LEONE #6 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第3話 2/4
ドーン。
機械の起動音とともに目に刺さる光にセロンは顔をしかめた。
その光に目が慣れる前に人影がセロンの視界に入ってきた。その人影は軽く頭を下げ、彼に挨拶をした。
「ごきげんよう。Mr.レオネ」
「よろしくお願いします。ドクター?」
「ボスコノビッチ」
「ドクター・ボスコノビッチ」
すでに手術台に横たわっていたが、セロンはためらいなく博士に手を伸ばした。ボスコノビッチ博士は少し迷ってから握手をした。
光に目が慣れてからやっと博士の顔が目に入ってきた。手術用のマスクで顔の半分は見えなかったけど、目尻の皺が少ないところから見ると博士はあまり年を取った人物ではないようだった。セロンは博士の外見すらサイボーグ施術の結果なのかと思いながら、あえて感情のこもっていない声で聞いた。
「ドクター・ボスコノビッチ。人工心臓を移植するのに3時間で十分だと聞きました」
「もちろんです、Mr.レオネ。医療ロボットを使わないという条件を付けても、それくらいで十分です」
セロンは頷いた。医療ロボットを使わないという条件はセロン自身からの要求だった。セロンは基本的に、ロボット、アンドロイド、サイボーグ技術すべてがあまり好きではなかった。
博士は答えた。
「この半世紀の間、サイボーグ技術はものすごい進化を遂げてきました。人工心臓の手術はとても簡単です。何も心配しないでください。Mr.レオネ」
「わかりました。それから、もちろんあなたは患者の秘密を厳守しますよね?」
「もちろんです」
セロンの冷たい視線に、博士は笑顔で答えた。
「莫大な対価をもらった時はなおさら」
「それは良かった」
セロンはかすかに皮肉な笑みを浮かべた。見るからにこのドクター・ボスコノビッチという男は、その名声には似つかわしくない俗物的な面があるようだった。
(だがこういう者こそ危ない賭博には手を出さないものだ)
少なくとも医者に暗殺される心配はないと考えながら、セロンは首だけを動かして手術室内部を観察した。特別なものは何も見えない、殺風景なところだった。医療ロボットの代わりに、古い医療装備があるだけ。
小さいスクリーンには自分の心拍が表示されていて、おそらくその隣の大きいスクリーンには彼の"胸の中"が見えるはずだった。そしておそらく、あの上から見えるでかいガラスの窓の向こうには、タリアがこの部屋を見届けているはずだ。
だがその中でたった一つ、予想してないものが目に入ってきた。
それは、布に包まれた、……人……のように見える何かだった。
「ドクター・ボスコノビッチ。あれは……?」
セロンはその何かを指差した。博士はちらっとそちらの方に目を向け、すぐにまた顔を戻し、セロンに向かって微笑んだ。
「あぁ、あれ。あれはサイボーグです。全身サイボーグ……つまり、頭が空っぽなアンドロイドのようなものです」
「全身サイボーグ? それは何のために持ってきたのですか?」
「Mr.レオネ」
博士はセロンの目の前に人差し指を立てて振った。
「Mr.レオネはサイボーグ技術がお好きではないので知らないと思いますが、サイボーグも実は人間の体と似たような部分があります。つまり他の臓器と持続的につながってこそ、性能が活性化されるということです。実際、臓器を移植するときも臓器だけを取ってくるより、直前に体からとって移植する方が容易であるように、人工心臓も同じです。全身サイボーグの中から他の人工臓器とともに入ってるものをすぐに出したほうが移植手術に更に有利です」
「フム」
セロンは不満そうな声を出した。
(この人の話は本当なのか?)
彼の言うとおり、サイボーグ技術や医学に対して専門外の自分にとっては、その事実を確認する方法はなかった。
しかし、妙に嫌な予感がした。
正確にはこの手術自体がそうだった。手術室に入る前から、いや、この手術を決定した時から何か引っかかっていた。普段サイボーグ技術やロボットなどに対して先入観を抱いてきたからかも知れないけど、いい気にはなれなかった。
すでに何度もの心臓発作、それに何度ものルチアーノの説得、最終的にタリアからまで手術を勧められなかったら、自分は決して人工心臓などを移植することはなかったはずだ。
「ボス」
その時、ルチアーノの声がスピーカーを通して手術室全体に響いた。眉間をしかめながらスピーカーを見あげる博士を見て、セロンは少し笑った。
「聞こえている、ルチアーノ」
「『第三艦隊』の配置を終えました。手術は始まったのですか?」
「まだだ」
「まったく。何をぐずぐずしてるんですか」
ルチアーノの笑い声が手術室に響くと、思わずセロンも笑ってしまった。
「おい、ルチアーノ。今ちょうど始めるところだ。君がドクター・ボスコノビッチの邪魔をしてるんだ」
「ドクター・ボスコ……? あ、そうか。そんな名前だったな。とにかくボス。早く始めたら早く終わるから……」
「Mr.ルチアーノ!」
「タ、タリア様? いや、これはその……」
「私がわざと手術の邪魔をしようとしたのではなく、なぜかというと……」
慌ててルチアーノが言い訳をしている間、スピーカーの音もだんだん小さくなっていった。セロンは必死に笑いを堪えようとしたが、クスクスと漏れる声まではどうすることもできなかった。
しばらくして、やっと笑いを落ち着かせたセロンは口を開けた。
「ドクター・ボスコノビッチ」
「はい。Mr.レオネ」
「準備できました。始めましょう」
「えっ? あ、はい。それでは、麻酔から始めます」
博士が麻酔を準備している間、セロンはじっくり目を閉じた。
(ただの気のせいだ。)
ルチアーノが言ってる通り、自分は今『アニキラシオン』の旗艦内にいて、ここには何百人の組織員がいて、その外にはまた何十隊の警護艦隊が集まっている。そしてタリアがそのすべてを見届けている。
「Mr.レオネ、息を吸ってください」
麻酔ガスを吸い込むマスクが口元に近付いてくるのを感じながら……。
「いち、にー……」
セロンはタリアがくれた神像を握った手に力を入れた。
「さん」
そしてすぐに意識は睡眠下に深く落ち込んでいった。
著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」
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