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「つくね小隊、応答せよ、」(壱)








昔々、あるところに一実坊弁存という旅の僧侶がいました。

弁存は旅をして、仏の教えを人々に説き、諸国を歩いておったそうです。

ある秋の日、弁存は、遠州府中の村を歩いておりました。今で言う静岡県磐田市のあたり。

その村はちょうど秋祭りの最中のようで、人々は餅をついたり、旗を立てたり、なにやら忙しい様子です。


やがて、日が暮れてきました。
彼はこの村で一晩泊めさせてもらうことに決め、とある家の戸を叩きます。

「拙僧は旅をしておる弁存と申す。もしよければ、一夜を明かさせてはもらえぬだろうか」

すると、戸の向こうから、何人かのすすり泣く声が聞こえてきました。弁存は、戸を開け声をかけます。

「勝手にすまぬ、なにやら、泣いておるようだったのでな、なにかあったのであろうか…」

そう言って目をこらすと、薄暗い家のなかで、三人の親子が泣いているのが見えました。どうやら、両親と娘のようです。

「どうした?拙僧で出来ることであれば、力になるが…」


すると、父親が涙を拭って、弁存のそばまで歩いて来ました。

「ど、どうも、旅のお坊さま。実は、こ今晩、お、お祭りがあるがです」

「ああ、たしかにそのようじゃのう。…だが、しかし、祭りだというのに、お主らはなぜ泣いておるのだ?」

父親は、泣いている妻や娘を振り向いて一瞥し、俯いて言いました。

「見付天神のかかか神様に、娘をお、お供えさせて、も、もらうがです。それで、家族で、うう嬉しくて、それで泣いておったがです」

妻が嗚咽を漏らし、娘を抱き締めました。


お供え?

娘?

「娘を神様へお供え、とな?それは…なにか、舞でも奉納なされるのか?」

弁存がそう尋ねると、父親は首をゆっくり横に振りました。

「まま毎年、あちきらの村では、若い娘を、見付天神の神様へお供えし、田畑に災いが起こらないように、お守りいただいとるがです」

母親に抱き締められた娘は小刻みに震えています。どう見ても、お供えにされることを喜んで泣いているようには見えません。

「…そ、そうであったか。それで、その娘は、その、お供えとは、どうなるのであろうか?」

すると父親は、頭を小刻みに左右に振りました。やがて、おうあわあああと慟哭しながら泣き崩れ、弁存の裾にとりつき、涙と鼻水にまみれて言いました。

「お、おおおお坊さま!どどどどどうか!!あちきらの娘を!娘を!ほほ仏さまのお力でどどどうかお助けくだせぇ!!!おねげえします!!お坊さまぁああああ…」





見付天神社。

毎年この神社から、白羽の矢が放たれ、若い娘の家の屋根に突き刺さります。神様が、その家の娘を選んだという合図です。

すると村の者たちや、家の者たちは、ありがたい、お祝いだ、おめでたい、と喜びます。娘を清め、着飾り、祭りの準備を執り行うのです。

この儀式は、何年も前からずっと続いて来ました。

その昔、ある家に白羽の矢が立ちましたが、その家の者たちは、娘を神様に捧げることを拒否しました。すると、あることが起こります。

作物が荒らされ、日に日に食べ物がなくなってゆくのです。それから何年もの間、ずっと田畑は荒らされ、少しの作物も実らず、村のものたちは苦しい生活を強いられ、そして何人も餓え死にする者が出ました。

そして、村の人々は気づいたのです。誰かをお供えに出さないと、村の全員が飢え死にする。逆に、村からひとりだけ、娘を差し出せば、村全体を救えるのだと。

その時から、欠かさずに毎年、娘をお供えに出すようになりました。とても悲しい、習わしです。






弁存が立ち尽くし、家族が泣き尽くすこの家に、やがて、村の者たちがやって来ました。村の者たちは口々に、おめでとうございます、と言います。両親は涙を拭い笑顔で、ありがとうございます、と返事をします。娘は、涙も拭わずぼんやりしています。

男たちが部屋に樽のようなものを置きました。

なにかと思い、弁存がその樽をよく見ると、それは棺桶でした。この棺に、娘を入れ、神様のもとまで運ぶのです。娘は村の男たちに言われるがまま、棺のなかに入ってゆきます。男たちは、石のような暗い顔つきです。

弁存は、棺に駆け寄り、棺の中の娘に声をかけました。

「み仏は、苦しみや悲しみにくれるものを見放さぬ。ゆえに、私もお主を見放しはしない。安心しなさい。必ずや、拙僧がお主をお助けする」

娘は震えながら、弁存の顔を見てゆっくりと頷いて、そしてぎゅっと目をつむりました。

男たちの手によって、棺の蓋が閉じられました。父親が、おめでとう、と大声で叫びました。棺が、縁側から、神社へと運ばれてゆきます。父親は家の中から、娘の入った棺を、おめでとうと言って、見送りました。母親は、家の奥に駆け込んでゆき、姿を見せませんでした。




弁存は、思いました。

(神が若い娘を人身御供になどと欲されるわけがない。なにかがこの村に起きておるのに違いない。こんな、むごい仕打ちを、神が、絶対になされるわけが、ない。)

そして自分のなかに、炎のように怒りが沸いてくるのを感じたのでありました。








「いやぁ、それ、ほんとに昔話かよ。娘を生きたまま棺にいれるなんて、子供が聞いたら、神経衰弱になりそうな話だな」

短いタバコに、細い木の枝を刺し、ちびちび吸いながら、小柄な仲村が言う。

「まあ、でも、よくある話ではあるよな。竜神とか、蛇神に娘を嫁がせるっていう」

そう言ったのは、座って木に寄りかかっている、髭面で長身の渡邉。

「ああ、まあな。あとは、古事記でも、娘をさらうヤマタノオロチをスサノヲが退治するって話はあるからな。作り話としては定番だな」

黒縁の丸眼鏡を指先で上げ、飯盒の火を木の枝で調整しながらそう答えた清水。清水がさきほどの物語を、ふたりに語っていたのだ。

そして清水のその「古事記は作り話」という発言に仲村がにやにやしながら食いつく。

「おいおい学徒、大日本帝国のありがたき書物、古事記さまを作り話だなんて、非国民の極みだなおめえは」

清水はそれを鼻で笑い、反論する。

「学徒じゃねえ、清水だ。そしておめぇの言うその非国民は、書類一枚で南方くんだりの島までやってきて、お国のために戦ってるんですがね。さ、そんな糞みてえな話より、できたぞ、夕飯だ、夕飯」

清水は、脱いだ帽子で飯盒の蓋を開け、木の枝でつくったしゃもじで中の飯をかき混ぜる。

飯には、かなりの量、砂が混じっているのがみてとれる。それでも3人は、宝物を覗きこむように、湯気のたちのぼる米粒を眺めている。すると、



どどぶああん!!!

ががどばあん!!!



森を抜けた先の砂浜の向こうから、ふたつの大きな音がした。

3人で、木々の隙間の海を見る。遠くの海に浮かぶ、黒いシルエット。その黒いシルエットからは棘のようなものが沢山突き出しているように見える。シルエットは、艦砲をいくつも備えた戦艦だ。その戦艦から、灰色の煙が立ちのぼっている。

「ありゃ、どっちの船だ」

煙草を火の中に捨てながら、仲村が言う。すると、あたりまえのことかのように渡邉が答える。

「どうせまた、敵さんの素敵な戦艦さまだろ。その戦艦さまに上手いことわが大日本帝国海軍さんが爆弾当ててくれたのかね?今の音は」

すると、しゃもじを持ったまま、冷静な顔で清水がそれに付け加える。

「いや、爆撃が当たったなら、黒煙だ。あれは灰色。だから、爆撃じゃない」

するとちいさく、仲村が呟く。

「じゃあ…なんなんだよ…」



しゅくるるるるるるるるるるるううううう

しゅきゅるるるるるるるるるるるるるるうううううううう



一気に3人の顔色が青くなり、同時に叫んだ。

「艦砲射撃っっ!!!!!」

同時に3人、別々の場所へ飛びこんで伏せた。


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