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死神を連れてキャンピングカーでアメリカの荒野を1300マイル旅した話①

「かわいい子には旅をさせろ」ということわざがある。これは当然、「我が子は厳しく育てなさい」という意味なのだが、最近「我が子にはいい思いをたくさんさせてあげなさい」という意味で誤解しているひとが多いらしい。昔、旅は常に死の危険と隣り合わせの厳しいものであった。飢えたり遭難したりするかもしれない。野生動物や悪者に襲われるかもしれない。とても怖い。泣きそう。嫌だ。帰りたい。一方、現在では旅は完全に娯楽の対象となっている。滅多なところに行かない限り、世界中、交通網が張り巡らされている。それに、スマホという文明の利器があればおおよそ困ることはない。つまり、旅そのものに対する認識が今と昔とですっかり変わってしまったことが前述の誤解を生んでいるわけだ。

でも、いずれの解釈にせよ我が子には経験させたくない旅の話がある。あれは2017年2月のこと(遠くを見つめる)──大学の卒業旅行として、同じ文学部の野郎4人と一緒に、僕はアメリカの西海岸を訪れていた。ロードムービーの始まり。

まず、メンバーの紹介をしたい。ちなみに、名前は全て仮名である。

1人目はこの旅行の発案者、西中島。本当に「発案」しかしなかったので、他のメンバーからは白い目で見られることとなった。応援団の団長をしていて、団員からの人望は厚い。長身で異性からの人気が高いが、かなり団長補正が掛かっているとおもう。下宿先の冷蔵庫に蛆が湧いた。

2人目は奈良出身の大盛りホームラン。名前の通り、かなり野球で鍛えている。野獣的なルックスとは裏腹に、森羅万象を慈しむ心を持った穏やかな人物である。いい「人」というよりも、いい「奴」と表現したい。敢えて。ご飯めっちゃおかわりしそう。

3人目はこれまた奈良出身の志村。小柄なサッカー少年。すばしっこそう。以前、京都御所に桜を観に行ったら、女の子を侍らせた志村を発見した。オーマイガー。

4人目は兵庫県出身のDD。ひねくれ者だったが、この前久しぶりに会ったら好青年になっていた。2回生のときに訪れた小豆島で居酒屋に入り、店員に聞こえるような声で「値段の割には不味い」と言っていた君はもういない。

5人目が僕。キャンピングカーでの旅なのに、僕は運転免許を持っていなかったので、かなり後ろめたい気持ちでいた。ただ、英語を話すことができたので、現地民とのコミュニケーションこそが自分の活躍の場だとおもっていた。あ、ちなみに、西中島も運転免許を持っていなかった。

卒業旅行になぜアメリカの地を選んだのかというと、西中島が見つけてきた1本のYouTube動画がきっかけだった。それは、野郎のグループがキャンピングカーを借りて、アメリカ西海岸の観光地を巡るというもの。どうやら、そういったプランを販売している旅行会社が日本にあるらしい。ただ、この記事において、その旅行会社について好意的に書くつもりはないので、名前は控えさせていただく。

西中島はその動画を友人に見せてまわり、最終的に集まったのが、先に紹介した頼もしいメンバーであった。この旅行に誘われたときは、まるでロード・ムービーの世界に入り込むようで、とても刺激的な提案だとおもった。

2017年2月23日、昼前にぼくらを乗せた飛行機はサンフランシスコ国際空港に着陸した。英文学徒でありながら海外に行くのが初めてだったぼくは、アメリカの大地を踏んだ瞬間の感慨を今でも鮮明に覚えている。そもそもこの日まで、アメリカなんて本当に存在するのかとすらおもっていた。アメリカ、本当にあったんだな……

入国審査とバゲッジクレームを済ませて到着ロビーに出ると、現地スタッフとして渋谷さんという小綺麗な初老の男性が僕たちを待ってくれていた。小柄な人で、サイズ感はマトリョーシカの5番目くらいである。白い耳毛がフサフサに出ていた。いや、耳毛は出ていなかったかもしれない。記憶とは曖昧なものである。

渋谷さんの仕事は2つ。ひとつめは、僕たちをスーパーマーケットに連れていくこと。ふたつめは、僕たちをレンタカー屋さんに連れていき、キャンピングカーを借りる手続きのサポートをすること。

空港の駐車場で渋谷さんの車に荷物を詰め込む。僕たちも乗り込む。どんなタイプの車だったかは忘れたが、ライトバンくらいものだったと記憶している。野郎5人とそれぞれのキャリーケース(とマトリョーシカの5番目)を積載した渋谷カーは、まるでジャム瓶のような様相を呈していた。

最初の目的地はスーパーマーケット。5日分の食糧や日用品を購入する。車内では渋谷さんがこれみよがしにサンフランシスコのことを話してくる。しかし、僕たちは朝もまだ暗いうちに日本を立ち、トランジットを含めて18時間くらい飛行機に乗っていたものだから、互いに口をきくのも億劫なくらい殆とに疲れ果てていた。少しだけでもいいから寝たい。そういう雰囲気で車内を充満させることに努めたが、渋谷さんは止まらない。まあ、海外に移住するとなると、それくらい「太く」なければ駄目なんだろう。口から先に産まれてきたかのようにマシンガン・シリコンバレー・トークを続ける渋谷さん。黙れ。一日に摂取していいシリコンバレー・トークの量を超えていた。生返事のレパートリーも尽きてきた頃に、ようやく僕たちはスーパーマーケットに辿り着いた。

アメリカのスーパーは凄い。その広さに圧倒される野郎5人。世の中の全てがここにあると錯覚するくらいの広さだった。ショッピングカートを押しながら、快適なキャンピングカー生活のために必要なものを放り込んでいく。手当たり次第……というわけにはいかない。貧乏学生5人は身の程を弁えないといけない。ガソリン代や観光地の入場料など、様々な出費が僕たちを待ち受けているからだ。それに、旅の途中で何があるかわからない。お金は多めに残しておくのが賢明だろう。トラブれば金で解決しよう。金はTOEIC990点の人間より物を言う。

食料を中心に買い物を済ませたが、レジでめちゃくちゃ入念に年齢確認をされた。日本と違うのは、酒類を購入する場合、そのグループの全員が成人していないといけないという点だ。それと、店員の兄ちゃんがレジを通した商品を精算済みのかごに乱雑に放り投げていくものだから、あれは一種のカルチャーショックだった。舞う、お肉。

ちなみに、渋谷はスーパーマーケットに着くまでに、めちゃくちゃ道に迷った。シリコンバレーの話なんかをしているからだ。運転に集中しろ。この30分のロスが、ボディブローのように後々かなり効いてくることになるが、それはまた先の話。

次に渋谷カーでレンタカー屋さんに向かう。アメリカはレンタカー屋さんもでかい。遊園地の駐車場くらいのスペースに、レンタカーがずらり。このうちの1台のキャンピングカーに乗ってこれから旅をするのかとおもうと、既に僕の心はアリゾナくらいまで旅を始めていた。渋谷があらかたの手続きを済ませてくれたので、いよいよキャンピングカーに案内される。あ、ちなみにキャンピングカーは和製英語で、正式にはRecreational Vehicle、略してRVと呼ぶ。ひとつ賢くなったな!

このとき対応してくれた店員さんがめちゃくちゃ大柄な女性で、穿いているジーンズがXXXLくらいあった。遺伝によるものなのか、食生活によるものなのか、実家がマクドナルドなのか(?)、アメリカって人も物もすげ〜とおもいながらぼくらは彼女の後をついていった。ふと、この店員さんの首元に目をやると、なかなかの量のフケを湛えていらっしゃった。その姿はまるで雪を頂いた富士山のようだった(気候が乾燥していたので、ぼくもフケに悩まされた)。

でかいけど普通免許で運転できる

RVの中に入ると、運転席のすぐ後ろのスペースにはテーブルとソファが置いてあった。ここをリビングに見立てて生活すればいいわけだ。そのまま車内後方に進んでいくと、キッチン、トイレ、シャワールームが付いている。最後部は部屋になっていて、ダブルベッドが置いてあった。そして、日本でもお馴染み、外装・備品の確認をする。裁判はしたくないので、ちゃんと確認をする。

内装の様子

特に問題もなかったので、いよいよ出発。最初の運転手は大盛ホームランに決まった。レンタカー屋さんの敷地内で運転の練習ができると聞いていたのだが、「では、道に出ましょう。私が先導しますので、着いてきてください」と、渋谷。え?練習は??確かに、練習もそこそこに急ぎたい気持ちはあった。もっとも、それはスーパーに行く途中、道を間違えた渋谷のせいなのだが。しかし、ぼくらのRVは長さ約9m、幅2.54m、高さ3.72mの巨体だ。これを慣れない左ハンドルで、それも練習なしで運転しなければいけない大盛ホームランの悲愴は察するに余りある。

「フリーウェイに出てから私は脇道に入ります。そこで私の案内は終了になります。安全で楽しい旅にしてくださいね。」そう言い残して自分の車に乗り込む渋谷。もはや、このおっさんを追いかける必要があるのだろうかと、その場にいる誰もがおもっていたはずだ。とにかく、エンジンをかけて渋谷カーのブレーキランプを追いかける。ピーピーピーピー。謎の警告音が鳴り響く車内。半ドアか?シートベルトか?思い付くところは確認したが、原因はわからない。そのまま最初の右折に差し掛かった。ドゥーーン(縁石に乗り上げる音)ガーリガーリガーリガーリ(底を擦る音)ピーピーピーピー(謎の警告音)ドンッドッスン(縁石から復帰する音)ピーピーピーピー(謎の警告音)

まさか、レンタカー屋さんの敷地内で底を擦るとはおもっていなかった。しかし、構ってはいられない。渋谷カーは完全にぼくらを撒くぐらいのスピードで先を走っていく。生きて帰れないかもしれないという予感が、全員の脳裏によぎる。

死神を乗せたキャンピングカーは走り始めるのであった。ピーピーピーピー(謎の警告音)

────────つづく

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