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「つくね小隊、応答せよ、」(34)



二匹の作右衛門が大声で笑いながら、怒り狂った猫のように刀を乱暴に振り、小鷹、熊鷹へ斬撃を浴びせます。

小鷹、乱発される斬撃を的確にかわして受け流し、そして熊鷹はぴょんぴょこ跳ねながらそれを避け続けます。

小鷹は、不思議に思いました。作右衛門の斬撃が弱まっており、さっきは一撃で蹴り飛ばされたはずの熊鷹が作右衛門の攻撃を避け続けられるからです。

最初は、作右衛門が自分たちをいたぶり殺そうとしてわざと手を抜いているのだと思っていましたが、作右衛門は笑みこそ浮かべているものの、額には汗が滲み、身のこなしの速さも先程と比べても同じで、手をぬいているようには見えません。

速さは変わらないのに、斬撃の重さが軽くなっているのです。
小鷹はふと思いました。
二手に分かれて化けたことによって、作右衛門の体重が変わっているのかもしれない。だから攻撃力が下がっているのではないか…。

小鷹は、作右衛門の攻撃の隙を突いて、体当たりをしました。大人の作右衛門と、まだ子供の面影の残る小鷹、体格にはかなりの差がありますが、小鷹の体当たりで作右衛門の体勢が崩れました。
やはり、体そのものが軽くなっている。小鷹はそう確信します。

そしてもうひとつ不思議に思っていることがあります。
たぬきの化け術では、毛などを変化させ、独立させて動かすことができますが、自分の体と同等かそれより大きなものは、独立させて動かすことはできません。けれども作右衛門は、自分の分身を作り出しています。
ただの幻を出現させているのかとも思いましたが、実際に小鷹、熊鷹が剣を交えているので、幻ではありません。

「おいおいおい!考え事してる暇があんのかてめえ!」

作右衛門、上段に刀を構え、小鷹が上段の防御の構えをとった瞬間に小鷹の腹を蹴ると、小鷹はうつむきながら背後に後退しました。その一瞬の隙をつき、小鷹の後頭部めがけて、上段に構えた刀を、作右衛門は降りおろします。


がつぃんっ


振り下ろしていた作右衛門の刀身が弾かれ、小鷹の下の地面にざくりと刺さりました。刀を弾いたのは、脇から飛んできた苦無。

「小鷹さん、申し訳ありません…手出しをしてしまいました」

お竹、正座したまま小鷹に謝ります。小鷹は、すこし悔しそうな顔をしながらも、礼を言います。

「いえ…わたくしが気を抜いておったのです…。助けてくれなきゃ、やられてました。ありがとうございます」

作右衛門は、お竹を睨み付けました。

「…おい、おまえ、手を出すってことは、覚悟はできてんのか?」

お竹は作右衛門をまっすぐ見つめ返し、正座をしたまま答えます。

「古来より助太刀という言葉がこの国にはございますが、なにか問題でも?」

「ああ。おおいにあるさ。助太刀するってことは、ぶち殺されても構わねえってことだ。その覚悟はあんのかって訊いてんのさ」

「あなたに殺される覚悟など必要ありません」

「あ?」

「ほら、さきほどあなたがおっしゃってたじゃないですか。わたくしをなぶり、いたぶり、皆で犯すと」

「それが、どうした」

「あなたの考え方の根幹には、“数”と“暴力”があります。それは強き者の考え方ではありません。弱き者が偶然権力を握ってしまったときの考え方です。
わたくしは、弱者に殺される覚悟など持ち合わせておりません」

作右衛門の目つきが変わり、体中の力が消え、やる気がなさそうに、だらりと両手を垂らしました。

「あーあ。一応、おもちゃにして遊んだあとは、慈悲で生かしてやろうと思ってたのに…やっちゃったね、おたく。もっとひどい目が見たいみてえだな」

「作右衛門、お主の相手はわたしだ!」

背後で小鷹が叫ぶと、熊鷹と交戦していたもう一匹の作右衛門が、ぶわぶわと縮んでゆき、二匹は一体に戻り、言いました。

「大鷹の息子たちの相手は、あとでしてやる。だが、先に、このメスだぬきを黙らしてからだ」

「作右衛門!こちらを向け!勝負せよ!」

小鷹が再度叫ぶと、作右衛門の体中の毛がしゃりしゃりしゃりしゃりと音を立てはじめ、作右衛門の着物を突き破り、体中に一尺ほどの串のような毛が生え揃いました。まるで、ヤマアラシです。

「おい、今言っただろ?お前らの相手は、後でしてやるって」

作右衛門が冷たく言い放つと、小鷹が背後から斬りかかってゆきました。作右衛門、大声で叫びます。

「聞こえねえか!!!」

作右衛門の体中の串のような毛が逆立ち、四方八方にその棘をすごい勢いで飛ばしました。

ちゅぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!!

すると四方八方の木の幹や草むらや地面に、その一尺ほどの棘が素早く突き刺さってゆきます。

つかかかかかかかかかかかかかかかん!!!

その棘は、小鷹、熊鷹の肩やふとももを貫き、勢いを落とさぬまま、背後の木の幹に突き刺さりました。小鷹熊鷹、痛みに顔を歪め、木に縫い付けられ、動けずにいます。棘は前方のお竹にも飛んで行きましたが、その殆どをお竹は刀で払い落としています。

「こっちのお坊ちゃんたちには、難しかったようだが、お前は違うな。褒めてやろう。しかしだ。たった一本、避けきれなかった。たった一本。それが、命取りだ」

よく見ると、お竹の頬からは血がぽつぽつと滴っています。

「それがどうかしましたか?さすが四天王、お見事です、と、あなたにお付きのたぬきたちのようにへらへらしながら言えばよいのでしょうか?」

お竹は皮肉を言いましたが、作右衛門は嬉しそうに返事をします。

「ああ。まあ、そうだな。それもいい。お前は今からただの、人形だからな」

「なにを、言って…?」

お竹は突然ふらつき、目をしばたかせはじめました。うまく作右衛門を目でとらえられないのか、飛ぶ虫を追うように空中を睨んでいます。両手に握られた二振りの小太刀が、かちんと地面に落ちました。木に縫い付けられた小鷹と熊鷹、棘をぬこうともがいています。

「お主、お竹さんに何をした!!??」

「そうだ!!なにやったんだてめえ!」

作右衛門、首の骨をぽきぽきと鳴らし、肩を回して振り向きました。

「まあ、お前らの棘には何も塗ってねえから安心しろ。実はな、俺は、体のあらゆる場所に毒を塗ってある。その毛は毒針に変わるって寸法だ。ま、こいつに当たったのは毒針と言っても、ただのしびれ薬だがな」

「くっ…不覚をとった…」

お竹は、足が震えて立てず、悔しそうに両手を地につきます。

「さ、どうする?お竹ちゃん?」

作右衛門は腕を組み、お竹を見下ろし、お竹はそれを睨み返します。

「もはや、これまで…小鷹さん、熊鷹さん、あとは頼みました」

お竹は小太刀を握りしめ、首筋に当て、懐からのろし用の火薬玉を取り出し、地面に叩きつけようとしました。人質に取られ、足手まといにならないように、自決するつもりなのです。

「おおっ!と!!だめだめだめぇ!そういうのはだめっ!」

作右衛門は慌ててその小太刀を蹴り飛ばします。お竹はもう一本の小太刀を握ろうとしましたが、握力が落ち、小太刀が握れずにいます。すると作右衛門がしゃがみこみ、小太刀を拾い、優しい声で言いました。

「お竹ちゃん、探してるのはこれかな?」

そして小太刀を茂みの中へ放り込み、勢いよくお竹の胸ぐらを掴み、吊り上げました。

「おい、抵抗してみろよ。なあ?」

お竹は悔しそうに唇を噛み締め、作右衛門を睨んでいます。
作右衛門はお竹を左手で吊し上げたまま、ぬるりと脇差しを抜き、それをお竹の肩にゆっくりと刺しこみました。まるでお竹の肩に、もともと刀が収納されていたかのように。そして切っ先を背後の木に突き刺し、お竹を木に釘付けにしました。
お竹は痛みに顔を歪めて痛みに耐えるように目をつむりながらも、声はあげません。

「俺は、女が、嫌いなんだよ」

「…ああ、そうですか…気が合いますね。わたくしも、女は嫌いですし、そしてわたくしは、あなたのことも嫌いです」

「けっ、減らず口叩けるのも今のうちだ。もうお前は助太刀できねえ。自害することもできねえ。ただあの兄弟が殺されるのをここで見守ることしかできねえのさ。あいつらが殺されそうになったとき、お前はここであいつらの命乞いをすることになる」

作右衛門、小鷹と熊鷹の方へゆっくりと歩いて行き、木に釘付けになっている二匹の前で刀を振り上げました。

「仇討の果たせぬまま死ぬのは悔しいだろうが、まあ、仕方ねえさ。相手が悪かった。あっちで親子三人、仲良く暮らせ」

作右衛門が二匹に刀を振り下ろそうとしたその時です。
しゅぱぱぱぱんっ!
すとととたんっ!
作右衛門の背中に激痛が走りました。
作右衛門が振り返ると、背中にヤマアラシの棘のようなものが複数突き刺さっています。その向こうには、刀で木に縫い付けられているお竹が、吹き矢を構えていました。

「さっそくあなたの化け術を、真似させてもらいました…幸い、息は出来るので…」

「けっ、往生際が悪りいなあ、お前。女たぬきのこんな小さな棘ごときじゃ致命傷にもなんにもならねえだろうが。くの一ならそれぐらい学んどけよ」

作右衛門、刀で背中の棘を払ってめんどくさそうに言いました。

「はい。たしかに、致命傷には、ならない…でしょうね。ですが…その棘には…わたくしの頬の血を塗っていますよ…?」

作右衛門が目を丸くしながらお竹を睨みつけました。握っていた刀ががちゃりと地面に落ち、膝が震えはじめます。お竹の血の中の痺れ薬が作右衛門に効いているのです。

「てめえ…やりやがったな?」

「これで、おあいこですね。あ、私は肩を貫かれてるので、その分の借りは、後ろのお二人がお返し致します」

作右衛門、振り返ると、棘を抜いて自由になった小鷹熊鷹が刀を構えて飛びかかってきました。

「お竹さんありがとう!」

小鷹熊鷹の同時の攻撃を防げず、作右衛門は両腕と肩に刀傷を負いました。
それでも素早く身を翻し血だらけの両腕で後転しながら刀をつかみ、構え直します。が、痺れ薬がかなり効いてきたようで、剣先が震えております。

小鷹熊鷹、刀を振り回し、次々に斬撃を加えます。まるで、朝日を浴びるたんぽぽの綿毛がきらきらと輝くように、二匹の斬撃の残像が煌めいています。
作右衛門、その斬撃をすべて弾き返しながら、また二匹に化けようとしました。しかし痺れ薬が効いており、うまく化けることができませんでした。二匹の作右衛門の尻尾が、縄で繋がっていたのです。

「そうか!分身の術見破った!」

小鷹が二匹の間の縄をぷつりと斬りました。
切れた縄から血が溢れ出し、片方の作右衛門が、縄から血を吹き出しながら小さくなってゆきます。作右衛門は縄をつかみ、慌てて一体に戻ります。
そこへ熊鷹の突きが、すかさず飛んでゆき、作右衛門の肩を熊鷹の刀が貫きました。

「これで!お竹さんとはおあいこじゃ!どうじゃ!作右衛門!」

熊鷹が自慢げに言うと、作右衛門は、唇を噛み締め、熊鷹を掴み放り投げました。肩の刀が抜け、熊鷹はなんとか着地します。


ぜえぜえと、小鷹、熊鷹、そして作右衛門が肩で息をしています。三匹とも致命傷ではないものの身体中に傷を負い、血を流しています。

「…なぜお主は、六右衛門のもとで戦うのだ」

小鷹が言いました。

「はあ…?…なんだ?…茶店かここは?殺しあいの…最中にのんきなもんだな」

「この戦いは、どちらかが死ぬまで終わらぬ。ならば、敵がどんなたぬきか知っておくのが礼儀というものだろう」

「めんどくせえたぬきだな、おまえ。時代錯誤もはなはだしいぜ…が、ま、いいや、たしかにどっちかは死ぬんだ…いいだろう、教えてやる」

作右衛門は、刀を降ろし、喋りはじめました。

「俺らが成し遂げるのは、四国統一だ。六右衛門さまが四国を統一すれば、おれらみてえな兄弟はいなくなる」

「…お主らのような兄弟とはなんだ?」

「戦でみなしごになる兄弟さ」

「みなしご?」

「おれたちの母親は戦の最中、俺たちを、敵である六右衛門さまの目の前でおきざりにし、尻尾切りのように逃げたのさ」

「な、ならばなぜ、ならばなぜ戦をおこす。戦で苦しんだ過去があればこそ、それを失くそうとするのが道ではないのか?」

「ああ、そうさ。戦を終わりにするまで、戦をする。だれも歯向かわねえやつらがいなくなれば戦はなくなるだろうが」

「戦をなくすために殺すと申すのか?まるで出鱈目だ!」

「ほう!じゃあ!小鷹!お前はなぜ刀を握る?」

「お主が父の仇だからだ!」

「ほら、仇討も恨みを晴らすための殺しだろうが!殺すことが悪いなら、お前が刀を鞘に納めろよ!仕返しで殺すのは正しいのか?あ?」

小鷹、何も言い返せずに作右衛門をただ睨みつけました。作右衛門は、その目をまっすぐに睨み返しながら言い放ちます。

「俺は、敵のみなしごである俺ら兄弟を拾って育ててくださった六右衛門さまを、裏切らねえ。六右衛門さまがねずみを猫だと言えば猫だと信じる。石をまんじゅうだと言えば食うのさ。戦えと言われれば、そりゃもちろん、勝つために戦うだけさ」

「ならば、戦えぬ弱きものたちは、ただお主らにひざまずき、従え、とそう申すか」

「おいおいおいおい、猿でも長がいて、下っ端たちはそいつにかしずいてるぜ?俺らたぬきも一緒だろうがよ」

「違う!われらたぬきがなぜひとと同じように言葉を使い、化けることが出来るのか考えたことはないのか?ただの獣たちとは違う暮らしを手に入れるためではないのか?」

「けっ。じゃあお前のいう人間はどうなんだ?猿と同じかそれ以下じゃねえか。下っ端は力に従い、長いものに巻かれるだけ。それだけじゃねえかよ。人間がたぬきより上みたいに言いやがって。金長の人間びいきに触れつづけて、てめえの頭んなかにもウジが湧いてんじゃねえのか?あ?
俺たち津田のたぬきは、仕組みの一番上に立とうとしてるだけだ。小競り合いなんざ起きねえような、圧倒的な力を持とうとしてるだけなんだよ」

黙る小鷹。小鷹を見据える作右衛門。

すると別の方から叫び声が聞こえました。

「ささささっきから聴いてりゃ!わっけわっかんねえことばっかり喋りやがってえ!」

二匹が声の方を向くと、熊鷹が顔を真赤にして憤慨しています。

「お竹さんがあんなに苦しんでる!あんなに苦しんでるのに、なにが戦がない世の中じゃ!おにいもおにいじゃ!早くお竹さん助けねばならんのにおしゃべりしとるでねえ!!わっちらは小松島のたぬきじゃ!小松島のたぬきが痛い目におうたら助けるのがあたりまえじゃ!作右衛門!おまんのしとんのは、さっきおまんが言うた、尻尾きりと同じでねえか!」

小鷹がはっといた顔つきをしてお竹を見ました。作右衛門はニヤリと笑います。

「結局よ、俺たちは、そいつが言うように、どこのたぬきだ、ここのたぬきだって言って、殺し合わなきゃなんねえのよ、小鷹。
さ、そっちの坊主の言う通り、おしゃべりは終わりだ。殺し合いを始めようぜ。俺は津田のたぬき。お前らは小松島のたぬき。この場に立ってる以上、殺し合う運命なのさ」

作右衛門、刀を捨て、身体中の毛を逆立て、突然ヤマアラシに化けました。いくつもの棘同士がふれあい、びちばちぎちがちと細かい音を立てています。

小鷹、刀を仕舞い、同じく四足になりました。目をつむり、ゆっくりと息をして大きく猛り叫ぶと、体中が刃物だらけの狼に化けました。すると同じように熊鷹も息を吸い、すこし小さめの刃物だらけの狼に化けました。

大鷹が最後に戦ったときの姿です。
その姿を見て、作右衛門がほんの少しだけ、後退りしました。

小鷹熊鷹、同時に森を疾走します。
小鷹は突進し、熊鷹は飛び上がって上から作右衛門へ攻撃をしかけました。
対する作右衛門は、棘をすべて二匹へ向け、防御の姿勢をとりましたが、二匹は構わず作右衛門に飛びかかりました。
棘を避け、喉や胸に喰らいつき、暴れまわります。
作右衛門の棘が折れ、あたりにその破片が枯れ葉のように散り、作右衛門の血が、落ちた椿のように一面に散りばめられました。

小鷹、熊鷹も無傷ではありません。
全身刀で覆われていますが、作右衛門の棘がその隙間から突き刺さり、肉を裂き、全身血まみれです。

作右衛門、二匹に食いつかれながら、森を駆け回り、のたうち回り、
三匹は互いに傷つき、もはやどちらが優勢なのか、わからない状態です。

作右衛門、のたうち回りながら、二匹が噛み付いている辺りの棘をさらに太いものに変え、二匹に何度も叩きつけました。二匹の身体は刃に守られているので、突き刺さりはしませんが、太い棘が身体にあたるたびに、腹を大男に蹴られるような衝撃が走ります。小鷹熊鷹、血を吐きながらも、牙を作右衛門から離しません。

このままでは、致命傷を負わせる前に、自分たちの体力が尽きてしまうだろう、と小鷹が思ったその時、熊鷹が牙を離して叫びました。

「おにい!こいつは牙じゃだめじゃ!刀じゃねえと貫けねえ!おにい!おらがしがみついとく!おにいが!おらごと!こいつを突き刺して!」

小鷹は目を見開き、首を大きく振りました。

「ばかを言うな熊鷹!」

二匹とも生きて帰って来るというのが、母と交わした約束です。弟ごと、仇を刺すなんて、そんなことできるはずもありません。

「おにい!それしか方法がない!おらもおにいも、お竹さんも、みんな死んでまうでねえか!おにい!」

確かに熊鷹の言う通りです。今この状態で勝てない以上、作右衛門に勝つことは難しい。小鷹、目をつむり考えましたが、やはりもう一度首を振りました。

「おにい!おっかあが言ったこと!おら忘れてねえ!おっかあとの約束ば、ちゃんと守る!だから、だから!おらの心臓を!心臓ごと、おにい!突き刺してくれ!おにい!!」

熊鷹は、生きて帰って来なさいという母との約束をちゃんと守ると言っています。けれども、その次には、心臓ごと突きさせと言います。熊鷹の言葉はめちゃくちゃです。めちゃくちゃですが、熊鷹は、体中傷だらけで、血を吐きながらも必死で兄小鷹をまっすぐに見据えています。なにか、策があるのだろうとは思いましたが、ここで二匹で相談するわけにもいきません。そして、このままでは負けてしまいます。小鷹は、皮膚を裂かれ、貫かれ、体中を棘で殴られ、血を吐きながら、もはやどうしたらいいのかわからなくなりました。

わからない。
わからない。
わからない。
わからない。
わからない。
どうしたらいいのか、
わからない。

必死で作右衛門の喉に食らいつく小鷹の目から涙が溢れてきました。
わからない。
どうしたらいいんですか、父上…。


「おいおい、小鷹どうした、目にゴミでも入ったのか?」


懐かしい声が聞こえてきました。
いつの間にか棘や刃物がぶつかり合う音や、肉が裂け血が飛び散り、土を巻き上げ、木をなぎ倒す音が消え、水色の明るい光の中、小鷹は作右衛門の喉に食らいついたまま、止まっています。
小鷹だけではなく、熊鷹も、作右衛門も、止まっています。
声のした方を見ると、涙がさらに溢れてきました。

父、藤の木寺の大鷹が、父が木によりかかり、腕を組み、少し笑いながら、小鷹を見つめています。小鷹は作右衛門から口を離し、唖然としました。

「ち、父上!ご無事だったんですか!?」

小鷹が叫ぶと、大鷹は頭を掻いています。

「ばかやろ、俺が生きてたらお前はそこで戦ってねえだろうが」

「…あ、そ、そうか、そうですよね、じゃあ、まぼ、幻、ですか?」

「うーん、さあな、俺にもわからん。ただ、ひとつ言えることは、小鷹、熊鷹が、そこのお竹や、小松島のたぬきたちを守るために、必死になって戦ってるってことだけだ」

「はい……父上…わたしたちは、作右衛門に…勝てるのでしょうか…?」

「それは…どうだろうなぁ?…お前の母ちゃんはなんて言ってたんだよ」

「母上ですか?母上は、…父を、父上を超えるのが子の務め。仇を討ち、小松島を守り、そして二匹とも生きて帰ってきなさい、と…そう申されました」

「…そうか、あいつらしいなぁ……じゃあ、まあ、小鷹、お前がしなきゃいけねえのは…そういうことだな」

「え?…と、言いますと…」

「お前には、そうするしかねえってことさ」

「勝て、ということです…か…ですが…」

「あ、それより、小鷹、お前に頼みがある」

「はい…なんでしょうか…」

「母ちゃんに、伝えてほしいことがあんだよ。死んだら、別れの挨拶もできねえんだって、死んでから気づいた」

「…はい」

「俺は、お前に出会えて良かった。お前は俺を支え、そして小鷹と熊鷹を産み育ててくれた。生まれた時は、唐芋の種芋みてえにちいさな子狸だったやつらが、いまじゃ男らしく、必死になって戦ってる。俺は、お前に出会えて良かった。子どもたちに会えてよかった。全部、お前のおかげだ……って、必ず、お前が必ず、そう、伝えてくれよ。生きてるお前らにしか、頼めねえんだ」

小鷹は溢れてきた涙を拭い、うなずきました。

「…よし。じゃあ、小鷹……頼むぜ」

「はい。…父上」

「じゃあな。

…あ、そうだ。いっつもお前につきまとって、お前の真似ばっかりしてた熊鷹が、さっき、お前になんか言ってたな?」

「はい…それが…熊鷹ごと、作右衛門を、突き刺せと、そう申し」

小鷹が顔をあげると、大鷹の姿が薄れていきました。

「あいつなりに、なにか考えたんだろ。お前の弟だ、信じてみろよ」

血なまぐさい匂いと、作右衛門が猛り狂い叫び暴れる轟音。
体中の痛みが蘇ってきました。
熊鷹が作右衛門の胸にしがみつき、小鷹をまっすぐに見据え、血だらけで叫んでいます。

「おにい!おにい!!!今しかねえ!おにい!」

小鷹、我に返って、噛み付いていた牙を外し、言いました。

「熊鷹!母上との約束を守るんだな???!!!」

「必ず守る!だから!おにい!心臓を狙ってくれ!おらの心臓!!!」

小鷹、目をぎゅっとつむり、観念したように叫びました。

「熊鷹!信じるぞ!」

小鷹、刃の狼から小鷹の姿に戻り、作右衛門の腹を蹴り、後方に飛び、すぐに背後の木の幹に着地します。

「作右衛門!道連れじゃ!覚悟せい!」

熊鷹、作右衛門にしがみついたまま、手足から杭を出し、地面にいくつも突き刺しました。作右衛門は身動きが取れず、熊鷹を殴りながら言いました。

「なにが道連れだよ、そんなこと、あいつにできるわけがねえだろうがっ!」

「おにい!」

小鷹、刀に手を掛け、着地した木の幹の反動をバネに、作右衛門に向けて跳びました。しゅるりと刀を抜き、切っ先を熊鷹に向けます。

「作右衛門!父の仇!」

小鷹の刀の切っ先が、水色に輝きながら、作右衛門の胸にしがみついた熊鷹めがけて進んでゆきます。

「やれるもんならやってみろぉ!こんな幼い弟を殺せるのかよ!!!!」

作右衛門、目を血走らせ、涎を撒き散らしながら、怒り狂い、叫びました。

刀の切っ先が、熊鷹の背中に触れ、背中の毛皮を破り、血が吹き出し、ぼむんっ と紫色の煙が弾け、切っ先は、熊鷹と作右衛門の身体を通り、作右衛門の背中から突き抜けます。


ぼた
ぼたた
ぼとっ
ぼたたたたたたたたたたたたたたた

「かは、き、きさま、おとうとをころしてまでも、おやの仇をとり、たかったのか…いかれてるな、おまえ、らきょうだいは、よ…」

切っ先から、血が滴り、作右衛門が声にならない声を絞り出し、ヤマアラシの体からは湯気が出て、徐々にたぬきの姿に戻ってゆきます。
小鷹は作右衛門の目を見つめました。小鷹の心の奥底を覗きみるような目が、ゆっくりと色を失ってゆきます。何かを伝えようとしているのか、視線は宙を泳ぎ、そして蝶が葉先に止まるように動かなくなりました。

小鷹はゆっくりと、自分の刀が貫いている、熊鷹を見ました。

もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。