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死神を連れてキャンピングカーでアメリカの荒野を1300マイル旅した話②

前回(死神を連れてキャンピングカーでアメリカの荒野を1300マイル旅した話①)の続き

ぼくらを乗せてキャンピングカーは走り出した。「おい、渋谷さんに6万円かかってるらしいぞ」と、見積書を片手に西中島。6万円の男はしばらくぼくらの先導をした後、フリーウェイから離脱していった。きっと今頃、お風呂に入ってサッパリしているのだろう。

今回の旅行は2017年2月23日から27日の4泊5日。最初の目的地はヨセミテ国立公園だ。1泊目はヨセミテにあるRVパークに宿泊する。

そうそう、キャンピングカーで車中泊するための場所のことをRVパークという。チェックインすると場所が割り当てられ、そこから電源や水道の供給を受けることができる。RVのタンクに溜まっている汚物の処理などもここですることができる。

2日目はヨセミテ国立公園内の絶景スポットを巡り、ラスベガスを目指す。ラスベガスRVパークで宿泊し、翌日はグランドキャニオンに向かう。暗くなってからの到着になるので、RVパークで夜を過ごし、4日目の朝、朝焼けに染まるグランドキャニオンの絶景を堪能する。そして、サンフランシスコにとんぼ返りとなるが、その道中のベーカーズフィールドで1泊する。5日目の昼頃にレンタカー屋に帰着して、タクシーでフィッシャーマンズワーフへ行き、観光。サンフランシスコ国際空港に戻り、23時の便で日本に帰る。実に、合計約1300マイル(2000km)の行程である。

はっきり言って若さに任せた無謀なプランだとおもっていたし、今なら尚のことそうおもう。旅行会社との電話での打ち合わせで、「あなたのグループがいちばん心配なんですよ〜」と言われた。そんなこと言う?客に??

さて、まずは最初の目的地であるヨセミテ国立公園だが、本来なら20時頃には到着する予定であった。しかし、6万円の男のミスリードにより、ぼくらは思わぬところで時間を費やしてしまっていた。サンフランシスコには東海岸の標準時に合わせて仕事をしている人たちがいる。そのため、帰宅する人たちによって、だいたい15時頃から交通量が増え始めるらしい。帰宅ラッシュまでに市街地を抜けることができなければ、大幅な遅れが生じる。

案の定、サンノゼ(カリフォルニアの主要都市のひとつ)で渋滞に引っかかる。日本と比べて公共交通が発達していないアメリカでは、車の交通量がとにかくおおい。輻輳する交通の中で気持ちが焦る5人。しかし、スピードよりも安全が優先だという点でぼくらの意見は一致していた。渋滞を抜けた後も、事故だけは起こさないようにと、慎重に進んでいく。しかし、志村の運転中、交差点での停止位置を誤ったため、おばちゃんドライバーに中指を立てられた。始めて目の当たりにする本場のF※※K YOUに湧き上がる車内。

この先、写真のないものについてはイラストで紹介します。

途中で運転手を交代しながら、結局、ヨセミテ国立公園の入り口に差し掛かったのが22時頃だったと記憶している。ここからRVパークまで、さらに2時間弱かかるだろう。ガードレールもない山道が続くので、運転には一層の慎重さが求められる。まるで、マリオカートのレインボーロードのようだ。違うのはジュゲムがいないという点。運転手3人の神経はすっかり消耗していたはずだ。道路の中央には鋲が打たれていたが、カーブと勾配のせいでせいぜい10mくらい先のものまでしか見えず、当てにならない。闇に目を凝らしながら進む。わずか先までの道路以外、形のあるものを何ひとつ認識できないくせに、なぜか果てしなく奥行きのあることがわかる闇。その瞬間、轟音とともにぼくらの身体が浮き上がった。死!!!!



いや、幸いにして死んではいなかったようだ。どうやら落石を踏み越えてしまったらしい。呆然とするぼくら。改めて、一瞬の気の緩みが死につながることを思い知らされる。西中島も空気を読んだのか、さっきまでスピーカーで流していた清水翔太の曲をようやく止めた。

目的地であるRVパークについたのは日付が変わってからだったとおもう。事務所は開いておらず、他にRVが停まっているわけでもなく、勝手がさっぱりわからない。とりあえず停められそうなところにRVを停める。朝になってから事務所に行き、事情を説明すればよい。向こうも人間だから話せば良きに計らってくれるはずだ。

さて、ライフラインの確保をしなければいけない。RVパークでは、それぞれの駐車スペースに水道栓やコンセントがあり、RVをそれらに繋ぐことで水や電気を補給することができる。何人かで車外に出た。風が無いくせに、寒い。身を丸める。かなりの標高の地点まで上ってきたのだろう。ガラスに触れているかのように冷たい空気だった。芝生がシャーベット状に凍りついていて、歩くたびにザクザクと音を立てる。

ライトで手元を照らしながらの作業。水道はなんとか繋ぐことができた。しかし、電源への接続は困難を極めた。ただプラグをコンセントに差せばよいというものではなく、操作盤にいくつものスイッチやレバーが付いていた。あまつさえ、そのスイッチやレバーが凍りついていて動かなかったので、もうお手上げである。バッテリーの残量に気をつけながら夜を明かすしかない。

車内では夕食(?)の準備が始まる。時差を考慮に入れると、だいたいカムチャツカの人と同じくらいのタイミングで夕食を作っていることになる。ぼくが手を拱いていると、西中島たちがテキパキと準備をしてくれた。頭が上がらない。飲食店でのアルバイトや下宿の経験があるこいつらは本当に頼もしかった。運転で疲れているのに、ありがとう……で、DDがぼくにブチ切れる。

「晩飯やっとくから事務所ほんまに無人なんか見てこいや!なんかインターホンみたいなんも付いてたやんけ!ダメもとでもええから呼び出してこいや!」

んだ、んだ。実はライフラインの作業をする際に、インターホンは一回チャレンジしているんだ。しかし、DDの言う通りだった。調理スペース的に(も、ぼくの技量的にも)夕食作りに手出しができない状況だった。なので、何もしないよりは再度インターホン・チャレンジをするのが得策だろう。

しんと冷えた夜に飛び出して、ひとり事務所の前まで歩いていく。どこに繋がっているかもわからないインターホンを押しながら、英語で窮状を訴える。しんどそうな声で。案の定、応答はなかった。こんな夜遅くに対応してくれるところなんて、日本でも珍しいだろう。まあ、「思し召しより米の飯」というシャレた言葉があるので、RVに戻ってご飯を食べよう。ご飯。

夕食の準備ができた。カレーにする案もあったが、野菜を煮込む時間などのことも考えて、この日はステーキを食べることにした。それと、スーパーで買っておいたセブンアップ。しかし、大して働いてもいないぼくは食べることに後ろめたさを感じていた。この日のぼくの活躍と言えば、サブウェイで会計を別々にしてほしいと英語で頼んだことくらいだった。

夕食の写真だが、お気づきだろうか。米が無いのだ。実は、周到なぼくらはRVパークに着く前に米研ぎを終えていた。走行中に火を使うのは危ないので、炊くのは後にしようということで、シンクの中に米の入った鍋を置いていた。そして、落石を踏み越えたあの瞬間、車内に米の吹雪が舞った。結婚式かとおもった。

というわけで、この日は米はお預けである。米の国って書いてアメリカなのに。肉は豪快な味がして美味しかった。

かれこれ40時間くらい風呂に入っていなかったので、身体中がドロドロの野郎5人。RVパーク内にあるシャワー室へ行くことにした。暗闇を歩いて5分もかからない場所にシャワーを浴びるための建物があったと記憶している。外に出るときは、入口のライトを点けっぱなしにしておく。そうでもしないと、ちゃんと帰ってこられる保証はない。

行きは野郎5人だったので心強かったが、シャワーブースが5人分は無かったため、帰りは時間差が生じることになる。ささやかな労いのつもりで運転手に先にシャワーを浴びてもらっていたら、ぼくが最後になってしまった。ひとりでRVに迷わず戻れるかわからないという不安もあったが、迷子になることよりも怖かったのが、熊が出るかもしれないということ。旅行会社から「出るぞ」と注意を促されていた。こうなってしまうと、音が全て熊の足音に聞こえるし、影が全て熊の形に見えてくる。

どうするんだっけ?鼻を思いっ切りどつけば逃げていくんだっけ?あれ、鼻をどつくのはサメか……?プーさんみたいな熊だったら嬉しいけど……そういえばなぜ世の中には熊のキャラクターがたくさんいて、愛されているのか。熊は獰猛な生き物である。誰がなんと言おうと。仮に熊本人が「いやいや、熊は獰猛じゃないですよ」と言ったとしても、そんなことは信じられない。熊は獰猛な生き物である。

不安を薄めるためにそんなことを無理やり考えていたら、RVに着いた。ホッとして見上げると、それまでどうして気付かなかったのだろうか、星空が広がっている。降るような星空におもわず息を飲む。空気が凛と澄んでいるので、宝石を砕いた無数の星々が一層くっきりと見える。大きく見えるものは、うるうると揺れて輝いていて、今にも雫を落としそうだ。辺りの針葉樹林のシルエットが夜空をギザギザに切り取っていた。それは黒い画用紙で作った切り絵のようで、星空を尚のこと引き立たせていた。

記録に残しておきたかったが、スマホのカメラでは星空を撮ることはできない。和田アキ子風に言うと、スマホのキャメラでは星空を撮ることはできない。長時間露光できるカメラを誰ひとり持っていなかったので、写真に残せなかったのが残念だ。和田アキ子風に言うと、長時間露光できるキャメラを誰ひとり持っていなかったので、写真に残せなかったのが残念だ。

明日に備えて寝よう。ぼくらのRVには後方の部屋にダブルベッドが1つ置いてある。また、ソファを変形させることで2人分の寝床が生まれる。あと1人は、最前部のロフト(?)スペースで寝ることになる。外から見ると、運転席の上の部分がリーゼントのように出っ張っているのだが、そこで寝るのだ。前回の記事で車の外観と内観を紹介しているので、ぜひ確認していただきたい。

厳正なるジャンケンの結果、ぼくがリーゼントで寝ることになった。ジャンケンは4番目に勝った記憶があるが、多分珍しい体験がしたいというおもいで、自らリーゼントを志願したのだとおもう。長い一日だった。おやすみ。

翌朝、風邪を引いて起きた。「リーゼントには構造上、断熱性がほぼ無い」ということを身を以って知る。隙間も多く、冷気が音を殺して侵入してくる。寒くて夜中に何度も目が覚めた。そういうわけで、風邪を引いた。和田アキ子風に言うと、キャゼを引いた。

────────つづく

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