初心者のための山川方夫読書案内

はじめに

 純文学とショートショートの分野で活躍した小説家・山川方夫。数多くの作品がありますが、どの作品から読めばいいのか迷われている方も多いと思います。

 そんな方に向けて、山川方夫初心者のための読書案内を公開することにしました。特に本記事では、「青空文庫の公開作品」「新刊書店で入手可能な作品集」「山川方夫全集」の3つについて、それぞれ解説しています。ぜひ、本記事を活用していただければと思います。
(※過去記事の総集編となる記事のため、一部重複する箇所がございます。)

 本題に入る前に、山川方夫の作品を読む上で知っておきたい前提をお話ししておきます。

 山川方夫には、大きく分けて2つの系統の作品がございます。ショートショートと、純文学作品を中心とする短篇小説の2つです。

 今日、山川方夫は数多くのショートショート作品の作者として知られています。有名な「夏の葬列」もその一つです。ショートショート作家としての山川方夫は、あの星新一にも才能を認められていたほどの存在でした。

 一方、純文学作家としては、芥川賞候補に4度選ばれるなど、将来を嘱望された人物。いわゆる純文学作品以外にも、青春小説、恋愛小説の名作を数多く残しています。純文学ではない作品も一部含まれるため、本記事ではこれらの作品を、便宜上「短篇小説」という名称で呼ぶことにします。

 本記事では、「ショートショート」と「短篇小説」とを明確に区別しておりますので、その前提を理解した上でお読みいただけますと幸いです。

1. 青空文庫で読む

 そんな山川方夫ですが、現在、インターネットの電子図書館「青空文庫」で一部の作品を読むことが可能です。本記事では、まず青空文庫で公開されている山川方夫作品について、簡単にご説明させていただきます。

 2023年9月現在、青空文庫で公開されている山川方夫作品は計30作品ございます。このうち、ショートショートは24作品、短篇小説は6作品です。

 ショートショート作品の具体名を挙げると、次の通りとなります。

愛の終り※、赤い手帖※、朝のヨット、暑くない夏、あるドライブ、お守り、菊※、恐怖の正体※、ジャンの新盆※、十三年、蒐集※、他人の夏、トンボの死、夏の葬列※、博士の目※、箱の中のあなた、はやい秋※、非情な男※、一人ぼっちのプレゼント、待っている女※、メリイ・クリスマス※、歪んだ窓、予感、ロンリー・マン

「※」はショートショート・シリーズ〈親しい友人たち〉所収の作品です(同シリーズについては後述)。


 一方、短篇小説は次の通りです。

愛のごとく、演技の果て、煙突、軍国歌謡集、その一年、昼の花火

※「昼の花火」はショートショートといっても良い長さの作品ですが、ここでは短篇小説に分類しています。


 次に、上記30作品の中から、おすすめの作品をご紹介させていただきます。

 まず、山川方夫の作品をはじめて読むという方には、「夏の葬列」がおすすめです。

「夏の葬列」は、山川方夫の代表作の一つ。有名な作品ですので、あらすじは割愛させていただきますが、巧みな情景描写、周到に張られた伏線、そして衝撃の結末が待ち受ける、ショートショートの醍醐味が凝縮された作品。中学校の国語教科書に載っている作品ですので、学校の授業で読んで山川方夫のファンになったという方も多いかと思います。山川方夫初心者の方には、まず「夏の葬列」を読んでいただければと思います。

「夏の葬列」をすでに読んだという方には、その他のショートショート作品を読み進めることをおすすめします。

 特に読んでいただきたいのは、ショートショート・シリーズ〈親しい友人たち〉です。
 これは、『ヒッチコック・マガジン』に連載されたショートショート・シリーズ全12作品のことで、先に紹介した「夏の葬列」もこの中の1篇です。シリーズ第1作の「待っている女」から順番に読み進めるのも良いですし、気になった作品から読み始めるのも良いでしょう。

 参考までに、〈親しい友人たち〉全12作品をシリーズの順番通りに提示しておきます。なお、青空文庫にある当該作品の図書カード内にもシリーズの一覧が載っており、リンクを踏めば各作品へと飛ぶことが可能です。

待っている女、恐怖の正体、博士の目、赤い手帖、蒐集、ジャンの新盆、夏の葬列、はやい秋、非情な男、菊、メリイ・クリスマス、愛の終り


 また、青空文庫では上記を含む様々なショートショート作品が公開されています。
 たとえば、サイコ・ホラー作品「箱の中のあなた」「歪んだ窓」、怪奇小説風の「お守り」「博士の目」、サスペンス風の「あるドライブ」から、ファンタジー作品「メリイ・クリスマス」、王朝物の「菊」まで。「暑くない夏」「朝のヨット」のような印象深い小品もあります。

 このように、いかにもショートショートらしい作品から、「世にも奇妙な物語」を彷彿とさせる作品、文学的な余韻を残す作品まで、バラエティに富んでいるのが特徴です。上記以外にも様々な作品がありますので、ぜひお気に入りの一作を見つけていただければと思います。

 ショートショートをすべて読んでしまったという方は、短篇小説に進まれることをおすすめします。実は山川方夫は、ショートショート以外の短篇にも優れた作品を残しています。

 なかでもおすすめなのは、「煙突」という作品です。
 これは、終戦直後の学校を舞台に、主人公の「ぼく」と同級生の少年との交流を描いた作品。特に2人の少年が校舎の煙突に登るラストシーンは、読者の心を揺さぶる名シーンとなっております。ぜひ多くの方に読んでいただきたいですね。

 その他のおすすめ作品は、「昼の花火」「その一年」「軍国歌謡集」です。「煙突」を含むこれらの作品は、いずれも作者を代表する青春小説という共通点があり、どの世代の方にも楽しんでいただけるのではないかと思います。

 最後に、「愛のごとく」について触れます。
「愛のごとく」は、山川方夫の純文学における代表作と見なされることも多いですが、正直に言って、読者によってかなり好みが分かれる作品なのではないでしょうか。個人的には、「愛のごとく」の作品世界が好きになれないのですが、本作品がお好きな方も一定数おられることは理解しています。
 本作品を読まれる際は、まず冒頭を読んでみて、心惹かれるものがあれば、読み進めてみても良いでしょう。

2. 作品集を読む

 ここまで青空文庫の公開作品について解説してきましたが、青空文庫にある山川方夫作品はすべて読み尽くしてしまった、そんな方もおられることでしょう。

 そんなあなたは、現在出版されている山川方夫の作品集に進まれることをおすすめします。
 青空文庫で公開されているのは、ごく一部の作品にすぎません。山川方夫には、他にも優れた作品が数多くございます。

 ここからは、現在新刊書店で入手可能な山川方夫の作品集について、簡単にご説明させていただきます。(各作品集の詳細なレビューについては、こちらの記事をご覧ください)

 まず、初心者の方にもっともおすすめなのは、『夏の葬列』(集英社文庫)という作品集です。
 同書は、山川方夫の代表的なショートショートと短篇小説を収めており、手ごろな分量かつ価格帯なので、初心者の方が手に取りやすい一冊となっています。特にショートショートの選出については、ほぼ完璧と言っても良いのではないでしょうか。青空文庫ではなく紙の本で山川作品を読み始めたい、そんな方にもおすすめです。

 ただし、本書の収録作品はほとんど読んでしまっているという方もおられるかと思います。そんな方には、以下に紹介する作品集をおすすめします。

『安南の王子』(集英社文庫)は、山川方夫の短篇小説を収めた作品集です。処女作を含む初期作品と晩年の作品の中から選ばれています。山川方夫の短篇小説の入門編としては、現状もっともベターな作品集だと思います。

『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫)の2冊は、山川方夫が残したすべてのショートショートを集成した作品集です。『山川方夫全集』未収録作品や、ショートショート以外の短篇もいくつか収録しています。山川方夫のショートショートをさらに読み進めたいという方には、この2冊をおすすめします。電子書籍版も配信されています。

『春の華客/旅恋い 山川方夫名作選』(講談社文芸文庫)は、山川方夫の短篇小説を中心に収録した作品集です。全体的に代表作というより山川ファン向けの作品が多く、その分、他では読めない作品が多く収録されている点に特徴があります。先述の『夏の葬列』『安南の王子』の次に読む作品集としておすすめです。こちらも電子書籍版が配信されています。

『展望台のある島』(慶應義塾大学出版会)は、山川方夫の晩年のショートショートと短篇を収録した作品集です。一冊の作品集としての完成度が非常に高く、個人的にも一押しの作品集の一つです。単行本としてはかなり高額なため、初心者の方にはおすすめしませんが、いずれ入手しておいて損はしない一冊となっています。

 一方で、初心者の方にはおすすめできない作品集もいくつかございます。
 たとえば、『愛のごとく』(講談社文芸文庫ほか)は、初心者の方にはおすすめしません(新潮社版の『愛のごとく』とは異なります)。作者が残した作品群の中では特に暗く、内省的な作風のものばかりが集められており、初心者の方にはとっつきにくいのではないかと思います。

『お守り・軍国歌謡集』(小学館)も、どちらかといえば山川ファン向けの一冊だと思います。「軍国歌謡集」等の収録作品を読む目的で、手に取るのはありでしょう。

 いずれも、他の作品集を何冊か読了してから入手されることをおすすめします。

 最後に、『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』(創元推理文庫)をご紹介します。
 同書は現在、新刊書店で入手することができなくなってしまいましたが、現在もなお「山川方夫のショートショート入門書」としてふさわしい内容であることは間違いありません。もし古書店で見かけたら、購入を検討されても良いでしょう。

 なお、先述のちくま文庫版「山川方夫ショートショート集成」全2巻をお持ちの方は、本書『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』を購入する必要はありません。本書の全収録作品が同集成に再録されているためです。

3. 全集を読む

 ここまで現行の作品集について簡単にご説明させていただきましたが、これまでに紹介した本はすべて読破してしまった、そんな方もおられるかと思います。
 そんなあなたは、すでに立派な山川方夫ファンだと思いますので、迷わず『山川方夫全集』に進まれることをおすすめします。

 なぜ全集がおすすめなのか。山川方夫には、現行の作品集では読めない作品が多数存在するからです。それらの作品を読むためには、全集にあたるしかありません。

『山川方夫全集』については、すでに過去の記事で解説しておりますので、詳しくはそちらをご覧ください。ここでは要点を絞って簡単にご説明させていただきます。

『山川方夫全集』は、これまでに2度刊行されています。冬樹社版と、筑摩書房版の2つです。いずれも絶版となっているため、中古本での入手が基本となります。

 このうち、冬樹社版全集(全5巻)は、最初に出版された山川方夫の全集です。出版からかなりの年数が経過しているため、本そのものはそれなりに古びていますが、その分全巻セットが2〜3千円程度と、比較的安価に購入することが可能です。

 一方、筑摩書房版全集(全7巻)は、2度目に出版された山川方夫の全集です。比較的新しい分、中古市場ではかなり高額な値段がついています。一巻あたり数千円程度、全巻セットで10万円台に迫るものも珍しくありません。

 冬樹社版と筑摩書房版の違いについてですが、小説とエッセイについては、収録作品に大きな違いはありません。筑摩書房版に追加されているのは、一部のシナリオ作品や学生時代の論文、知人・友人らによる回想・解説文(冬樹社版全集収録分の再録)くらいのものです。
 したがって、小説とエッセイを読むだけであれば、比較的安価に入手可能な冬樹社版で十分だと言えるでしょう。
 一方で、冬樹社版にはない一部の作品も読みたいという方や、研究目的の方、金銭的に余裕のある方には、筑摩書房版をおすすめします。

『山川方夫全集』の収録作品の中から、あえて一作を挙げるとすれば、「日々の死」を挙げます。
「日々の死」は、作者唯一の長篇小説。自身の体験を基にした自伝的作品で、初期作品の集大成となる位置付けの作品でもあります。冬樹社版全集では第1巻、筑摩書房版では第2巻に収録されています。

 正直に言えば、傑作というわけではないですし、初心者の方におすすめできる作品ではないと思います。けれども、山川作品をここまで読み続けてきた「あなた」なら、本作を読んで、ある種の感慨を覚えずにはいられないと思います。ぜひ多くの山川方夫ファンの方に読んでいただきたいですね。

 なお、『山川方夫全集』に関して一点だけ注意事項がございます。
 一部の電子書籍ストアで『山川方夫全集』と称する電子本が販売されていることがありますが、これらは本物の全集ではありません。いずれも青空文庫から転載しただけの代物で、一部の作品しか収録されておりません。誤って購入されないようご注意ください。

終わりに

 最後になりますが、先述の通り、山川方夫の代表的な作品集と『山川方夫全集』については、以下の記事で詳しく解説しております。ぜひこちらの記事も参考にしていただければと思います。

初心者のための山川方夫ブックガイド
初心者のための山川方夫ブックガイド2 全集・中古本編

 本記事が皆さまのお役に立てれば幸いです。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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