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LEONE #41 〜どうかレオネとお呼びください〜 一章 第8話 2/3


パターンが変わった。

セロンは直感した。

どのくらい走ったか、わからなかった。一時間は走ったように感じたが、実は三十分もなかったかも知れない。

何はともあれ、彼女はいまだに逃げていた。

そしてなかなかうまく逃げていた。

要領よく狭い路地に方向を変え、時には道端の物を倒し、追撃者の進路を妨害したりもした。追撃戦になれているはずの懸賞金の狩人に、これほど逃げ続けているだけでもすごいことだった。

しかし、もう逃げられない……。

「ここだ!」

右側の路地で誰かが叫ぶ声が聞こえた。セロンは瞬時に方向を変えて左へ走った。

これで五回目だった。

追い詰められている。

途中までは、なんとかできるかもしれないと思っていた。

追撃者たちは、簡単に捕まえると思っていたターゲットがなかなか疲れないこと、それに麻酔銃も効かないことに、少なからず当惑したようだった。お互いぶつかって右往左往し、セロン・レオネの背中に向かって悪口を言ったが、それだけだった。

なのに…………。

「もう少しだ!」

そう。まさにあれだった。

それまでバラバラに動いていた追撃者らは、十分ほど前から急に連携し始めた。まるで一つのチームでもなったかのように、お互いに合図していた。

誰かが指揮を取ったのだ。

「ほとんど埋め終わった! 見逃すな!」

今回は、しっかりと聞こえてきた。

考えるまでもなかった。やつらは巨大な包囲網を描き、道を一つずつ塞いで、決められたところに自分を追い詰めていた。

本当に腹が立つことは、その企てを知っていても抜け出す方法が見えてこないということだった。いくら振り落としていても、追撃者たちは諦めなかった。

逆に、彼らは少しずつ力が湧いてきてるようだった。それは、彼らの"ゴール"がだんだん近づいていることを意味した。

一度、正面から突き破ってみるか。

最初はとんでもない発想だと思ったが、今ではそれを真剣に悩む状況だった。どうせこのままいけばいずれ捕まるに違いない。一度ぐらいは、やつらが予想できない時、正面から飛び込んでみるという"賭け"をしてもよいかも知れない。

もちろん、何の意味のない可能性のほうがはるかに高かった。

なんとか一つを突破しても、やつらは頭数で押し込んできて、すぐにまた道を塞がれることになるはずだった。昨日と同じくエンディングはすでに決まっていた。自分はここで捕まって、その後は…………。

セロンは足を止めた。

口を閉じて、目を大きく開いたまま、前方を眺めた。

残酷にもセロン・レオネを防いだのは、高い壁だった。助走できるものも見当たらず、たとえそういうものがあったとしても、あの壁を乗り越えられるかは疑問だった。

彼女の逃走はここで終わりだった。

「…………終わりか」

誰に向かってるのか分からない言葉を、セロンは震える声でつぶやいた。

すでに追撃者たちの声は聞こえなかった。彼らは勝利を確信し、ゆっくりと獲物の首を絞める準備をしているのに間違いなかった。

少女は壁から体を回した。瞬間めまいがして、体をよじった。

足にももう力が入らなかった。

確かにこの状況はおしまいだ。今にも追っ手が姿を現わしそうな路地を眺めながら、彼女はため息をついた。

それから一群の追撃者たちが姿をあらわすのは、1分もかからなかった。

彼らの一番前に立っているのは、もちろん首席保安官、カルビン・マックラファーティだった。

「手間をかけさせるね」

カルビンは帽子を軽くかぶりなおした。

そんな彼の顔は、余裕が溢れすぎて気だるく見えるくらいだった。セロンはカバンを懐に抱えたまま彼をにらんだ。それに対するカルビンの答えは、かすかな笑顔を作ることだった。

「なるほど。それがコープランドが言った2億のカバンか。とても大事そうだな」

「お前みたいなカウボーイ風情では、夢でも見られない金額だろ」

セロンは努めて声に力を入れた。

2億GDがあるから、もしかして交渉の余地があるかもしれない。しかし、今回は彼女の相手が悪すぎた。

彼女の相手は、カルビン。

『ペイV』が生んだ最高のカウボーイの一人であり、この類の会話にはあまりにも慣れすぎた人物だった。

「そうだな。本来ならそうだろうけど、今のお前は捕まるだけだ。虚勢はやめておけ」

彼があごを動かすと、何人かの保安官がゆっくりとセロンに近づいた。セロンは体を震わせながら、ゆっくり壁の方に後ずさりした。

その瞬間にも、セロンは必死にここを抜け出す方法を考えていた。お金であいつらの仲を分裂させることは出来るのか。それともビル・クライドにしたように買収を試してみるか。

しかし、どちらも見込みがあるようには見えなかった。分裂や動揺を起こすには、『アニキラシオン』の組織員たちと賞金稼ぎと間には老練さに違いがありすぎた。買収を試みるにも、先ほど相手が見せた態度からは難しいだろう。

彼らは強かだった。

セロンはついに背中が壁に当たるのを感じ、苦笑いした。

昨日は本当に、何年分の運をすべて使ったようだな。

考えてみればそうだった。あまりにも完璧なタイミングで『SIS』の艦船が衝突し、とても完璧なタイミングでビル・クライドが現れた。その驚くべき幸運の結果というのが結局、ルチアーノに連れて行かれることを一日だけ延ばしただけだが、それでも昨日のような幸運を期待するのは、あまりにも恥知らずなことかも知れなかった。

「仕方ない」

セロン・レオネはそっと目を閉じて、カバンを足元に置いた。ゆっくり両手を上げて、あごを引いっ張った。状況がここまでになると、むしろ口元に笑みがこぼれた。

力の無い笑いと共に、セロンは口を開いた。

「降伏する…………」

パン。

そしてもう一度、銃声が響いた。

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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」

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