闇夜のカラスさんと、
起承転結のリレー小説をやるパターンのやつの
「起」をあんこ担当でやっています!
突然始めたので、
からすさんもこれを読んで「転」を書き始めます!

丸投げリレー小説!

転 が楽しみすぎる!
みなさん応援してくだされ!!


もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。