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【連載】アフリカの野生アニマル物語 (22)オリックスの秘術

どんなものでも一刀両断にしてしまう
日本刀のように研ぎすまされた角の持ち主は、オリックスだ。

初めてオリックスを見たのはケニアのサンブル国立保護区。
ゲムズボックの亜種・ベイサオリックスだった。
顔面の黒と白のラインが、歌舞伎役者の顔化粧のように見える。

草原の向こうから50頭ほどのオリックスが
ずんずんと近づいてくる光景は、S・スピルバーグの映画を思わせた。

ベイサオリックスの角は、真横から見ると、
左右2本がぴたりと重なって一本の刀に見える。
「一角獣」の伝説はベイサオリックスから生まれたに違いない。

オリックスが砂漠などの苛烈な環境で生き延びてこられたのは、
特殊な体温調整術を心得ているからだという。
ふつう動物は気温が体温を上回ると、
体温の上昇を防ぐために汗をかいて体を冷やす。
汗をかけばのどが乾く。だが砂漠に余分な水はない。
そこで、オリックスは異なる手段を選んだ。

気温より体温を上げるのだ。

ある報告では気温44度のとき、体温を45度に上げたという。
外気より体温が高ければ、体感温度は常に涼しい。

哺乳類は脳内の温度が45度を超えると生きていられないが、
オリックスには、さらなる秘術があった。

脳に通じる外頚動脈が静脈と複雑に絡み合い、
鼻腔で温度を下げた静脈血が、これから脳に向かう動脈血と
交錯しながら冷ましていくのである。

「秘技・体温上昇の術」により、汗をかきにくい体質なので、
水を一滴も飲まずに一定期間は生き抜くことができる。

生命を維持する最低限の水分は、草から得ている。
砂漠に生えるある種の草は日中1%ほどの水分しか含まないが、
夜になると冷えた空気中の水分を吸収し、
水分含有率が40%近くになる。

オリックスは夜になるとその草を食べ歩き、同時に水分補給を行う。

体に宿した生きるための温度と水の機能。
生きるための智恵、発想、適応力の尊さを感じる。

いつも集団で行動し、ちょっとしたことでも大げさに驚き、
全員でわっせわっせと逃げる。
サンブルのベイサオリックスの美しく伸びた角が
草むらの向こうでジグザグに揺れていた。

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