ドラッグストア昔話 廿伍
「なんで森ば作るんかの?」
稲荷さまの竹林の中で、おじいさんがおばあさんに尋ねると、おばあさんは背中の籠の中から一冊の本を取り出して、おじいさんに見せました。
「こりゃの、みちちゃんからもろうた歴史の書での、読めねえ漢字もあるんだけんどもや、みちちゃんに聴いたことも合わせるとの、」
そう言って、おばあさんは自分が知った歴史のことをおじいさんに説明しました。
みちが生まれ、幼少期を過ごした頃の将軍が、10代将軍家治だということ。9才の頃に売られ、女郎小屋で掃除や洗濯をしていたということ。数年経った頃に飢饉が起き、娘たちがたくさん女郎小屋にやってきたこと。
「せやけの、おそらくの、みちちゃんの家はの、飢饉の前から貧しくての、みちちゃんを売らねばならんかったんじゃろの、じゃからの、わしは、庄屋さまに頼んでの、薬を売ったお金やらをみざの村のみちちゃんにの、届けてもらおうち思うとるんよ」
「届けてもらうち簡単にいいよるけんども、そげな簡単に届けてくれやっせるかの?みちちゃんが生まれるまで、どれぐらいかかるっちゃろかい?」
「でえてえ100年ぐらいじゃの、けんども、庄屋さまにお願げして、信じて、お任せしやるしかないのんや」
「そじゃの、出来ることよりでけへんことばっかり増えてくんの、頼るしかないもんの。けんどもや、森ばなんで作らないかんとやろか、なんぞみちちゃんに関係あるかいの?」
「そじゃそじゃ、ほいでの、この書物にはの、飢饉のことが書いてあるがよ、飢饉の時はの、食いもんがなくなるで、村のもん同士での亡くなったもんばな、食いあったそうじゃわ、お金があってもや、食いもんなけりゃ人間は動物ぞ、ほいやからの、飢饉の時のためにの、この森をの、なんとか食いつなげるような天然の倉にしたいがよ」
「飢饉は人を変えよるけんの…けんども、なんぞばかでけえ話じゃのぅ、わっしら二人でできるんかの、そげなこと」
「じっくり時間かけて、ふたりで森ばつくっていこわい、えか?」
「そりゃあ、もっちろんええぞ、つくろわい」
そうしてその日から10年以上かけ、小学校の校庭ぐらいの広さまで竹を刈り、土をほぐし、様々な可食の植物を植えました。そして、まだ当時日本に入ってきて間もなかった“じゃがたら芋”を分けてもらい、種芋を増やし、森に植えてゆきました。
竹の周りには、動物避けに、漆とタラの木を植え、森を囲みました。
おじいさんとおばあさんは、稲荷さまの祠の前に立ち、自分たちで時間をかけて作った森を見渡しました。
栗 桃 アケビ 椎 山桃 猿梨 鬼胡桃 金柑 林檎 芋 タラ 筍
この森のなかには、これだけの植物が共生しています。ひとつの村の人たちが節制しながら食べていけば、なんとか食いつないでいけるかもしれない、それぐらいの大きさの森でした。
みちは地面にしゃがみこみ、手拭いを開いて、大人たちに説明します。
「ほれ、胡桃じゃろ、ほいでの、もう時期じゃないで、小さいけんどもや、これは桃じゃろ、ほいで林檎これもちっせえの、ほいだらのあっちの奥には、栗がたっくさんあったど、ほいでの、下には芋が実っとるど、足元の草は全部芋じゃぞこりゃ、見ったらことねえ芋だけんども、食うてみようかと思っての」
大人たちは、みちの話を熱心に聴きました。芋があると言われてそれぞれ足元を掘ってみると、長年にわたり蓄えられた様々な種類の落ち葉が、空気と養分を含んだ柔らかい土壌になっており、すこし掘ると、小振りのじゃがたら芋がぼろぼろと出てきました。
当時はまだじゃがたら芋、あ、みなさんの時代のじゃが芋はまだまだ一般的な農作物ではありませんでした。ここの大人たちも、食べたことがある、見たことがある程度だったかもしれません。
「こりゃ、じゃがたら芋かのう」
「そうじゃのう、そのように見えるけんども、なんぞ小ぶりじゃの」
「違う種類でねか?」
「けんども、鈴なりに実っとるの、焼いて胡麻油と塩でもかけて食うたらうまそうじゃの、のう?」
大人たちがそうやって話していると、お殿様が爺に言いました。
「爺、ここで料理をさせることはできるか?この芋を食うてみたい」
「この芋をでございますか」
「茹でるでも蒸かすでも、焼くでもなんでもよい、食うてみたい」
「かしこまりましてございます」
そう言って爺は芋を掘らせ、落ち葉を集め、火を焚き、じゃがたら芋の焼きいもをさせました。
数十人の大人たちが、焚き火を囲んで、なにやら楽しそうです。みちはその火の周りをきゃっきゃと言って駆け回っています。
やがて、芋が焼けて、それぞれ土や灰を払い、芋を食べてみました。
ほくほく、ねっとりとして、深い甘みがあります。土が肥えているんでしょうかね。みな、口々にうまいうまいと言って食べておりますよ。そんななか、お殿様はぼんやりと遠くを見ながら、黙って口を動かしております。考え事をしているようです。
やがて、わいわいがやがや騒がしくしている皆へ向けて、問いかけました。
「のう、みなのもの、老婆の言うように、飢饉はくると思うか?」
皆が静になり、お殿様を見ます。
「のう、お主らの考えが聴きたい。みちに行李やこの森を託した老婆は、みちが歌う歌や、年号をすべて当てておった。それと同じように飢饉がくるということも当てると思うか?」
それに、甚四郎が答えます。
「恐れながら、殿、この森を作るのには、並々ならぬ労力と時間が必要であったことは素人目に見てもあきらかでございます。この森は、老婆がみちを飢えさせぬために作った森なのでしょう。そしてわたくしは、昨今の稲の実りからしても、飢饉が来ると考える方が妥当のように思います」
喜助と杢次郎も、同感だ、というように何度もうなずいております。そして杢次郎が言いました。
「お殿様、百姓のものらと話しとってもですな、最近寒い年が多く、稲が弱っとるとは言うておりました、ほとんどの百姓たちが、そのように、なにやら感じておるようでごぜます」
そうして侍たちも、自分達の体験談を話しました。
隣国へ赴いた際、百姓どもがそうやって同じように話しておったとか、行商の者が北国では食べ物が年々なくなっているから北では商売ができないとか言っておったとか、そういうことです。
お殿様はその話ひとつひとつに耳を傾け、空を見上げながら考えています。
そしてやがて、何か考えがまとまったかのように両頬を叩き、言いました。
「みち、お主には悪いが、この森は、我が藩のものとする、いや、正確に言えば、この芋、だな。よいか。いや、お主が嫌と言っても、わしは芋をもらうがの。」
お殿様は不敵な笑みで、みちに笑いかけました。
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