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LEONE #4 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第2話 2/2
セロン・レオネは自分の腕時計で時間を確認した。ルチアーノから聞いた手術の時間までおよそ15分ほどだった。今彼とタリアが歩いてる3階のフロアーから手術室までは歩いて5分くらいだから、まだ10分程度の時間は残されていた。
しかし言い換えれば、彼女が自分をここに連れてきてから何の話もせずに、ただ歩いてるだけだったということでもあった。
結局セロンは我慢できずに口を開いた。
「レディータリア?」
「うん?」
セロンの呼び声で、前をゆっくり歩いていたタリアが振り向いた。彼女は驚いた顔でセロンを見た。セロンは彼女が本当に用件を忘れたのではないかと疑いながら、なるべく優しい声で話を続けた。
「私に言いたいことがあったのではないですか?」
「あっ」
タリアは小さく嘆声をあげた。
本当に忘れてたんだな。
セロンはそう確信し苦笑した。タリアは頭を軽く振りながらセロンに近付いた。
「ごめんなさい。私……ちょっとMr.ルチアーノのことを考えていたの」
「ルチアーノ……ですか?」
「そう。より正確には、Mr.ルチアーノに対するあなたの態度について」
タリアはセロンの鼻の先まで近寄り足を止めた。
お互いの息づかいが届きそうな距離だった。二人はその距離で互いに見つめ合った。しかしそこにはいかなる恋愛感情も家族愛も存在しなかった。
いつか、彼女は言った。
セロンと自分は同じ船に乗った仲、それだけだと。
「さっき警護艦隊の配置をお願いした時、Mr.ルチアーノはずいぶん慌ててたわよね」
タリアが言い、セロンは頷いた。
「普段、ルチアーノにそんな仕事は任せないからです」
「そう。考えてみたらそうね。艦隊の配置や艦隊級の兵力の指揮などをMr.ルチアーノがするのは見たことがないものね。曲がりなりにも『アニキラシオン』のNo.2だもの……ね」
「ルチアーノはそういうことは苦手ですから。彼の分野ではありません」
セロンは当然だと断言した。しかしタリアはしつこく聞いてきた。
「じゃあ彼の得意分野は何?」
「……直接行動です。体を使う分野で」
そしてセロンは少し間をおいて、もう一言を付け加えた。
「そんなルチアーノだからこそ、私がNo.2を任せているんです」
話し終えると同時にセロンは口を閉じた。
体を使う直接行動には卓越していて、下のものを力で威圧して制御するのは上手だが、大きい計画を立てて指揮することはできない。つまりクーデターを含む“余計なこと”ができない、そんなルチアーノだからこそ……。
だからこそ、自分はルチアーノにNo.2の座に着かせているのだ。
「……そう」
タリアの優しい笑顔の中に、セロンは彼女が自分の言葉の中に潜んでいる意味を簡単に気付いていることを悟った。そしてセロンはそのことに全然驚かなかった。
そもそもタリアにそのことを言った時点で、セロンはタリアに対する、自分の信頼を示したつもりであった。タリアなら、自分の話の中から省略されている部分を当然わかってくれるはずだと信じていた。
そしてタリアには自分の一番内密な話をしても大丈夫だとセロンはそう思っていた。彼女を、タリア・ジャンカーナを、セロンは昔からパートナー同様に思っていた。
「あのね、セロン」
「はい」
タリアはそっと手を上げ、セロンの頬をなでた。
「あなたのそういうところを見るたびに、私はあなたから亡くなったお父さんを感じるのよ」
セロンは抵抗せず静かに彼女の目を見つめた。彼の頬を撫でていたタリアの手はやがてセロンの耳元に進み、彼の髪の毛に指を走らせた。
「この髪の毛も……瞳も。顔も。あなたの姿はどう見てもあなたの母親、ゼインからの譲り受けたものなのに……あなたの中にはやっぱり、あなたの父の血も流れているようね」
「母が私に残したのはそれだけではないです」
セロンは自分の胸を叩いた。
「壊れた心臓も一緒に残してくれたから」
タリアが眉間に皺を寄せた。
「そんなこと言っちゃダメ。セロン」
「事実ですから」
「セロン・レオネ」
セロンの髪から手を離し、一方では厳しく、もう一方では同情するような微妙な感情がこもったまなざしで口を開いた。
「それでもあなたはまだお母さんが恋しいんでしょ」
セロンは目を丸くして聞き返した。
「……僕が?」
「そう。間違いないわ。私にはわかる。」
「あなたが女だからですか?」
セロンの問いに、タリアは頭を振った。
「いいえ。なぜなら、あなたは私のことを一度もお母さんと呼んでくれたことがないから」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。
タリア・ジャンカーナは苦々しい表情で、セロンの視線から目を背けた。
セロン・C・レオネ。冷血の犯罪組織『アニキラシオン』のボスは、さっきルチアーノの代わりに自分が『第三艦隊』に指示を出しに行くべきだったと後悔していた。
彼はいったいどうしたらこの状況から逃れられるかをしばし考え、困ったときにはいつもそうしてきたように、適当な笑顔でこの状況を回避しようと決めた。
「レディータリア。あなたはまだ若くて美しい。敢えて子連れの未亡人となって、不要な履歴を増やすことは……」
「ほら。いつも"レディータリア"でしょう」
ダメだ。
セロンは心の中で大きなため息をつきながら口を閉じた。考えてみればタリアは子供の時から自分を見てきた。そんな彼女相手に適当なことで言い逃れしようなんて、不可能だった。
タリアの表情はすでに陰っていた。そしてその陰りは『SIS』の襲撃や『兄弟団』からの暗殺の脅威よりセロンの心を重くした。
必死に頭を回転させてみたが、いくら考えても名案は浮かばなかった。
結局、セロン・レオネはすべてを正直に話そうと決めた。
「レディ……いや、タリア」
「セロン。知っていると思うけど、あなたの母親のゼインと私はとても仲がよかった」
しかし、タリアが彼の話を遮った。セロンはまず彼女の話に集中することにした。
「『アニキラシオン』の人たちは、あなたの父親でさえそのことを幸いに思ってはいたけど、どうやってそれができたのかは理解できなかった。いつだったか、あなたの父親がとても真剣に聞いてきたこともあった。どうしてふたりはそんなに仲良くなれるのかと」
タリアはゆっくり顔を上げ、セロンの顔をじっと見つめた。彼女は再び穏やかな、けれど今にも涙がこぼれそうな目をして彼に向かって微笑んだ。
「そしてそれに対する私の答えはあなただったの、セロン。私は……私はあなたの父親の子供を産めなかったから」
セロンは胸が締め付けられる思いがした。
「あの、タリア」
「正直に言えば、そう」
タリアは頭を振った。
「私にも子供がいたら、たぶんゼインとそんなに仲良くすることはできなかった。私の子供とあなた、二人が相続をめぐって争わなければならなかったはずだから。だけど私は、最後の最後まで子供ができなかった。だから私はゼインを羨ましいと思いながらも、あなたのことを……」
「タリア」
「そのあとも」
彼女の口元が歪んだ。
「ゼインが亡くなってから、そしてあなたの父親が亡くなってから、もしかしたら……と思う時もあった。なにがどうであれ、あなたと私は最後のレオネ一族の生き残りだから。もしかしたらあなたが私を母として受け入れてくれるのではないか……と。だけど結局君と私の関係はただ一緒の船に乗った……いわば同業者くらいの、そんな関係以上にはなれないことをわかっー」
「タリア!」
突然の大声に、タリアは話を止め顔を上げた。
そしてセロンはすでにタリアの手首を強く握っていた。驚いたタリアの目を見つめながら、セロンは切ない声を絞り出した。
「それ以上言わないでください。タリア。自分で自分を傷つけないで、お願いです」
セロンは歯を噛みしめ、目は悲しみで溢れていた。彼女は口をつぐんだ。セロンは握っていたタリアの手首からゆっくり手を離したが、彼の目は今でも悲しみに満ちていた。
「……知ってますよね、タリア。あなたを母と呼んだことはないけれど、私はいつもあなたのことを母だと思っていました。この手術も、あなたの勧めがなかったら絶対しなかったはずです」
タリアは涙が溜まった目で、ボーっとセロンを見つめていた。
セロンはハンカチを取り出し、彼女の目元から涙を拭った。
「……正直に言うと、僕は今でもこの手術には乗り気ではありません。いくら技術が進歩し人工心臓移植くらいすぐに終わる時代だといっても、それでも暗殺の危険に身を投げ出す感じです。それでも私がこの手術を受けようとしたのは、これ以上あなたに心配をかけたくなかったからです。そしてあなたが、僕がこの手術を受けることを望んだからです」
全ての涙を拭いた後、セロンはハンカチを胸ポケットにしまった。今でも自分を見つめているタリアに向かってセロンは無理に笑顔を作ってみせた。
「タリア。5年前も、僕はあなたに命を救われたのです」
「……それは私も一緒よ」
ようやくタリアの口角が上がったのを見ると、セロンは胸を撫で下ろした。しかし彼は頭を振りながら言った。
「いいえ、それは違います。当時は私のほうがもっと切迫していましたから。ともかく、重要なのはあなたがいなければ私は今ここに、『アニキラシオン』のボスとしていられなかったということです。だからたとえ私が命の危機を、もちろん余計な心配ですが感じたとしても、もう一度あなたに命を預けるつもりで手術を受けるのです」
手術。
その言葉を思い出したセロンは、時計を見つめた。いつの間にか10分が過ぎ、手術の時間まであと5分だった。
そろそろ行く時間だ。
セロンはうなずき、最後の言葉を伝えるためにタリアの両肩にそっと手を乗せた。
「タリア」
「うん」
「タリア、これだけは知っておいてください。これから私が手術室に入ったら、3時間の間私の命はあなたが握っているのと同じです。私はあなた以外他の誰にもそんなことは許しません。これがあなたに対する私の気持ちです。タリアと私の関係。わかりますよね?」
彼女、タリア・ジャンカーナは、一言では表せない難しい顔でセロンを見つめていた。とても短い間だったが、彼女にあらゆる感情と言葉が浮かび消え去った。セロンは我慢強く、そのすべての感情の流れを見つめていた。
やがて、その複雑な感情が消えるころ、タリア・ジャンカーナは彼女に出来る一番優しい笑顔で彼女の苦悩を締めくくった。
彼女は再び手を伸ばし、セロンの頬をなでた。
「わかったわ。セロン」
著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」
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